07 危険な初夜 その①
07 危険な初夜 その①
食事会が終了した。
その最後には、ぼくの父親が列席者全員に挨拶をして、そのあとぼくも挨拶させられた。
「――今日はありがとうございました」
それだけを言うのが精一杯。
ともかく食事会が終わった。
結婚式も。
ぼくは、モノキら三人の付き人と自室に戻り、彼らに室内着の着替えを手伝ってもらった。それが終わるとモノキらは退出。
婚礼時の服装は、上下共に締め付け部分が多く、今はそれから解放されてとても快適だった。それは服装だけでない。
さっきまでは、オークやダークエルフと対面し、気疲れしていたが、それからも解放。今は部屋にひとりっきり。
とりあえず大いに一息つける。
ベッドに腰を下ろし、まさしく深く息をはいた。
少し気分が落ち着いた。
と思ったのも束の間、部屋の扉にノックの音。
だれなんだとぼくはとりあえず「どうぞ」とオーク語で返事した。
扉があきノックをした人物が入室してきた。
「あ」
ダ、ダークエルフのお姫様!
ダークエルフの姫君が、女中らしき人に伴われぼくの部屋に入ってきた!
「え、え、え、え、え?」
ぼくは立ち上がりながら狼狽。
「姫は、今日から王子と寝起きをともにいたします」
女中はそう言った。
「えっ? でも、姫は、別の部屋で寝起きするんじゃあ・・・・・・」
確かにそうだった。
ぼくの側近、ソフマンが言ったことだ。
「――ぼっちゃまと姫は新たな城が完成するまで、この王城ヒンモモスで別の部屋で寝起きしていただきます」
ぼくの父親は、今いる城から少し離れた場所に、ぼくとフルバブ姫のために新たな城を建設してくれており、それができるまでは前述通り、ぼくと姫はこの王城で別々の部屋で寝起きすることになっていた。
なのになぜ? なぜ姫がこの部屋に?
「――すみません、ぼっちゃま」
姫と女中の後ろから声がした。
ソフマンだ。 ソフマンが彼らの背後からでっぷりした姿を現した。
「姫の父親であるリデスさまが、ぼっちゃまと姫様の寝起きする場所が別々というお話を耳にされ、それはおかしい、二人の交流を深めるためにも生活する場所は一緒にすべし、と申され、本日からそのようになることに相成りました」
ソフマンが姫の出現のいきさつを説明してくれた。
「で、でも・・・・・・」
ぼくはなぜかベッドに目をやった。
「ああ、寝床のことですか? それぐらいの大きさがあれば二人並んで寝ても大丈夫でしょう」
ぼくの視線を察したのか、ソフマンがそう言った。
「とにかくそう決まりましたので、よろしくお願いします」
そう言うとソフマンとダークエルフの女中はそそくさと部屋から出て行った。
部屋にはぼくとフルバブ姫が残された。あと、沈黙という名の空気さん。
フルバブ姫は扉付近に俯いて立ったまま微動だにしていない。
姫も、婚礼の時の衣装からはもちろん着替えており、今はフィット感のあるスカート状の黒いネグリジェようなものを着用していた。
手をお腹の前でぎゅっと組んでいる。
その手が震えている。
肩も同様震えている。
「あ、あの・・・・・・」
ぼくは一歩踏み出し声をかけた。
「近づかないでッ」
というオーク語と同時にフルバブ姫はこちらをキッと睨みつけた。
「こっちにこないで」
「え?」
ぼくは気が付いた。
どこに隠し持っていたのか、彼女の手にはいつの間にやらナイフらしき刃物が握られていた。それはどうやら食事会でぼくたちが使っていたナイフのようだ。
「近づいたらわたし、これで自分の喉を刺します」
「えー!」
姫が握るナイフの先は上を向いている。姫は自害を決意しているってことぉ!?
「まってまって、早まらないで! 近づかないから」
慌ててぼくはフルバブ姫を制止させようとする。
「ああ、な、なんでこんなことに・・・・・・」
姫の声は震えていた。
「なんでこんなことに・・・・・・。わたしはただ自分の願いを祈っただけなのに」
姫は静かに泣き出した。
「わたしは祈っただけ。冗談半分で星に祈っただけ。それが叶ってしまった。冗談半分で祈ったことが叶ってしまったの」
姫が何事かを語り出した。
「お姫様になりたいなぁって何気に星に祈っただけ。その祈った次の日目を覚ますとこのゲムーリグの世界にいたの。――いたんです!」
姫は叫んだ。
ん? 今このお姫様が喋っていることって・・・・・・。
「信じてもらえないかもしれませんが、わたしこの世界の住人ではないんです。三ヶ月前突然このゲムーリグにやってきてしまって、今はなぜかブタ、いやオークていうんですか、オークのあなたの花嫁。もう訳わかんないぃぃぃ」
ナイフを握りながらボロボロ泣き出すフルバブ姫。
ぼくはその姫の姿をまざまざと見ながら、姫同様震えていた。
「ひ、姫は、この世界の住人ではないのですか?」
恐る恐るきいてみた。
「そうよ! わたしはニホンって国のど田舎で生活していたただのジョシコウセイよ!」
――ジョシコウセイ――女子高生・・・・・・
なんてこの世界に似つかわしくない言葉なんだ。
でもぼくはその単語をきき確信した。
「――ニホンのどこですか?」
「へぇ?」
姫は素っ頓狂な声を出した。
と同時に、ナイフの穂先が斜めになった。
「あんたなんかに言ったってわかんない!」
姫の言葉が汚くなってきている。
「あんたに言ったってわかるわけ――」
「――例えばホッカイドウとか?」
姫の狼狽した表情が消えた。
「ニホンの田舎、ニホンの田舎と言えば・・・・・・シマネかな? シマネですか? それともトットリ?」
「なんで、なんで知ってるの?」
『ボクハニホンゴヲハナセマス』
前まで当たり前に使用していた言葉で語りかけた。
「それって――」
「ぼくもなんです」
ぼくは言葉をオーク語に戻した。
「ぼくも、この世界にやってきたただのダンシコウセイなんです」
姫の握っていたナイフが、だらんと床に向かって垂れた。