09 危険な初夜 その③
09 危険な初夜 その③
『でもね、でも無理なのその計画を実行するのは』
そう吐息混じりに言ったウオズミさんは、ストンとベッドに小ぶりのお尻を下ろした。
『長谷川くんもここ座りなよ、見上げんの首がしんどくなる』
そう言いながらウオズミさんはポンポンと自分が座る隣のスペースを叩いた。
『はい』
ぼくは言われた通り姫の隣に座った。
ベッドがぼくの重さで異様に沈み、ウオズミ姫は体勢を崩した。
でも彼女はすぐに体勢を整えた。
『・・・・・・』
ウオズミさんはなにも話さない。
チラッと姫を一瞥してみた。
彼女は俯いて一点を見つめている。
『どうかしましたか?』
『うん。これよ、これがあるからわたしが考えた計画が実行できないの』
ウオズミさんはぼくの方へ右腕を伸ばした。
手首には腕輪というのだろうか、それがはめられてある。
色は漆黒で、傍らにある燭台で光る蝋燭の火がそれにはあたっているはずなのに反射していない。まるで光を吸収しているようだった。
『この腕輪がどうかしたんですか?』
『うん、どうかしてるのよ』
ウオズミさんは腕を引っ込めた。
『あなたたちオーク族は、怪力が自慢よね? わたしたちダークエルフ族は、力は弱いけど、知性が高い。頭がいいのよ。頭が良いってのは、記憶力が良いってこと。わたしたちは、その脅威の記憶力を活かして膨大な魔法を覚えることができる』
『魔法・・・・・・』
『そう。複雑な呪文を覚え、それを一言一句間違えることなく唱えれば、超常の現象を具現化させることができる。それが魔法。魔術ともいう。この世界の人間や亜人種の一部も魔法を使うことはできるようだけど、ダークエルフという種族は、魔法を扱うのが彼らよりも長けている。魔力っていうのかしら、それが、人間やあなたたちとは違って強大なの。しかもわたしたちは、種族的な特徴として長寿でね、わたし、フルバブは80歳を超えている。その長寿を利用して魔法をたくさん覚えることだってできる』
ぼくは黙って彼女の言うことに耳を傾けている。
『フルバブ姫もその長い時間の中でたくさんの魔法を習得し、わたしも当然その力が使える。わたしはその力を使って逃げようと考えた』
『逃げる!?』
『そうよ。このブダーダン王国で婚礼を上げ、そのどさくさに紛れて逃亡しようと考えていた。自分の体を透明にする魔法だって使える。それ以外にも逃げることに使用できそうな魔法はたくさんある。それらを駆使し逃げようと思ったのよ』
段々と姫の声が大きくなってきている。
『わたしにはある知識があった。知識というより情報ね――』
姫の声のトーンが下がった。
『その知識、情報とは、このゲムーリグのとある場所に存在すると言われる、とある水晶球のこと』
なんだ? 姫の話の全貌が見えてこない。逃げる話はどこいった?
『その水晶球には強大な力が備わっていて、わたしを元いた世界、つまり令和の日本に戻してくれるかもしれないのよ』
『戻れるんですか、日本に?』
『ええ。わたしは、このブダーダン王国から抜け出して、その水晶球の元へ辿り着こうと決めていた。水晶球の元へたどり着き、水晶球の力を借り元の世界に戻る。わたしこと、ウオズミマドカを元の世界に戻してってことをね。わたしの魔法力を駆使すれば水晶球まで辿り着くことができる。それは可能だと思っていた。でも――』
姫は腕輪に目を落とした。
『これよ、この腕輪のおかげでその計画は、実現できなくなってしまった、この腕輪には!――――』
ウオズミさんが叫んだ。
『この腕輪にはわたしが唱える魔法の効果を打ち消す術がほどこされてるのよ! それをおこなったのはわたしの父、リデス!』
ぼくは体を後ろに反らした。ウオズミさんの言葉の迫力にのけ反ったのだ。
『あんの親父、わたしが魔法を使って、あんたや、この国に危害を加えぬようこの腕輪を利用してわたしに禁忌の術をほどこしやがったのよ! あんのやろぉ、わたしの嫁入り道具にこんなふざけたもん加えやがってぇ!』
言葉が汚い。鼻息が荒い。目が血走っている。
それでもやはり姫は美しい。美しいが、怖い。怖すぎる。
『もう、終わりよ。希望が無くなった。絶望しか残っていない。もうわたし、元の世界には還れない』
声を出して泣き出した。
姫は自分の太腿に両肘をつけて両手で顔を押しあててワオンワオンとむせび泣いた。
怒っていたと思ったら急に泣く。
やはりウオズミさんは、錯乱している。
どうしていいのかわからない。声をかけようにもなんて声をかける?
ただただ彼女の泣く姿を見つめるしかなかった。
『・・・・・・・・・・・・』
――抜け出す
うん?
――ふたりで逃げる
『そうだ、あるぞ、方法が・・・・・・』
ぼくは姫の肩を太い指で軽く小突いた。
姫は泣きっぱなし。
次は少し強く小突く。
『なによっ!』
姫は素早くこちらへ顔を上げて睨んできた。
『聞いて下さい、良い案が浮かんだんです』
『なに? なにが浮かんだの?』
『案です、計画です』
『無理よ。もうわたしたちはこのブダーダンで一生を過ごすのよぉ!』
ウオズミさん、いやこの場合、フルバブ姫の顔となるか、その姫の顔は涙と鼻水とよだれでビショビショだった。
ぼくは、その顔に向かって言った。
『ぼくの父、ペジャ王に願い出るんです、新婚旅行に行かせて下さいと』