02 夢でしょ、これ
02:夢でしょ、これ
確かにそれはブタだった。
紛れもなくそれはブタ。
申しわけなさそうな小さな耳が顔面の両脇にちょこんと付いていて、しかしそんなものよりやはり目立つのが、鼻。湿り気のあるでっかいそれには、こちらにむかって穴がもれなく二つあいている。目は小ぶりでつぶら。見ようによっては可愛くもある。
ぼくは驚きがばっと上体を起こした。
「ぼっちゃま、どうなされたのですか? 扉の外でいつものようにお声掛けをさせてもらったのですが応答がなかったので王の指示を仰ぎ、入室させていただきました。今日のことを考え昨朝は、寝入りが悪うございましたか?」
ブタ顔が喋っている。しかもこのブタ二本足で起立しているではないか。さすがは夢だ。しかし今日の夢はかなりリアル。
「さっそくではございますが、今日のスケジュールをお知らせします。このあと、鐘八つから起床直後の食事。鐘九つにてご婚礼準備、鐘十より両家の親族の対面及び挨拶。鐘十一ご婚礼開始、無鐘ご婚礼終了。鐘一つから婚礼のお祝いパーティーとなっております」
目の前のブタはぼくに対して喋っている。どうやらこの夢でぼくはぼっちゃまなのだろう。
「さあ時間が迫っております。急いで準備に取りかかりましょう」
そう言うとブタは、手を叩いた。
その音が合図なのだろう、扉の外からブタがぞろぞろ三人(三ブタ)ほど二本足で歩いて入ってきた。ぼくはベッドの傍らにあったスリッパを履き、その三人に伴われ部屋から出た。
部屋を出ると左右に伸びる長い廊下があり、ブタ三人は右へと歩いていく。ぼくも彼らに付いてその廊下を歩く。廊下の壁は石造りで、ぼくから見て左側の石壁には定間隔で火の付いた松明が掲げられている。またその松明と松明の間には四角い穴が一つずつあいており、そこから外の様子が確認できる。ぼくはその一つで立ち止まり外の様子を見てみた。そこから見える風景はずばり夜景。ぼくが今いる位置は高所のようで、眼下にはいくつもの光が点在している。
(夜?)
おかしいな、一番初めに見たブタは、「起床のお時間です」って言っていたぞ。起きる時間なのにまだ外は暗い。今の時間は早朝にもなっていない時間なのか?
まぁこれは夢だから気にすることないか。
「――王子、お急ぎください」
前にいる三ブタのうちの一人がぼくに声をかける。
「はいはい」
ぼくは三人に続く。
それにしても妙だ。
この夢、やけにリアリティがあり過ぎる。
さっき夜景を見たときも顔に風が当たっていると感じたし、今も歩けばスリッパから石床の固い感触が伝わってくる。
あれこれ考えているうちにぼくたちは螺旋階段にたどり着いた。
その階段をブタ三人は一列になり下りていく。
下りていくにつれ湿度が高くなっていっているようで、それもそのはず、螺旋階段の最終地点はお風呂場だった。まさにそこは旅館などにある岩風呂で、ぼくはそこで三人のブタに丹念にタオルで体をぬぐわれ洗われた。ぼくはそこで気が付いた。ぼくはその夢の中では関取のようなでっぷりとした体になっており、その体を三人のブタはゴシゴシお湯をタオルにつけてはこするのだ。手を上げて下さいと言われれば手を上げて脇をタオルでこすってもらう。ブタさんたちはぼくの股間まで洗おうとする。さすがにいくら夢でもぼくはそこは自分で洗うと抵抗した。ブタさんたちはしつこくそれはダメです、と洗おうとする。でもぼくも激しく抵抗する。さすがにブタさんたちは諦めてくれた。
体を洗い終えぼくは湯気が立つ岩風呂の湯船に浸かろうとするとブタさんたちは、時間がないので今はご遠慮ください、と言ってくる。
仕方なく、湯船は諦めるぼく。
脱衣所でブタさんたちは三人がかりで濡れたぼくの体をタオルで拭いてくれる。
今回は股間も拭いてもらった。子供時代を思い出す。昔は父親か母親にお風呂に入れば体を洗ってもらい、体を拭いてもらってパジャマを着させてもらっていた。それが今では弟たちにぼくがそれをしている。
やはり誰かに面倒を見てもらうって楽だし気持ちいい。
はっとそこでぼくは気がついた。
今日寝る前に、王子さまになりたいと名も知らない星に願ったことを。
それが今、夢の中で叶っているのだ。なぜかまわりの人はブタ面だが・・・・・・。
「王子、こちらにお座りください。髪型を整えます」
そう言われたぼくは、ブタさんが誘導する椅子に向かった。
椅子に座ると前には鏡。
鏡は曇っておらず、はっきりと向かいあうあるものを映し出していた。
鏡には、ブタ面が2。
ぼくの背後に立つブタと椅子に座るブタ。
「ひぎゃあー!!!」
思わず悲鳴を上げてしまった!
自分の顔がブタに変化していることに、夢とはいえ精神的にダメージがあった。
(?)
ここでクエッション。
いつも悪夢や厭な夢を見たときには、それから逃れるため自動的に目が覚めていたはず。
でも目が覚めていない。
今ぼくは特大の悲鳴を上げた。
今まで夢で上げたことのない悲鳴をあげた。
なのに目が覚めない。
「どうなされました、王子?」
うしろのブタが尋ねてくる。
が、ぼくはそれを無視。
ぼくは前のめりになって鏡に近づく。
「まさか・・・・・・」
ぼくはブタ面を触る。まずほっぺた。柔らかいが、表面はなんだかザラザラしていてそれが手のひらに伝わってくる。
「感じている・・・・・・」
どういうことだ、これは?
これは一体どういうことだ?
脱衣所に漂う湯気の湿り具合も、鼻や皮膚で感じることができるし、ほっぺのザラザラ感も分かりすぎるぐらいに指先や手のひらに伝わってくる。
「これは現実・・・・・・」
目の前にいるブタは自分。現実にぼくがブタになっているんだ。
ぼくはそこで意識をなくした。