違う国
重要な場面なので慎重に進めております
南北に長く卵型のような湖ウィンドレイク、その4時方向にプライス家の屋敷はある。屋敷の北側、ウィンドレイクの1時方向に砦が一つあり、この時期そこには領主であるトーマスを含めて10人ほどの男性が待機しているらしい。
湖の北部には山林が広がり、ほぼ真横にわたって国境線となっている。つまり湖の北西側は、プライス家にとっては手薄となってしまう場所なのだ。よりによってその北西側に広がる険しい山脈に、抜け道があるという。山脈の半ばには小さな山小屋があるが普段はほとんど使われておらず、かつては山脈を抜ける人々が使う事もあったが、今では貧しい村人が冬の間僅かな稼ぎを求めて木を切り、木炭にするための拠点にしているらしい。
トーマスさんが向かった屋敷から南西にある町までは早馬であれば片道20分ほど、湖を半周するには30分以上かかる。トーマスさんは風魔法が使えるから、他の人よりも馬が少し早いらしい。
ただ現地で傭兵を雇う時間を考えるとセヴァラスからの連絡が早いかな。どちらにしても同じくらいだろう。昼食を食べている間に来るに違いない。
しばらくして馬の駆ける音がして、トーマスさんが帰ってきたと思い私は思わず立ち上がったが、アナさんに止められた。
そもそもトーマスさんかは分からないと言われてしまう。確かにそうだ。アナさんが窓から外の様子を見て、傭兵が来るかもしれないから二階に上がるようにと言われた。
セヴァラスからの連絡はまだないが、こちらから彼に報告する必要はないかな……。
それにしてもトーマスさん、早いなぁ。風魔法で加速がかかると、どのくらい馬が早くなるんだろうか。トーマスさんは冬の戦闘時は連絡係が多いようだから、加速の魔法がどんどん上達しているのかもしれない。
私がここに居ることをトーマスさんに咎められるかなぁと思いつつも案内された部屋に戻る。貴族の屋敷は、一階が公共のスペース、二階はプライベートなスペースになっていることが多い。傭兵は玄関ホールや食堂まで入ってくるという事だろうか。
柄の良くない人も多いと言っていたけれど、その人たちが二階にはあがらない、みたいなルールを守ってくれるのかな……。
まもなくアナさんが部屋まで来てくれた。
「トーマスは馬を休めるそうです。馬がない傭兵もいるので、その到着を待って指示を出してから出発すると。貴方が今夜泊ることは承知しているから安心して。セヴァラスから連絡があり次第教えてね」
『分かりました』
アナさんは少し青ざめていた。こんなことばかりでは疲れてしまって当然だ。もう何年も、ウィンドレイクはこんな状況なんだろうか。
窓から外を見る。綺麗な銀世界。私の部屋からは湖は見えず、窓を開けて顔を出してみた。
『寒い……』
顔を出すとなんとか湖が見えた。本当に大きくて綺麗な湖だな……。前世だったら観光地になっていそうなくらいだ。
「レナ」
ぼんやり湖を見ていたら、突然セヴァラスの声が聞こえて息を飲んだ。
これ、心臓に悪いな……なんかこう、映画のトランシーバーみたいに初めにザザッとか聞こえてくれないのかな。
『セヴァラス、大丈夫?』
「あまり大丈夫ではない。山を通る抜け道の辺りにかなりの人数がいる。すぐに人手が欲しい。五年前と同じように挟むことが出来るだろう。父さんに話せば分かってくれる」
『分かった。でも傭兵がまだ集まってないみたいだから少し待ってて』
部屋を出たところでふと気が付いたけど、私って下の階に降りても良いのかな。二階で誰か捕まえた方が良いのだろうか。
目立たない場所から少し一階の様子を窺っていたら、使用人の方に声をかけて貰い、二階の別室に通された。書斎のようだったが、アナさんが紅茶を、トーマスさんが軽食を食べていた。
セヴァラスから告げられたことをそのまま話すと、トーマスさんは以前のようには行かないだろうと重々しく言った。
「……馬が疲弊していて南の領地への伝達が遅れる。それに……何かおかしい。山小屋の方向から煙が出たことも、発砲音も。爆破音ならば、閉鎖している部分を爆破させたのだろうと予想がつく。しかし密かに進軍するつもりならば、煙など出さないように計画を練るはずだ」
「私達をおびき寄せる罠ということかしら」
ロイシュークの目的がハッキリとは分からないし、プライス家としては守るべき場所が点々としすぎている。
ロイシュークの狙いは北の砦なのか、それとも抜け道で挟むこと?
こっちは南の領地に報告に行くか、砦に行くか、抜け道に行くかの三択を迫られているんだろうか。
『だけど相手の罠だとしたら、抜け道に向かったセヴァラスが危ないんじゃ……』
「そうだな。その魔導具でセヴァラスに慎重に動く様に伝えてくれ」
『もし良ければ、トーマスさんが使ってください。魔力のある人が、この宝石に触れながら話せば使えます』
耳からイヤーフックを取り、トーマスさんに差し出す。トーマスさんはジトリと私を見た後に、それを受け取った。
「セヴァラスか?」
あ、これ使っている間は宝石がすこし光るんだ。トーマスさんの黒髪と指の間から、宝石がぼんやりと光るのが見て取れる。そんな場合じゃないけど、綺麗だな。
「傭兵をそちらに向かわせるつもりだが、時間がかかる……いや、そこでバレないように待機していて欲しい。勘付かれたら逃げてくれ。抜け道に入ると逆にこちらが挟まれる可能性がある。ロックサウザントの兵士と合流してからの方が良いだろう」
……そうか。こちらが追っているつもりで、抜け道に入ったのを確かめられたら、後ろから挟まれる可能性もあるよね。ロイシュークは自国側にいくらでも待機できるんだから。
でも北の砦や抜け道の方に人が集まっていたら、そのままこの屋敷が攻められても危ないんじゃないの?
「…………あぁ、私はロックサウザントに向かうのが良いと考えている。彼らに抜け道を逆走して貰おう。現在いる傭兵はエドを先陣に抜け道の方向に向かわせるつもりだが、そうなると屋敷が手薄になる。アナとブラウン嬢を残して屋敷の男手が出払って後続の傭兵だけとなるだろう。噂を聞きつけて雇われてもいない傭兵がやってくることもあるだろう」
あーそれはちょっと切ないなぁ……。私が明日帰る時にこの屋敷はどうなっているんだろう。ちゃんと帰れるのかな……。
「いや、北の砦ならともかく、抜け道の方向に傭兵だけで向かわせるのは無理がある。正確な位置を知っている者がいないだろうし、湖沿いに進むのは目立ちすぎる。エドと変わってお前が戻るのが一番良いだろう。……馬鹿を言うな。ブラウン嬢はお前意外に知人がいないんだぞ」
え、セヴァラス帰りたくないって言ってるの!? 私はセヴァラスがいてくれた方が安心なんですけど!?
「…………ではそのように。私はすぐに出る。イヤーカフはブラウン嬢に」
トーマスさんがイヤーカフを外して私に返してくれる。あー……この人セヴァラスによく似てるな。特に鼻から口にかけてそっくりだ。ちょっとむすっとした表情なのがまた似てる。
「聞いていたと思うが、抜け道側にロイシュークの奴らがいる以上、私は南西に隣接するロックサウザントに報告に向かう。馬のある傭兵数名を北の砦に向かわせて現状を報告、そのまま北の砦を守りながら山小屋からの合図で進軍する。屋敷にいる残りの傭兵はエドが引き連れて抜け道まで行き、セヴァラスが代わりに馬で戻ってくる。ほんの数時間だ。上手く耐えて欲しい」
トーマスさんもアナさんも深刻な表情だ。柄の悪い傭兵の扱いには困っているのかもしれない。
『あの、少し馬が遅れてしまうかもしれませんが、私がお邪魔ならロックサウザントの領地まで一緒に行った方が良いですか? 私個人としてはここに居たいのですが……』
「いや……申し訳ないが、馬の疲労を考えてもここに居て欲しい。それにアナを1人残すのも心配だ。いざという時に魔法が使えると言うのは重要な事なんだ」
そうか……。魔法ってそういうものなんだ。
「トーマス、あまりレナさんを怖がらせないで」
「……この程度の覚悟もないのなら、私の領地に来るべきではなかったな」
確かにトーマスさんの言う通りだ。その通りなんだけど……あまりに世間の印象と違いすぎて、ここだけ違う国みたい。
この話、ちょうど3333字なんです!笑




