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08 危険な初夜 その②

08 危険な初夜 その②


「き、きみも?――」


「そう、ぼくもこのゲムーリグの住人じゃあないんです。本来は、こんな巨体じゃあない。身長174センチ、体重56キロ。今とは似ても似つかない体型です」


 姫の右手からナイフが離れた。

 ナイフは床に落ち、なんとも心地よい金属音がした。

 ちなみにこのオーク王子の部屋は、外の廊下と違って石造りではなく白の総大理石で出来ている。


「そう? そうなの――」


 と、姫はヘナヘナとその場にへたり込んだ。


「ぼく、なにもしませんから心配しないで下さい」


 ぼくは姫の方へと近づいた。


「床、冷えるでしょ。ベッドに腰掛けて下さい」


 ぼくはできるだけ丁寧にゆっくり話しかけた。


「ははは、そうしたいけど、全身に力が入んなくて立ち上がることもできそうにない」


 弱々しく姫は言った。


「あの、抱き上げていいですか? 変なとこ触んないようにしますから」


「ぷっ」


 姫が吹き出した。


「えっ?」


「変なとこってどこ?」


「ああ、ええっとその、胸とかお尻とかです」


 姫が微笑んだ。


「お願いするわ、ジョブ王子」


 ぼくは、姫の首の後ろに腕を回し、もう片方の腕を彼女の膝の裏の関節に滑り入れ、ひょいと姫を抱きかかえると、ベッドまで連れて行き、ゆっくりとお尻の方から下ろしてあげた。


「ありがとう」


「い、いいえ」


 姫をベッドにおろしてからぼくは姫の前で立ち尽くした。

 部屋を照らす光は、ベッド脇にあるサイドテーブルに乗る三叉の燭台だけ。

 それは淡い光。 その淡い光が姫の横顔を照らしていた。


 ――本当に綺麗な顔立ちだ。


 ぼくは眼下にいる伏し目がちな姫の表情に釘付けだった。

 婚礼の時は、頭部が黒いレースですっぽりと覆われており、姫の容貌をうかがい知ることは難しかったが、今はその障壁がなく、姫の表情は丸見え。

 切れ長でくっきり二重の瞳。その瞳には長い睫毛がありリズム良く瞬いている。

 鼻筋は緩やかな弧を描き美しく通っており、ぷっくりしたピンクの唇は艶めかしく光っていた。髪の毛の色は、室内が薄暗いのでよくわからないが、真っ黒ではなさそうで、銀色ぽい光沢を放っている。それが、彼女の美しさに神秘性を帯びさせている。

 ぼくは姫に見とれていた。

 とそのとき、姫が不意にこちらを見上げた。


「ああ、ごめんなさい!」


「なに? なにかした?」


 片方の眉を吊り上げ姫は警戒心を表した。


「いいえ、なにもしていません。なんだろう。なんで謝ったんだろうぼく」


「おかしな人」


 警戒心を解き姫はクスクス笑った。


「あー、緊張が解けた。ふう――」


 一息吐くと姫はベッドのクッションを利用して跳ねるようにその場で立ち上がった。


「自己紹介するね。この世界ではフルバブって呼ばれているけど、わたしの本名はウオズミマドカ。コウコウ3年。フクイケン出身」


「フクイケン・・・・・・」


「そう。あのさぁ、今はわたしたちの他は誰もいないからオーク語やめてニホン語で喋ることにしない?」


『そうですね。っていきなり切り替えてみました』


『だね。ああ、ほんと、久しぶりに日本語で会話ができる』


 姫――ウオズミって言ってたか、彼女はとても嬉しそうだ。


『ぼくは、京都府出身の高校一年、長谷川保之っていいます。よろしくお願いします』


『京都? 福井の隣じゃん』


『ですね。都道府県的に言ったらもっとも近いですよね。でもその隣の県の人とこんな場違いなところで出逢うなんて・・・・・・』


『だよね。ほんと――』


 ウオズミさんがあらぬ方向に視線をかえた。彼女からは笑顔が消えていた。


『――でも! でも、この世界の人とは違う、「令和」で暮らす人と出逢えてよかった。本当によかった。よかったぁ』


 なにか姫が気落ちしたような印象を受けたので、ぼくはわざと声を張った。


『たしかによかった。わたし、あなた――ああ、いや、長谷川くんじゃなくてジョブ王子のことね。そのジョブ王子と結婚するって知って泣きまくった。泣きじゃくったのよ。父親にだって抵抗した。厭! オークのだれかと結婚するのなんて絶対いやだって。だってオーク族は、女――というより種族を別にして、メスだったらなんでも有りっていうぐらい生殖活動が好きで精力旺盛ってことはフルバブ姫の記憶で知っていたから。嫁ぐってことは当然、そういう行為ありきでしょ? わたし――わたし、その、まだそういう経験ないのよ。ないの。その、男性とそういうことするのがね。それなのに初体験がブタ男って! 本当の体は、フルバブだけど、迎え入れるのはわたしの意思だからね。だからブタのようなオークは、ないないない、仮に、とおおおっても優しいオークだってないない、あり得ない! オークとまぐわることはないんだって。でもわたしの父親からもダークエルフ族のために辛抱してくれってコンコンと言われてここまできた。とりあえず来た。あなたも知ってるでしょ? 今のダークエルフ族の状況を。エルフ族との戦いで押されてて、その状況打破のため、あんたたちオーク族にすがったってこと。そして、あんたたちオーク族の助力のおかげでわたしたちは持ちこたえた。あのままダークエルフ族だけの力で戦っていたらわたしたちはきっと滅亡していた――』


 ウオズミさんはそこでつばを飲み込んだ。


『――結果、わたしたちダークエルフ族は助かった。ブダーダン王国の助力のおかげで。その助力の見返りがわたし。フルバブ姫よ。自分で言うのもなんだけど、その肢体は美しく妖しげで、男――いいえ、オスなら垂涎で眺めてどうにかしたいと思うダークエルフの姫君。正に性の結晶がわたし。ブダーダン王国の次期国王ジョブ王子にわたしが輿入れすれば、ジョブ王子の性生活はマックスに満たされる。ジョブ王子は毎日毎晩姫を抱くでしょう。わたしは毎日毎晩、王子に蹂躙されるでしょう。しかもわたしが嫁ぐ意味はそれだけじゃない。オーク族とダークエルフ族が姻戚関係になれば、両国、いいえ、両家は、より強固な関係になり、他勢力に睨みをきかすことができる。というより、ダークエルフ族がバックにブダーダン王国という強力な勢力を得ることでわたしたちの方がこの結婚で得るものは大きいかもしれない――』


 またウオズミさんはつばを飲み込んだ。


『ごめん、この部屋、なにか飲むものない?』


 長いこと話したからか、ウオズミさんは喉が渇いたらしい。


『あります、そこに水が』


 ぼくはサイドテーブルに乗る水差しを人指さしでさした。

 これは、付き人のオージーが用意してくれ置いたものだ。

 ゆびさした直後、ぼくはサイドテーブルに近寄り、その傍らにあるガラスのグラスに水を注いだ。


『どうぞ』


 ぼくは、グラスをウオズミさんに差し出した。


『――』


 ウオズミさんはグラスをとることなく、それを見つめている。


『どうしました?』


 とぼくが尋ねたやい否や、


『指、ぶっと!!!』


 と、ウオズミさんは絶叫。


『指太いなぁ』


 ウオズミさんは絶叫のあと、しみじみぼくの指をみてからグラスを手にした。

 グラスを口にしそれを傾けると、喉を何回も動かし、ウオズミさんは水を胃へと流し込んだ。


『おかわり!』


 ウオズミさんはグラスを突き出す。

 ぼくは水を注ぎ足した。

 ウオズミさんはそれをも飲み干した。


『はぁー。ごめんね。こんだけ連続で話したの久しぶりだからすぐ喉が渇く。――ええっとなんの話してたっけ? ああ、この結婚で得るものが大きいのはダークエルフ族ってとこまで話してたよね?』


『確かそうでした』


『両家の政治の話はどおでもいいか。ともかく、ジョブ王子がきみでよかった。長谷川保之くん』


『ぼくもです。ぼくもフルバブ姫があなたでよかった』


 ウオズミさんはそこで顔を伏せた。

 ん? 肩が震えている。

 泣いているのか?


 ――ウオズミさんと声をかけようとしたときだった。


『でも長谷川くんと会えたからって、この世界から抜け出せるわけじゃねえー!!!』


 ウオズミさんは天井を向見上げ絶叫。

 肩どころじゃない、拳をギュッと握って全身が震えている。


『そうよ、出逢ったところでわたしたちなにもできない。お互いを慰め合うことしかできないぃぃぃ』


 ウオズミさんは少し喜怒哀楽がおかしくなっているのか?

 喜んだと思ったら悲しんだり、悲しんだと思ったら怒ったり、よほど精神が疲弊しているのだろうか。

 そういえば、ウオズミさんは、「結婚が決まってからずっと泣いていた」と言っていた。それはすなわち、ぼくなんかより長い時間このゲムーリグにいたということか?


『あの、ウオズミさんは、このゲムーリグでどれぐらいの時間過ごしているのですか?』


 訊いてみた。


『わたし? わたしは三ヶ月ぐらいこの世界で生活している。それがどうかしたの? その情報からこの世界から抜け出る名案でも生まれるわけ?』


 腕を組んでウオズミさんが言う。


『いえ、名案は浮かびません』


 はぁ言葉がきついなぁ。とげとげしいなぁ。

 折角同じ境遇の人が見つかったのに、なんか雰囲気悪いなぁ。あまり圧力のある言葉は聞きたくない。

 ぼくは自然と首こうべを垂れた。

 といっても、顎の肉が厚すぎて傍から見れば下をむいたことに気づかれていないことも考えられたが、とにかくぼくはしょんぼりした。


『――ああ、ごめん長谷川くん。本当にごめん。きみを追い込むようなこと言って。きみにあたっても仕方ないのにね』


 謝ってくれた。ぼくの察しにくい表情と仕草でぼくが落ち込んだことがわかったのかな、ウオズミさんは。


『きみに会えたことは本当に喜んでいるの。ほんとよ。でも現実に立ち返れば、やはり今わたしのいる場所はゲムーリグ。それを考えれば、頭がおかしくなりそう』


 かける言葉がない。

 ぼくはこの世界にやって来てまだ10時間も経っていない。

 それに比べ、ウオズミさんは三ヶ月ものあいだこの世界で生活していたのだ。

 そのかん、ホームシックにもなっただろうし、気心知れた人もおらず寂しい思いをしていたんだ、きっと。


『それでもわたしは、どうやったら令和の世に帰られるか三ヶ月の間考えた。で、一つの可能性を見つけたの』


『えっ!? あるんですかそんなことが』


『確かではないけど、あるわ』


 ぼくは細い目を見開き、生唾を飲んで、ウオズミ姫の次なる言葉を待った。


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