魔女、ジャコウネコの獣人を拾う。
私、魔女!
とても若くて優秀で美人!!
今日も珈琲は美味しいわ!!!
あなたもそう思うでしょ!!!!
「"洗脳"」!!!!!
答えはYESでいいわっ!!!!!!
どうも魔女です。
幼い頃に魔導の才を見出され、史上最も魔導の深淵に近いと云われる筋肉の魔女に師事しています。
若くして足の先から髪の末端まで研究畑にどっぷり沈み込み、寝ても醒めても活字と図形を睨む生活を続けていたせいか気づけば生粋の珈琲中毒になっていますが、昼に研究すべきことや夜に実験すべきことが多過ぎるのですから仕方がありません。
おかげで致死量スレスレの珈琲を毎日飲まずにいられませんが、日がな1日研究と珈琲の沼に浸かっていることができるので、地味に勝ち組だと思っている私です。
研究室と給湯室を往復するだけの生活を送り続けていた私も、いつの間にか年頃の16歳になっていました。運動不足解消にと始めた箒ドライブも日課になり、
その日もゆるゆると箒ドライブを楽しんでいました。
しかし魔女の人生というのもどこで道を踏み外しすか分からないものなんですね。
私の研究所から山を二つ超えたあたりで、その日は偶然にも山賊に襲われている哀れな馬車を見かけました。
珍しいこともあるものです。
魔法で視界を確保出来るのでもない限り、この辺りは霧が深く伸ばした手の指先も見ることが困難な気候をしています。
麓の村の人達でさえ滅多に寄り付かないというのに。
馬車は長距離用の太い車輪と大きな荷台があり、御者台と一体化した幌台も付いていますね。
客人でも乗せているのか、若しくは馬を繰っている年老いた男性はそれなりの商人で仕事用馬車に寝台を据え付けているのか。
護衛の1人もいないところを見るに、随分と前から何度か奇襲されて本来のルートを大きく外れさせられ護衛は段々にやられていったとか、そんなところなのでしょう。
やれやれですねえ。
頭脳は明晰容姿も淡麗な私ですが、荒事は苦手なんですけど。
しかし見て見ぬ振りも寝覚めが悪そうです。
致し方ありません。 ちょっと試してみたい暇つぶしに作った魔法も溜まってきてましたし、いっちょ遊んでいきましょうか。
「とうっ」
袖振り合うも多生の縁、華麗に美麗に人助けでもいたしましょう。
箒から細く長い足を投げ出し、私は襲撃されている馬車のはるか直上から身を投げ出しました。
ぶっちゃけ他人の命なんて路傍の虫とさして変わりありませんけど、オケラだってアメンボだって生きているんですもの、刃傷沙汰はいけないわ。
そんなに暴れたいほどカルシウムが足りないなら珈琲を飲めばいいのに。
流石に美しくて熟練の魔女といえど身体強化なしでは盗賊さん達にはなす術も無いでしょうし、私は滑空しながらローレライもかくやの美しい声音で呪文を詠唱しはじめます。
「我が身は珈琲で出来ている。力こそパワー、パワーis力。幾星霜の致死量を超えてお替り。我が玉体よ光れ。唸れ上腕吠えよ大腿、地割り天を裂け大胸筋」
詠唱に呼応して私の全身から眩い光が溢れ出します。
山賊の1人がこちらに気付いて「なんだあれは!?」とこちらを指さすのが見えます。
それに反応して山賊さん達の注意が一斉にこちらに向くのがわかります。
「なんかすげえ頭の悪そうな単語の羅列が聞こえねえか!?」とこちらを指差すのが見えますが、ちょっとちょっと、まだこちらは変身パートなんですけど。ジロジロ見ないでくださいエッチ。
光量あげちゃお。
乙女の尊厳がどのくらいの光量で守れるのは流石に知りませんが、2億ルーメンくらいでいかがでしょうか。
えいっ。
「「「あんぎゃあああああ目がぁ!?」」」
「漲れ私、迸れ私。“atomic me”!!」
詠唱完了とともに、周囲の大気が勢い良く集まりだし暴風となって私に集まります。
魔女の長衣は魔力を編んだものなので破れることなく光に融け込み、より適した形へと変貌していきます。
眩しさ的には多分そろそろ太陽を超えていますが、衣服が魔力に還元されてほどけてしまった今私は間違いなく全裸っちゃ全裸なので、恥ずかしいからあと少しだけ光量上げちゃう。
「ぐああ目を閉じても網膜が焼けるように熱チィ!?」
「俺なんて片目潰れてて眼帯してるのに傷の中が焼けてる!?」
「待って。まつ毛燃え始めた。火ついてる火!」
狼狽えなさい。
この魔法こそは昨日3徹明けに泥のように濃い珈琲啜りながら眠い頭で思いついた……もとい即興で編み上げた新魔法、“atomic me“!!
溢れる私の魅力と素晴らしさをギュっとしたらなんか光って熱くなる! でも原理はよく知らない!
今の私は真夏の海も嫉妬するミニマム・サン。
近距離の相手は普通に死ぬ。
天空の箒から飛び降りた勢いそのままに地面に突撃する直前、美麗に空中で身を捻り着地します。
ブールにでも飛び込んだように熱で融解し周囲の地面の表層10メートル程がめくれ上がって飛沫を上げます。砂や石が溶け落ちて純白に発光しながら花吹雪のように散るその様は私の参上を祝福するかの如し。
「私は通りすがりで興味本意の魔女! 不埒な山賊さん達、悪事をやめてごめんなさいしなさい!! でないと私が昨日20秒程度で思いついた即興魔法の出来を試してみたいという欲求を満たす為にだけにあなた達が死にます!!」
「なんだこいつ!!」
「オブラートとか無ェのか!?」
「ど、どこの誰だか知らねェが俺たちの獲物を横取りしようってか!? そ、そうはいくか!!」
立っていると足元の地面が溶けてどんどんメルトダウンしていくので、私は飛行魔法でふわりと宙に浮き上がります。
たぶん山賊さん達からすると超逆光だからほとんど何も見えていないと思いますが、それでも超高温・超光量の私が宙へ浮き上がったことくらいは分かるでしょう。
「ちなみにこの姿の私があと一歩そちらへ近づくとあなた方の身体は急激な体温上昇に襲われ、残念ですが生涯種無しになります。二歩目には蒸発します。でも歩幅間違えたら一歩目でも多分蒸発します。したらごめんね」
「「「すいませんでしたァアアアア!!!」」」
──悪とはなんと虚しいことか。
拘束魔法の“バインド“で山賊一行を縛り上げた後、魔法を説いて魔力を編んでもう一度服を作り出さなければいけなかったので、念入りに山賊達の網膜を光魔法で焼いてから(地獄みたいな悲鳴を上げられた。そんなに見たかったんですねえ。やはり男はケダモノです)、私はいつもの長衣姿に戻りました。
馬車の方を調べてみるとやはり護衛の人の姿はなく、御者も体のあちこちに深い傷を受けて息を引き取った後のようでした。
馬を走らせていたのであろう御者の人は随分と上等な服を着ていて、何やら家紋のような装飾が服や馬車、積荷のあちこちに入っているところを見るに、この人が商人その人だったのでしょう。
お気の毒ですが、まあ私の助けが遅かったからとて恨まれる覚えはありません。
あなたはあなたの人生に行き、その生き様に死ねたのです。それはきっと幸せなことでしょう。
ともあれ折角助けたのですから、誰かしら生き残りはいないもんですかね。
荷台の壊れた木箱から覗いていた大粒の林檎を手に取り、勝手に齧りながら馬車の周囲を見て回る。
「誰かいないんですかー? 助けてあげましたよー。もう大丈夫なんですよー」
弓で射られて怪我をした馬は魔法で傷を癒してあげたものの、生き残りがいないのでは困ります。
馬も道を全て覚えているわけでは無いでしょうし、私も遺族を探したり馬車や遺品を運んであげるほどは暇でもお人好しでもありません。
林檎を齧りながら幌を開けて覗き込むと、霧の濃さもあってか中は暗く、ほとんど何も見えませんでした。
「“ライト“」
指先に光球を宿す魔法で光を灯すと、幌の中は何やら物々しい雰囲気でした。
空間拡張系の魔法が使われていたのでしょうが、外見に比例せず幌台の中は小さなお屋敷なら二つは入ってしまうと思われる程度の広さが広がっていました。
私の背丈ほどもある木箱が立ち並び、どれもこれも『阿片』や『マンドラゴラの粉末』『竜の髭』といった焼印が押されていものばかりのようです。
『阿片』は言わずと知れた危険薬物、『マンドラゴラ』は愛の誘引剤の原料になりますし『竜の髭』は煎じて飲めば一雫だけでも三年もの不老長生を得る、どれも立派な取引禁止指定品じゃありませんか。
「良かれと思って人助けをしてみたはいいものの……どちらも人の道は外れた連中だったんですか」
山のように積み上げられた木箱が通路を形作っているのをズンズン進む。
生き残りがいれば山賊と一緒に近くの街の憲兵に突き出してやりましょう。
もう誰もいないのであれば、こんな積荷は燃やしてしまわなければ。
許されません。許されませんよこんな物らは。ええ。
まあでもこれだけ手広く商売をしているなら女物の服とかコーヒー豆とか、いい陶磁器なんかも積んでいるかもしれない訳なんですけれども。
決して私が欲しいとかではありません。ええ、もちろん私は公明正大な魔女ですから持ち主を失った馬車から欲しいものを頂いてしまおうなんて事はしません。
これは、そう……里親!
引き取り手のない孤児達を引き取る里親制度のようなもので、私が里親になる事で着られずに燃やされてしまう哀れな品物を救って差し上げようという尊い救済行為なんです。
そう、実質聖女。いやーマジ私天使。徳が高いわあ。よしこれでいこう。
本音と建前を見事に融和させた私は、“ライト“の魔法球を掲げて進んで行きました。
通路のようになった木箱の山を横目に進み最奥の突き当たりまでいくと、そこには小さな鉄の檻が置かれ、鎖に繋がれた子供が1人その中で倒れていました。
「あーあー人身販売まで。この業者真っ黒くろすけですねえ」
獣用でしょうか。酷く縦横の幅が小さく、鉄格子は異様に太く頑強に作られた檻のようです。
子供は白と灰色の模様の髪をした獣人のようでした。
意識はなく酷く衰弱した様子ですが、まだ息はありそうですね。
汗や埃で汚れてやつれた顔さえしていなければ、かなり顔立ちは美しいのでしょう。実質かなり私好みです。
「“解錠“」
いかに厳重な南京錠であろうが、魔法の前には無力です。
檻の閂や手足の枷を魔法で外し、子供を浮かせてそっと檻から出して床の上に寝かせましょう。
「おや、この子供……あんまりいい待遇は受けていなかったみたいですが見た感じひどい怪我もないですね」
痩せこけてはいても怪我は少ないし毛並みもいい。なんというか、この檻に閉じ込めているにしては変な違和感が拭えません。
まるで馬車が止められる前から薬か何かで眠らされていたような……?
ふと、私はそこで檻の側面に回り込み、そこに掛かっていた掛け札を、うっかり見てしまいました。
それさえ見なければ、私も私でいられたというのに……。
《希少種・ジャコウネコの獣人》
─猫科特有の美しい獣人です。生のコーヒーの果実を与えると種子だけを未消化で排泄します。未消化で排泄された豆は一級品の珈琲として非常に人気があります─
「……はい?」
目を疑い何度か目を擦って読み返すが、読み間違えたわけではない用だった。
「この顔綺麗なお子様が?」
ジャコウネコの獣人で? マニア層向けに売られそうになってたんです?
大丈夫ですかこの世界?
汚い大人に攫われてこんなところまで来てしまったのでしょう。
まあ珈琲好きに悪い人はいません。あなたもコーヒーの実の方を食べる種族とはいえ実質珈琲好きみたいなもんですからね。お姉さんがあなたを故郷に帰して──
─ジャコウネコを介して生成されるコーヒーは極めて希少で高価です。チョコレートやバニラを想起させる甘い香りと酸味・苦味が少なく飲みやすい。市場価値は同質量の金に匹敵─
「“忘却“!!」
眩い閃光が指先から迸り、ぐったりと横たわる少年の頭を見事に貫きました。
「は……はわ…………うわあああああやってしまったああああ!!」
私にしては珍しく秒速で我に返りましたが、時すでに遅し。
コンマ一瞬欲に支配された私は、助けてあげようと誓ったばかりの少年の脳みそ忘却魔法で撃ち抜きすっからかんにしてしまったのでした。
人攫いに攫われてきた哀れな美少年を今度は通りすがりの魔女が掻っ攫おうとは、何なんですか悪の食物連鎖ですか! 頭湧いてるんですか!?
しかも食用でもない植物を食べさせてウ○コ貰おうお湯かけて啜ろうとか地獄絵図でしょうが!?
慌てて辺りをキョロキョロと見回しますが、当然他には人っ子一人いません。そりゃそうです。生存者探してたくらいですから。
バクバクと煩い心臓とまとまらない思考が煩いです。
……どうしましょう。
たった今この子を元いたところに返してあげようと思ったばかりだと言うのに。
これではどこに住んでいたのか、なんという名前なのかすら分からなくなってしまったじゃないですか。
辺りをくまなく探してみても攫った子供を売るような輩が身元が分かるようなものを残しているはずもなく、土気色をした獣人の寝顔を見下ろしながら私は呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
咄嗟だったので加減せずかなり強めの忘却魔法をかましてしまった気がしますし、過去の自分を思い出させる刺激がまるでないとなると……この子今日より過去の事を思い出すのは不可能ですよね?
周囲には村落もなく、おまけにここは一年中深い霧が立ち込める山の只中。
山賊やコヨーテの類が通りかかることはあっても親切な一般人な商人が通る道ではありません。
あ……ダメだこれ。詰みました。
罪悪感と何か背徳の香りのする気配に足元がふわふわする奇妙な感覚を覚えながら、私は少年の軽く細い体をそっと抱き抱えると、指を鳴らして箒を呼び寄せ勢いよく空に舞い上がりました。
脳にカフェインが足りなさ過ぎていい考えが何も浮かびません。
この問題は一旦持ち帰って考えましょうそうしましょう!
もしこの子が起きたら……ひとまずお茶とケーキでも出して迷子で倒れた所を拾ったことにでもして誤魔化して、大急ぎで忘却魔法を解除する反対魔法を研究しましょう。
大丈夫、バレなきゃ犯罪じゃないんです。
目を高速で泳ぎまくらせながら、魔女は濃霧を抜け青い青い大空を鳥のように駆け抜けていった。
その膝にノリと勢いでパーにされてしまった獣人の美少年を抱いて。
人生万事塞翁が馬、と言いますが。
これは果たして運命の神様のいたずらなのか、はたまた悪魔の罠なのか。
欲望に忠実すぎる天才魔女と不運すぎる獣人は、かくして出逢ってしまったのでした。