頭を下げてね!ヴィルヘルムくん!
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昔、小説を読んでいて「頭を抱える」という言葉はどういった時に使うものなのだろうと考えたことがある。
朝寝坊してしまったことを理解したあの瞬間か。
それとも27点の算数のテストを返され、母親の鬼の形相を思い浮かべた時か。
なんともしょうもないことばかりだが、その節々の瞬間は確かに頭を抱えたのである。
しかしながらそういった類のものは大抵の原因は自分にあって、解決策は頭のどこかでは既に分かっていることが多い。
だから幸運にも次取るべき行動は分かっていたし、真の意味で「頭を抱える」という状況には遭遇したことがなかった。
この目の前のイケメンに、がっしりと両手を掴まれて愛の言葉を叫ばれるまでは。
「カンザキ好きだ!!!」
「お、おう……」
「好きだカンザキ!!!」
もちろんなぜこうなったのかは理解している。
この箱庭の主がセイレーネスの想い人である海の声の可能性があるのだから、誘き出すためにカップルのふりをして愛を示し合うというのは必要なことだ。
「驚くと口が半開きになるところも、意外と豪快に肉にかぶりつくところも実はターキーガールという通り名に心底恥ずかしがっているところも好きだ!!!大好きだ!!」
でもね、そこまでやる必要はないと思うんだよヴィルヘルムくん。
慣れてないからどう返したらいいか分からない。
しかも彼は彼で完全に内なる役者魂にスイッチが入ってしまったようで先程からこの調子が一向に止まらない。
素晴らしい演技力だ、本当に告白されているような感覚になってきてちょっと恥ずかしい。
こんな状況を知られたら、全世界の女子たちに正々堂々背後から滅多刺しされそう。
「え、えっとね…その…」
「あぁ恥じらうその姿もなんて可憐なんだ!俺はこんなに幸せでいいのか!?その宝石のような瞳で見つめてられては……いやような、ではなくもはや宝石なのか…!?あぁそうか!!そういうことなんだろうカンザキ!!」
「うん違うね。これはね、ただの眼球だよ。」
本当にどういうことだよ。
諸々どういうことだよ。
白熱しすぎてズレてきてるよ。
戸惑いのせいで若干忘れていたが、これは愛を示し合うというのが大切だということ。
ヴィルヘルムくんがこのテンションで突っ走るとなると、私も付随して同じように彼に愛を囁かなければならないのだ。
ハードル高すぎて死にそう。
「あとは魔法生物を見ると嬉しそうに、花開くように微笑みを浮かべるのもたまらない!是非とも写真に収めておきた」
「あのねヴィルヘルムくん。」
「す、すまない!」
あまりにも勢いが収まらない様子に少し語尾を強めると、彼は反省したように両手を勢いよく離して後退する。
その落ち込みようは、犬であれば耳をペタッと下げているのが分かるほど分かりやすい。
緊張しすぎて怒っているように見えてしまったのだろうか?
クロとよく似ている瞳でそんなに悲しい顔をしないでほしい。
一度大きく深呼吸をして決意を固め、慎重に距離を詰めて震える手を伸ばして彼の頭を撫でる。
(あ、あれ?この触り心地、本当にクロに似てる。)
そのことが私に勇気と落ち着きを与え、びっくりしたように私を見つめるヴィルヘルムくんの頑張りを無駄にしてはいけないと囁いてくる。
私も何か言わなくては、愛を示さなければ。
目をぎゅっと閉じて、今まで読んできた少女漫画を脳内で凄まじいスピードでめくりそこから言葉を拝借する。
「こ、これ以上可愛いこと言うならその口塞いじゃうからね!」
「はう!?」
やっちまったよ、これ男性パートの台詞だった。
しかもこれは母の愛読書である十数年前の少女漫画「ダーリンはご機嫌ななめ」第6巻で見たもので………かなり古い。
「カンザキ……」
はいなんでしょう。ごめんなさい。
そんな思いで恐る恐る目を開けると、顔を真っ赤にしたヴィルヘルムくんが絞り出すように言葉を紡ぐ。
「その…頭を撫でられながらそんなことを言われると、ほ、本当に塞ぎたく…なる……というか…ちょっと威力が……つまり…」
「つまり?」
「効果は抜群で心臓が破裂しそうだ…」
なんてこった、効果は抜群だったのか。
しかもなんだろう…幻覚なのかすごい勢いで左右に揺れる尻尾が見える。
意味が分からないので一度リセットしようと目を閉じると焦ったようにヴィルヘルムくんは続ける。
「待ってくれ!!それは良くない!!め、目は閉じないでくれ頼む!!」
「え?」
「い、いや、な、なかなか自制が…その…」
さっきまで怒涛の勢いで喋っていたのに、本当に困ったように眉を寄せてしまったイケメンは今まで見たことのないくらい真剣な表情で呟いた。
「あぁ、ダメだ。好きだ。」
「う、」
「カンザキ、好きだ。好きなんだ。」
もしかして本当に私のこと好きなの?
と思ってしまうくらい繰り返されて頬が熱い。
一度冷静になろうと視線を逸らすと、視界に飛び込んできた光景に心臓が凍る。
「こっちを見て、カンザキ。」
無理。
ジッと見つめてくる巨大な黄色い瞳。
その瞳孔が私を認識したように縦に裂けたのを見て、ようやくそれがなにかの生き物であることをようやく理解した。
「なぁカンザキ。」
だから無理。
低く響き渡る重低音が鼓膜を揺らすと、荒波の中から全貌が見えないくらい長く太い巨体が姿を表す。
赤い渦巻き模様が刻まれた肉体はうねり、鱗はその度にキラキラと光輝く。
それだけならばよかったのに大きく口を開いてこちらに近づき、数千本の牙を間近で確認したところで限界を迎えた。
「カンザ、」
「プット、ユア…………
ヘッダウンプリィィイイイイズ!!!!」
「ギャインッ!?」
速攻でヴィルヘルムくんの頭をベンチに叩きつけ、急いで彼に覆い被さり瞳を閉じた。
次回、ようやくボス戦らしき内容に入ります。