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アップルパイ

冬休み1日目。

私はいきなりピンチを迎えている。


「アップルパイは貴方が作りなさい」

『なんで!?』

「好きな男の子に初めて渡す手作りのお菓子を母親と一緒に作るなんて……そんな野暮な事出来ないもの」


セヴァラスの事が好きだと母にバレた時点で嫌な予感はしていたのだ。まるで自分がまさに恋をしていますみたいな瞳をしていたから。


『いや、大丈夫だから。そういうのじゃないから。お家に招いてもらうお礼のパイだから、向こうのご両親も食べるかも知れないし……』


好きです! みたいに渡すものならともかく、屋敷に泊めてもらう事へのお礼だし、彼個人に渡すものなのかも謎である。多分女主人として家を管理しているセヴァラスのお母さんに渡すんじゃないのか……?


「だけどその彼も食べるんでしょう? その一口で恋に落ちるかも知れないわよ!」

『ん……、いや、そういうタイプじゃないと思う……』


提案は魅力的である。しかし私はヒロインと違って正直あまりお菓子作りをしたことがない。お母さんと何回か作ったことはあるが、一人で作るとなると不安だ。

そう考えるとやっぱりヒロインはすごいよなぁ。入学前にはお母さんと一緒に家事はもちろんお菓子作りとか裁縫とかをやって、さらに私より熱心に勉強して、身だしなみとかも整えて……やっぱり攻略対象たちに愛されるのにはそれなりの理由がある。努力の人だよヒロインは。


「大丈夫、お母さんが見てるから。ね?」

『ん~……まぁ見ててくれるなら』


プライス家の領土に着くといきなり治癒の魔法を使うことになるから、前の晩は良く寝たかったし朝ご飯もしっかり食べたい。大変そうだけど、頑張ってみるか……。


「そしたらまず、試しに今日のおやつにアップルパイを作ってみましょう!」

『はーい』


面倒くさいし不安とはいえ、アップルパイはそれほど難しいお菓子ではない。リンゴのコンポートそのものは味見できるし、パイ生地も焼き加減さえなんとかなれば大失敗ということにはならないだろう。


お母さんが作るアップルパイはリンゴを薄く切ったものでパイの表面を飾っていたが、私には無理なのでパイ生地をクロス状に重ねていく。


「パイ生地をハート型にして飾るのはどう?」

『そういうのは大丈夫だから!』


私の、というかヒロインの母は構いたがりだ。そりゃあ6歳の女の子の中に突然18歳の女子高生が入ってしまったのだから、母親としてはもっと甘えて欲しいとか色々あったに違いない。


(大丈夫? 無理してない? 我慢してない? 嫌な事はやらなくても良いのよ。お母さんになんでも相談してね、大好きよ)


たくさん心配してくれて嬉しかったし、ありがたかった。ヒロインのお母さんは優しくて大好きだ。私としてはたくさん甘えていたつもりだけど……まぁ中身は18歳なのでそれなりの羞恥心がある訳で……。


だから多分、私が15歳になってようやく年相応に恋バナが出来るようになり、嬉しいのだろう。私の内面は18歳からさらに9年経っているだろうっていう事実からは目を背けたいと思う。


『ちょっと甘すぎる……かな?』

「パイに入れたら丁度良いんじゃない?」

『そうか、上もパイ生地で包むのか。じゃあこれで一回焼いてみるね』


かまどの中を覗き込む。火加減はこのくらいで良いのかな? オーブンがあれば良いのになぁ。


はっ、当日はこの時間に朝ごはん食べれば良いのでは? いや、絶対焦がすフラグだな。


「だけど、貴方が辺境伯の令息に恋をするなんて……それもプライス家の方なんでしょう? くれぐれもよろしくね、お母さんからもいつもありがとうと言っておいて」

『はーい』


お試しで作ったアップルパイはなかなか美味しかった。お父さんからも絶賛されたが、好きな男の子のために頑張ったとお母さんが言った瞬間固まっていた。


ヒロインのお父さんもヒロインの事が大好きだ。平民の子どもが魔法を使うと父親が母親の不貞を疑うことも多いが、この夫婦に至ってはそういう事はなかった。


ヒロインの髪質はお父さんからの遺伝らしく、まるで同じ色だ。顔立ちはお母さんに似ているように思うが、お母さんには笑った時の顔がお父さんそっくりとよく言われる。つまりヒロインはどちらにも似ているのだ。


まぁ夫婦仲の話はともかく、当日もこの調子で美味しい物を作りたい。こういう時にヒロインにありがちなトラブルとか起きませんように……。当日寝坊とか、指切ったりとか、焦がしたりとかしませんように……。

これはフラグじゃないので、よろしくお願いします……。


―――それから数日、プライス家にお邪魔する日が訪れた。


『起きられた! 身体も調子良い!』


え、なにこれ、絶好調なんだけど。エマに貰った服もいつもより似合ってる気がする! いやこれは絶対気のせいだけど。


『お母さんおはよう!』

「あらあら、張り切っちゃって」


調子が良いからこそ落ち着いてパイを作らないと。お母さんは横で皆の朝食を作ってくれている。ご飯中はお母さんがかまどを見てくれる事になったのだ。


『え、美味しい』

「あら本当、よく出来てるわね。リンゴが当たりだったのかしら」

『リンゴー!』


え、ヒロイン効果とかあるの? 本番に強いとかあるの!? もしそうだとしたらめちゃくちゃ嬉しい。

心なしかパイ生地もバランス良く綺麗に重ねられた気がする。


「お母さんも朝食美味しそうに出来たわよ」

『わーい、お父さんはー?』

「ちょっと落ち込んでいたわよ、雨降らないかなぁって言っていたわ。出掛けるんだから先に食べちゃいなさい」

『……分かった』


雨は降らないでくれ。

待っている理由もないのでパイをかまどに突っ込んで朝食を食べることにする。この後は歯を磨いて、荷物の最終チェックをして……。


食べ終わった食器をキッチンに置きに行くとお母さんがかまどを見ていた。


「パイはまだかかりそうよ。そうだわ、貴方の髪を綺麗にしないとね」

『え、いいよこれで……』

「ダメダメ、ギャップが大事なんだから。だけど結い上げるのはパーティーまでとっておいた方が良いわね!」


お母さん嬉しそうだな……。まぁ、その、今日はセヴァラスに会いに行く訳だから、ちょっと可愛くしてもらったって、全然良い訳なんですけど……。


『じゃあ、ちょっとだけ……』


そう言えば小さい頃はお母さんによく髪の毛結って貰ったなぁ。だんだん面倒くさくて1つに縛るだけになってたけど。


こめかみから髪の毛を編み込んで、ハーフアップにしてもらった。結構、可愛いかも知れない。うん、いやほら、元がヒロインだからやっぱり。そりゃあ前世の私よりは可愛い訳で……。


髪を結っている間にパイが、なんて心配もしたけどちょうど良い具合に焼けたようだ。リンゴと一緒にバスケットに入れる。


「お父さんが辻馬車に乗るまで荷物も持って行ってくれるって」

『ありがたいけどお父さんのメンタルは大丈夫なの?』

「大丈夫よ、自分自身で貴方を見送った方が良いと思うわ」


……本当に大丈夫かな。


『お父さん、行くよー?』

「レナ……。そうか、もう行くのか。髪の毛……可愛いな」

『うん、ありがとう。お母さんがやってくれたんだ』


しょんぼり、と言うほどまではいかないかも知れない。しょんもりと言うか、何となく寂しそうな雰囲気ではあるけど。


『荷物お願いできる?』

「あぁ、プライス家の方にくれぐれもよろしく言っておいて欲しい」

「うん。じゃあお母さん、行ってきます」


いよいよ、セヴァラスの家に行けるんだ。イベントはもちろんだけど推しの家! 楽しみ!

絶好調だー!

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