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失礼

作者: かものはし

 男は泣いていた。南向きのカーテンの隙間から漏れる光は、部屋の隅で小さくうごめく一角を呑気に照らしている。

「こいつはもうダメだ。」

「終い支度は早い方がいい。」

「仏は死んで日が浅い。今ならまだ原状回復も可能だろう。」

 肩を震わせ泣きじゃくる男を気にもせず、無表情の操り人形が小さく呟きながら部屋の中を歩き回る。

「おっと失礼、これは仏の所持品ではなかったな。」

「証書、貴金属の類はないらしい。これは幸運な仏だ。」

「こいつは匂いが染み付きすぎている。布類と冷蔵庫の中身は綺麗にしておけよ。」

 季節感のチグハグな服や、メモが書かれた小さな紙きれ、日用品など、生活を構成する道具が大きなポリ袋の中に投げ込まれていく。その中には男の映る写真や、高価な酒の空瓶なども散見された。

「しかし、最近の死というものは甚だ面倒臭いな。物質が消えても存在が消えないんだ。時間が止まるだけならまだしも、自分も知らぬ自分が生きていたり、自分の影が観測されたりしているからな。」

「とりあえず、今は物質が先だ。目に見えるものは必ず消える。そら、壁や床にまで死の臭いが染み付いてみろ、これはしつこいぞ。」

 人形の独り言は次第に減り、処分するものを品定めする手も慎重になっていった。

「どうせ死んだのだから、全てまとめて捨てるわけにはいかんのかね。」

「それができれば苦労しないさ。人は記憶を忘れることで生きていけるが、物質を全て消して生きることはできないだろう。この部屋にあるものは全てが記憶を持っている。だから厄介なのさ。」

「最も、こういうのは真っ先に捨てるべきだろうがね。」

人形は部屋の陰に隠されていた封の切られていない避妊具の箱を摘むと、嘲笑しながらポリ袋へ放り込んだ。

 人形が部屋の荷物を片付けているうちに、すっかり男の涙腺は空っぽになり、横隔膜が静かに痙攣を繰り返すのみになっていた。体力も残り少なになり、男はいよいよ死に場所を定め、ベッドの上で膝を抱えて小さく座り込んで動かなくなってしまった。

「これはご立派な即身仏ですこと。」

「自分のために自分を殺す、そういう生き方に賛同はしかねるがね。」

 男の部屋が真っ暗になる頃には、おしゃべりな人形はいつの間にか消えていた。数時間前まで男だったモノは、ベッドの上でただ静かにその体を冷やすのみである。


ありがとうH氏。

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