番外編:アレクサンダーの物語
アレクサンダー視点です
物心ついた時から自分は病弱で、ベッドにいる時間が長かった気がする。
母が枕元で本を読み聞かせ、優しく頭を撫でてくれた。
母は絵画のように美しかった。金色の髪が白い肌に影を作り、青い瞳が心配に染まり僕を見つめていた。
僕は母が好きだった。母はいつでも僕のそばにいてくれた。
一歳下の弟とそれに付き添う使用人の声が、時々廊下や庭から聞こえてきた。
「早く早く、僕もう馬に乗れるんだよ! 見ててね!」
「はい、見ておりますよ。ジェームズ殿下は本当にお元気ですね」
使用人達は禁止事項や決まり事の多い自分よりもジェームズの方を構いたがった。今にして思えば、下手に僕を外に連れ出したり無理をさせたりして体調が悪くなれば、責任を取らされかねないと思っていたのだろう。
寝込んでばかりの僕にどう声をかければ良いのか、分からなかったのかもしれない。
あの頃は、弟が僕よりも優秀だと誰もが思っていた。良い医者と薬に出会って僕の体調が安定するまでは、揉め事にならぬよう僕が早く死ねば良いと思っていた者もいるはずだ。
時折ジェームズと共に彼の母親が来て、僕を様子を見舞う事もあったが、そんな時母の表情は張り詰めていた。
ジェームズと彼の母の真っ黒い髪と目が、カラスのようで僕は苦手だった。
2人は僕の事を上から覗き込んで、僕が不治の病であるかのように扱った。
ジャームズは僕を可哀想だと囁き、外の世界がどんなに素晴らしく、自分が馬でどこまで行けるか話した。
そしてお父様とどのように関わっているかを。
あの頃、母がどんな想いで僕に寄り添い、本を読み聞かせていたのかと思うと胸が痛くなる。
「お母様」
「どうしたの? 可愛いアレックス」
僕をアレックスと呼ぶのは母だけだった。父が……陛下が、あの時僕を何と呼んでいたのか、僕は覚えていない。
記憶では、父が僕の枕元に来たことは一度もなかった。
僕の体調が良い時に、食堂や謁見室などで話した記憶は朧気にはあるが、ジェームズが話して聞かせるような親子の会話ではなく、王と王子の会話でしかなかった。
「僕は、どうしていつも病気なの? これじゃあお父様みたいな王様になれない?」
「いいえ。王の素質は身体が強い事だけではないわ。知性や勤勉さ、優しい心、そして幸運が必要なの。どれも貴方が持っているものよ」
「僕が、幸運?」
病弱な僕のどこが幸運と言うのだろうか。たった一歳の年の差で、長男に生まれたことが幸運なのだろうか。当時の僕ですら、その時は疑問に思った。
「辺境の村で、平民の女の子が、光の魔法で傷付いた人を癒したそうよ」
「光の魔法!? お母様が絵本で読んでくれた特別な魔法のこと? 使った子がいたの?」
「そうよ。何百年に1人、いるかいないかの癒しの魔法の使い手。それが貴方と同い年の女の子なのよ。それがどういう事か分かる?」
僕の手を掴んだ母の手は温かかった。
「彼女が貴方の力になるわ。きっと身体の弱い貴方のために、神様から遣わされた天使なのよ」
「僕の天使……」
「学園に入学したら、彼女に親切にしなさい。平民だから、困ることもたくさんあるでしょうから。貴方が彼女の力になるの。そうしたら彼女も貴方を助けてくれる」
絵本の中でしか見たことがない、何百年かに1人の、光の魔法を使える少女。僕のための天使。
いったいどんな女の子なのだろう。素敵な子だろか。早く会いたい。
彼女と会う時に、王太子として恥ずかしくないように振舞わないと。
「僕、元気になりたい。元気になって、その女の子に会いたい」
「そうね。来月新しい先生がいらっしゃるから、それで元気になれるわ」
八歳になる頃には、僕は大きく体調を崩すことはなくなった。それでも、僕の歩む道が順風満帆だったとは到底言えない。
「アレクサンダー殿下は本当に勤勉で利発でいらっしゃいますね」
誰かがそういう度に、昔病弱だった割には、と聞こえてくるようだった。
第一王子と第二王子が一歳差では年が近すぎる。
ジェームズは僕以上に優秀で、その上に勝気だ。幼い頃からの経験で、僕に負けることなどないと思い込んでいる様だった。
その差がほとんどなくなったのはいつ頃だったろうか。
それでも剣術や馬術、体力に関しては、ジェームズの方が優秀なのは変わらない。
だからこそ僕が父と同じように戦争を避けようとしても、ただの臆病で自分の苦手な事がしたくないのだと思われる。
改革派の貴族たちは、文武両道のジェームズこそ王太子にと声高に唱え、隠そうとしない。
父も始めは弟を王太子にと考えていたようだったが、むしろそうした改革派の人に持ち上げられたことによって、弟は王位から離れたように思う。
王太子が僕に決まった時、弟は初めて僕をライバルとして見たように思う。
ようやく彼が僕の存在を認識したと言っても良かった。
「君、自分の意見はあるのか?」
吐き捨てる様に言われたのを覚えている。
「何でも父さんの言いなりだ。王になったらどうやって国の方針を決めるつもりだ?」
「皆の意見を聞いて決める。改革派も保守派も、男も女も、貴族も平民の意見も。私は優しい王になる」
「平民? 平民に国の何が分かるって言うんだ? 明日の暮らしの事しか考えていない奴らさ。僕たちの話す相手じゃない」
カラカラとジェームズは笑った。
「国民の意見を聞かない王など王ではない、国民がいてこその王だぞ。ジェームズ、君は自分の取り巻きにはやし立てられて、戦争をしないというお父様の意見を無視している」
「ハッ、ベッドの中でママに聞いた綺麗事ばかりだな。国の現状を考えたらどうなんだ? 父さんの政策でまとまれば良いけど。どちらにしろ君がそれを引き継いで上手くやれるとは思わないね」
「絵本も嘘ばかりではない」
光魔法の女の子。僕には彼女がついている。
彼女の存在は常に僕を勇気づけた。夢物語で何が悪い? 皆が望むからそのような夢物語が語り継がれるのだ。
戦争のない世の中。皆がそれを夢見ているのだ。それを目指して何が悪いと言うのだろう。
何百年に一度の奇跡が、目の前に起こっている。
僕も奇跡を起こして見せる。
それが夢のような話だとは僕も理解していた。しかし諦めるべきではない夢だ。
「ご立派ですわ、アレクサンダー様」
婚約者のエリザベスはいつもそう言ってくれた。
立太子が遅かったため、僕も弟も婚約者が決まるのが遅かった。
エリザベス・リッチは曽祖父に戦争の立役者がいるものの、現在は保守派の貴族だ。戦争での武勇は取り立てるが、基本的には戦争はしないというお父様の意思が見え隠れしていた。
彼女自身は魔法の力もほとんどなく、美しく気品はあるが常に私を立てるような控えめと言って良い女性だ。
「ありがとう。二人で良い国にしていこう」
「はい、この命に代えましても」
彼女には何の不満もない。ただ、幼い頃から僕の心の中には常に光魔法の少女がいた。当時は名前も知らないと言うのに、僕はすっかり彼女に夢中だった。
愛していると言っても過言ではなかったのだ。
そうして待ち焦がれた入学の日がやってきた。
彼女の前に立派な王太子として、絵本に登場するような王子様として、僕は努力を重ねていた。
入学前試験1位。貼り出された自分の名前に張り詰めていたものが消え去るようだった。
それと同時に、早く彼女を見つけたいという気持ちが湧いてくる。
逸る心で彼女の名前を探した。
レナ・ブラウン 60位。
辺境の村の学校では読み書き程度しか教えられないと言うのに、家庭教師もいないはずの彼女がBクラスに入るとは。
彼女はどこにいるのだろう。早く会いたい。一体どんな姿をしてるのだろう。
「アレクサンダー様、彼女がお探しのブラウン嬢では?」
そばに控えていたエリザベスが指し示す先には、一人の少女がいた。
髪は後ろに結んだだけ、隅々への手入れも行き届いている様子はなく、身なりが良いとは言えなかったが、美しい少女だった。
彼女が貴族なら、少し僕が力を貸せば、周りが驚くほどの貴婦人になるだろう。
きっと彼女も僕を必要とするはずだ。
アレクサンダーは、幼少期の一人称は「僕」、現在は「私」です。
が、仲の良い間柄では「僕」と言う設定です。




