次の波乱
「貴方ってよく人に騙されたりとかしてない?」
ジョシュアが、アレクサンダーとドリスから私を庇ってくれた事を話すと、エマは納得した様子で何故女子寮まで来たのか等は聞かなかった。
彼はエマに対して心配性なところがあるので、彼女の中で疑問には思わなかったのかも知れない。
セヴァラスを好きだと話した時も、エマの心配は別の方向に向いたようだった。
『大丈夫だよ、エマとセヴァラスは本当に特別なの。会った瞬間そう感じたんだよ』
「その、貴方の村では皆そうなの?」
『皆そうってことはないよ……』
ゲームで見たとは言えないので誤魔化すしかない。
エマは自分も同じように信用されていると言われたことで少し照れたようで、それ以上追及はしてこなかった。
「今の所プライス様の事で私が何を言われたことはないから、そこは安心して。だけどねレナ、貴族同士の関係は貴方が思うよりずっとドロドロしているの」
『うーん、ジョシュアはエマの事も純粋すぎるって思ってたよ』
「私が紹介した友達の事ね。全く、何年前の事だと思っているのかしら。そもそも私が侯爵令嬢に何か言われて断れるわけないじゃない」
そこはエマの言うとおりだ。断り切れずにジョシュアに紹介したからと言って、エマが本当にその友人を信頼していたかは分からないし、その友人だってジョシュアを紹介してもらったからと言って、エマへの友情が全くなかったとは言い切れない。
「それにしても、まだ一ヵ月しか経ってなのにもう恋愛の話が出来るとは思わなかったわ! また何か進展が会ったら教えて頂戴!」
『それはもちろん、エマが誰かを好きになったら一番に教えてくれるってことだよね?』
「……えっと、私まだ誰かを好きとか、なくて……」
『もちろん、好きになったらで良いわよ!』
ジェーンの入れてくれた紅茶を飲み終え、私は朗らかな気分で自分の部屋に戻った。
次の日学園はジョシュアが私を訪ねて女子寮まで来たことで持ち切りだった。
エマは丁寧に自分がジョシュアを私に紹介したこと、私が魔法学でトラブルがありジョシュアが心配したことなどを話して誤魔化してくれ、私は横でうんうんと頷くだけに止めておいた。
余分な事を言うよりエマに任せた方が良い。どう考えたってジョシュアと親しいのは私よりエマだ。
それにしてもジョシュア人気なんだなぁ。まぁ公爵家な上にあの美形だから当然と言えば当然なんだろうけど。
『もう疲れたわ』
「元気出して! 今日は魔導具学の授業でしょ?」
『……セヴァラスにも何か聞かれるかなぁ』
聞かれたらエマに説明したように、アレクサンダーとドリスに困っている事を話すべきだろう。もしも攻略キャラ以外でも連れ去りが有効だとしたらセヴァラスにその役を請け負って貰えたら良いんだけど……。
その……別にゲームの設定を使って無理にセヴァラスの好感度をあげようとかそういうのではなくて……あまりジョシュアの好感度が上がるのもって言う話で。
「好きな人と二人で授業なんて良いわね! 私も恋をしてみたい。お父様は成人のパーティーまでは待ってくれると言っているけれど、それまでに恋が出来るかしら」
『エマなら良い人と出会えるよ。私が保証する』
魔導具学は選択科目の中では唯一午前中にある。どうやら昔は必須科目だったようだ。
ホーン先生が嘆くのも無理はないかも知れない。確かに魔法学校なのに魔法に関する授業1つだけだもんね。
それなら別に魔力がない生徒も入学したって良いじゃんと思ってしまう。魔法学は魔力がある子だけの選択科目にすれば良いんだから。
魔力があっても魔法が使えない子がほとんどなんだから、もはや魔力関係なく優秀な人が入学できるようにした方が効率的だと思う。平民にも賢い子は大勢いるからもったいないと思う。
そういった賢い子は村の学校の先生になったり、薬師になったり、後は商売をする子も多い。
まぁ村としては優柔な人材が全員王都に雇われても困っちゃうんだけどね。私だって学校の先生にはお世話になった訳だし。
ちなみに教会の牧師は中流からやや上流階級の人がなるから平民とはちょっと違うけど、あぁいった人たちは大きな街の学校に行っている。
「君、また噂になってるぞ」
セヴァラスがクラス移動中にボソリとそう言った。
多分セヴァラスは私以外友達いないだろうに、よく昨日の今日で噂が耳に入るなぁ。
しかも噂の出所は女子寮な訳でしょ? それをセヴァラスが知っているってことはもう同学年は全員知っていると思って間違いない。
『あれはね、王太子殿下とアンダーソン様が……』
「君に付きまとっているんだろう? それでアンダーソン嬢からの嫌みに困ってる。皆そう話していた」
『そこまで!?』
エマが話したのだろうか。彼女と私はずっと一緒にいたはずなんだけど……。
「フローレス様がそう話しているらしい。彼が広めているという事は、上の学年にも噂が広がっていると思って良いだろうな」
『ジ……!? そうなの!?』
危うくジョシュア様と口走りそうになった。それにしてもどうして彼がそんな噂を広めるんだろう。アレクサンダーとドリスを牽制してくれているつもりなのだろうか。
あまり事を荒立てたくはないんだけど……。
「今度はフローレス様を特別に感じるか?」
『いや、あの人はエマの従兄だから。良くしてくれるし感謝してるけど、それだけだよ』
何か根に持たれているのだろうか。疑り深い性格なのかもしれない。
ゲームでもセヴァラスは慎重で消極的なキャラだった。それが、ヒロインと親しくなることで少しずつ変わっていく。
「次の魔法学は大丈夫そうなのか?」
『え? 心配してくれるの?』
「また騒ぎが起きたら面倒だと思っているだけだ」
まぁ確かにセヴァラスと一緒に行動している事をジョシュアも知っていたのだから、他の生徒も気付いているだろう。私が目立ってしまったら必然的に彼も目立つことになる。
『実を言うと、次回に限っては大丈夫なんだ。スミス先生と約束があってね』
「……それはそれで目立つんじゃないか?」
『あー、うん、大丈夫だよ多分』
魔法学ではどうやったって目立つのだ。今更スミス先生と少し話したからと言って変わりはないだろう。
エマのおかげかジョシュアとの噂はすぐに鎮静した。むしろ、ジョシュアが流しているアレクサンダーとドリスについての噂の方が厄介と言って良かった。
ドリスと彼女の友人である令嬢たちは、明確に私の事を敵対視し始めていた。すれ違う時などまるで害虫がうろうろしているかのごとく距離を取り、嫌悪の目で見つめてくる。
参ったなぁ……。
日常生活においてはストレスではあるが、ゲームとの差異を考えるとドリスに敵対視されて困ることはあまりない。
ドリスからの嫌がらせが過剰になると、攻略対象が助けに来る、というイベントが発生してしまう可能性があるくらいだが、おそらく避けられるのではないかと思う。
私は今Aクラスではないからだ。移動もほとんどエマかセヴァラスが一緒なので、嫌がらせに限度があるだろう。
とにかく魔法学の時だけドリスに気を付ければ良い。それに魔法学は、私だけでなくドリスも1人だ。思い通りには絶対にさせない。
とりあえず次回は授業後にスミス先生と行動して噂を濁し、それ以降はジョシュアにも協力してもらおう。
満を持して翌週の魔法学を迎える。
エマと中庭でランチボックスを食べながら、たわいもない話をするのは楽しい。もしアレクサンダーやドリスとのいざこざが無くなっても、週に一度は外で食べると言うのは良いかも知れない。
ジョシュアが来るまで一緒にいようかというエマの誘いを断って、スミス先生の所へ行く。あまり彼と一緒にいるとまた噂になってしまうし、エマをだしにしていると周りに思われるのはもっと良くない。それはジョシュアも同じだろう。
心配をよそに、アレクサンダーとドリスは授業開始ギリギリにやってきた。ドリスがどうやら足を痛めた様子でアレクサンダーに肩を借りながら歩いている。
あー……そうね。来る途中で足を挫いたってことかな。
帰りもきっとドリスはアレクサンダーの手を借りるんだろう。
そちらを見ないように知らんぷりで出席を取り、それぞれの教員ごとに分かれた。
授業後に、スミス先生は私を魔法学準備室に呼んでくれた。
アレクサンダーやジョシュアの方は努力して見ないようにして、先生についていく。
「私なりに考えてみたのですが、学園の医務室に協力を仰ぐというのはどうでしょう」
スミス先生は紅茶とクッキーを勧めながら、そう切り出した。
『医務室ですか?』
「剣術や馬術の授業もありますから、怪我は日常茶飯事でしょう? 保健師に確認を貰いながら治療を手伝うことで経験を積んだり、医療との兼ね合いを考えたりする良い機会だと思うのですが」
『それは、確かに……』
医務室なら体調不良の人が次々やってくるってことだもんね?
生徒は怪我が治るし、私は練習も出来て、しかもそれを医療従事者に見守ってもらえる。
「もちろん、学園長や保健の先生がなんと言うかは分かりませんし、魔法を使う前に当該生徒に許可を貰う事が必要です。魔法が暴発する可能性もゼロではありません。ただ提案してみる価値はあるでしょう」
『是非そうしたいです。私から学園長に話を伺えば良いですか?』
「いえ、最初は私から。そう慌てることもないでしょう」
『ありがとうございます、よろしくお願いします』
礼には及びませんと言いつつ、スミス先生がクッキーに手を付けたので、自分も1つ貰う。
…………ぶぇぇぇぇぇっ!!!???
なにこれ! 全然甘くないんだけど! 漢方薬みたいな味がする!!!
一口齧ったままのクッキーを片手に、恐る恐るスミス先生を見ると不思議そうに見返された。
……先生はクッキー1つ食べてる!
『あの、これは何というクッキーなんでしょうか』
「ジンジャークッキーです。ジンジャーだけでなくいくつか香辛料も入っていて、身体に良いのですよ」
『あ、そうなんですか……』
身体に良いクッキーってこの世界にも存在するんだ。ダイエットクッキーみたいなものなのかな。
思い切って残りを全部口に含み、紅茶に手を伸ばす。
勢いで飲んだが、紅茶は普通の紅茶だった。良かった、これも健康志向のお茶だったらどうしようかと思った。
まぁでも確かにショウガって前世でも健康に良いって言われてたもんな。風邪の時に生姜湯で身体を温めるとか。
…………あ、これも身体を温めるか。
そう考えると癒しの魔法はもっと単純に、風邪やお腹を壊している時とか、後は生理痛とかにも効くのかも知れない。
あ、もしかしてお灸みたいな感じか!?
一日で良いから前世に戻って色々調べられたらなぁ……。
『スミス先生、光魔法を使うと両手が温かくなるのを感じるんです。もしかして、それが癒しの魔法に関係するのでしょうか?』
「体調が悪い時に患者を温めるのは基本ですからね。一理あるでしょう。寒いと膝が痛む、という方もいますからね」
そう言えば前世でおばあちゃんも言ってたな。冬になると膝が痛いって。
『温かさで痛みを和らげることが出来たとしても……何故光魔法は病や傷を癒せるのでしょう、私には理解できません。日光には傷を癒す事なんて出来ませんし、火や水とは明らかに違いすぎます』
スミス先生は手にしていたティーカップを置き、両手を膝の上で重ね、真剣な表情でこちらを見据えた。
「逆にこうは考えられませんか? 不思議で説明できない魔法に、光と名付けたと」
『不思議で、説明できない魔法、ですか?』
「光というのは希望という意味もあります。何百年も前は今ほど文明も発達せず、国の統治力も低かったはずです。傷を癒す魔法は、人々にとって希望の光だったと言えるでしょう」
希望の光、か……。
「俗説では、光魔法の使い手は未来を予知したり不思議な知識があったりすると言われています」
『え?』
「この国の生活の基盤を形成する構造物やシステムは、光魔法の使い手が発案したという記録があるのです。もちろん、神話と言っても良いような古い記録ですから、脚色もあるでしょう。ですが、おそらく何かしら不思議な現象があったと私は予想しています」
それってもしかして、過去の光魔法の使い手も前世の記憶を持っていたってこと?
確かにこの国は電気もないのに、変なところで現代的な部分がある。衛生面とかもやたらしっかりしているし……。
ゲームだし魔法のある世界だからと思って気にしていなかったけど、もしかして……?
私がそうだったように、光魔法を使うと前世の記憶がよみがえる、とか?
『私も、不思議な事はありました。親友のエマ・ナイトリーとセヴァラス・プライスについて、昔から知っているような気がしました。心が許せる相手だと感じたんです。初めての経験です。それに、明かりの魔法も、誰かがやっているのを見たことがあるみたいに初めからイメージ出来たんです』
前世の記憶があると打ち明ける事は出来そうにないが、光魔法の魔力の1つとして認識して貰えれば、これからのイベントをこなすのに随分楽になる。
未来を予知したとのことでスミス先生はもちろん、色んな人に協力して貰えれば、大きなイベントも避けられる可能性があるだろう。
「……それも国王に報告しても宜しいですか?」
『あ、はい。大丈夫です。そう言えば、明かりの魔法の件は大丈夫でしたか?』
「そうそう、それを話さなければいけませんでした。新しく、しかも有用性の高い光魔法を貴方が発案したという事で、国王が一度見せて欲しいとのことでしたよ」
―――え?
『え?』
「私も付き添いますので可能なら今週末時間を作ることはできますか?」
ええええぇぇぇぇぇ!?




