3話『失敗』
何をどう間違えてこうなったのかは解らない。失敗したことには直ぐに気がついた。
平和な時代の赤ん坊だ。生まれてすぐに死にはしないだろう、第一すぐに死ぬとしても赤ん坊ではオレとて何もできぬ。だからオレはオレの覚醒を三歳に設定した。親は違和感を感じるかもしれないが以前の記憶は辿れるようにしてある。あとはそれっぽく演技をすればいい。
オレは目覚めた。
暖かく柔らかな寝具。十分な灯り。親や親族の笑い声、何よりオレの誕生を祝っている言葉。だがおかしい。
世界とのぶよぶよとしたへだたり。身体が動かせない。
子供ゆえの身体操作の未熟さがそうさせるのではない。第一オレは笑っている。オレの父親だろう変な顔を近づけたり離したりしている。子供のあやしかたなんてどこでも同じだ。
その間抜け面を見て笑っているのだ。笑う気もないのに。
オレは気づく、意識を外ではなく内に向ける。ずっとそうしてきたように、自分の考えに没頭するときのように外界を捨て去る。
「いた」
知らず声が出る。
内なる世界での声にならない独り言。
無限に平がる薄暗い地平線。遠いようで物凄く近い距離。頼りない光りがスポットライトのように世界の一箇所だけを照らす。
床にぺたんと座った幼いあいつが振り向いた。いま親に見せている笑顔と同じ笑顔でオレに笑いかける。
「ああなんということだ」
オレは転生した。それは間違いない。生前の知識と記憶を持っている。
肉体は健康そのものだしきっと外の世界も平和だ。幼子の誕生日を祝えるのは平和か、生贄であるかのどちらかだ。そして笑顔が生贄ではないことを教えてくれる。
そう、ここまではいい。理想的な展開だ。
もう寿命や前世でのイザコザなんて気にしなくていい。
あらゆるものから解放された爽快な気分にはならなかった。
「だぁれ?」
幼子がオレに聞く。三歳か、もう十分に話せる歳だ。
オレは名前を出すのをためらった。あらゆる情報をこの子に渡すことが怖かった。
オレは幼子から距離をとり記憶を閲覧した。この子の記憶だ。オレの物になるハズだったこの子だけの記憶。無遠慮に盗み見た。
名前はスグル。スグルはまだ字が書けないが賢いから教えさえすればすぐに書けるようになるだろう。漢字で優。優れている。優秀であるとの意味らしい。良い名だ。
家名は色柄。この世界だか国だか知らないがここの文化では家名が苗字であり、姓も名もひとつだけらしい。シンプルなものだ。覚えやすくていい。
兎も角、色柄優。イロツカスグルというのがこの子の名前だ。
それ以上の情報は重要ではない。好きな食べ物であるとか、お気に入りのキャラクターだとか母のぬくもりに関する感覚情報だとか一切不要。
オレは席にいるスグルに話しかけた。そうだ。そこは席だ。座れば代わることが出来る。
「スグル。オレと代われ」