これが人生の岐路ですよ!ヴィルヘルムくん!
入学して1ヶ月が経過しました。
お父さん、お母さん、カズマ。
元気に暮らしてますか。
私ですか?
私はそろそろ死ぬかもしれません。
見事に友達作りに失敗した私は、絶賛ボッチ学園生活を満喫している。
この言語が不自由な地でボッチになると何が起こるか。言語能力がほぼほぼ上達せず、授業に多大な影響を及ぼすのだ。
例えば現在進行形の魔法詠唱。
クラスメイト全員の前で詠唱しなければならないから、とんだ公開処刑である。
淡い銀色の長髪をなびかせて、眼鏡をかけた秘書系(私の勝手な想像)ボンキュッボンのエルフ先生が私の頬をペチペチと叩きながら指導してくれる。
「ノーノー!カンザキサン!ココVaですネ!セイ!発音カモン!」
「う、ゔぁ?」
「ノーノー!Vaですネ!」
「ヴァ!」
「もっと思いっきりが必要ですネ!Oh!ソウデース!ワタシがカンザキサンの頬をプレスしておきますカラ、ワンモアセイカモン!」
もう散々だった。
魔法演習を行えば一人だけ魔法陣が発動せず、体育では凄まじい勢いで箒から投げ出される。
あれ、私魔法使いの素質あるんだよね?
何度学園長に抗議しに行こうと思ったことか。
不幸中の幸いと言えるのはあのヴィルヘルムくんとクラスが離れて、さらに私のクラスメイトが劣等生イジメのようなそういったことをしない大人な同級生だったこと。
ヴィルヘルムくんがいるところ歓声と鼻血ありという(私が作った)標語の通り、まわりに注意を払っていれば遭遇することはまずない。それに万が一目の前を通ったとしてもヴィルヘルムくんファンクラブのお嬢様たちに押しのけられ、それどころではなくなるだろう。
だからヴィルヘルムくんと関わらないという目標は案外簡単に達成できそうである。
そして最近、東の国からやってきた劣等生の私にも唯一と言えるべき楽しみな授業ができた。
「ふぉっふぉっ。では始めるかのぉ。」
大半の人間が眠ってしまう、魔法生物学のアダム先生の授業だ。
この先生は話すのがゆっくりで言葉が聞き取りやすく理解できるし、魔法生物の生態を勉強するのは心が躍る。
この学校の門番としても働いている忠誠心の塊のホワイトドラゴン、いろいろなポーションを基となる液を分泌するナメクジスライム。
東の国ではなかなか見ることが出来ない未知なる生物を、アダム先生の実体験と共に聞けるなんて楽しくないわけがない。
友達もおらず一人黙々と図書室に篭っては、魔法生物の図鑑を読み漁るのがこの1ヶ月間の日課であった。
その結果、魔法生物の教科書だけはやたらにボロボロである。
ああ、新しいの欲しい。
今日の魔法生物学もあっという間に時間が過ぎてしまい、いつも通り一人でお昼を食べようと支度していると目の前にアダム先生が近寄ってきた。
「ふぉっふぉっ。カンザキさんや、いつも授業を真面目に受けて偉いのぉ。」
「あ、あの、その、魔法生物に興味がありまして…。」
「そう言ってくれるのが何よりじゃ。どうじゃ?ワシと一緒にお昼でも?」
「は、はい!!よ、喜んで!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魔法生物学室の中でアダム先生と談笑しながらお昼を食べる。
この1ヶ月でこんなにもお喋りをしたのは久しぶりだが、それよりも2年生にならないと入ることが出来ない魔法生物学室に入れたことが私にとって最高に楽しかった。
気づけばどもることなく、先生とお話し出来るほど打ち解けていた。
「先生、この子はなんですか?」
「ナメクジスライムの親戚でのぉ、ヤンキースライムじゃ。ほれ目元にサングラスをかけてるようじゃろう?気性が荒く扱いにくいのが特徴的じゃ。ワシも若い頃に唾をかけられた思い出があるわい。」
「うわぁワルですね。さすがヤンキー。」
「でもその唾には治癒効果があっての、それでワシの怪我は治ったんじゃ。」
「まさかのツンデレ!」
そんな和やかな雰囲気の中、アダム先生は思い出したように話を切り出した。
「そういえば、カンザキサンはどういった魔法系統が得意なんじゃ?」
「得意といいますか唯一といいますか、空気清浄機…じゃなかった。変換系魔法ですかね?」
「ほぉ!変換系魔法か。すごいのぉ。」
「いえいえ、肩凝り治したりとかそんなものですよ。それ以外はからきしダメです。卒業するまでに何かしら出来るようにはなりたいんですけど、まだ言語に自信がなくて…」
「何を言ってるんじゃ。カンザキさんはこんなにもワシとお話しが出来ておるじゃないか。自信を持ちなさい。」
この先生イケメン。好き。
私はアダム先生の優しさに救われて思わず涙ぐむ。そうですよね先生、私頑張ればできる子なはずですよね。
そんな私の視線に肯定するように一度頷くと、アダム先生は言葉を続けた。
「それにその変換系魔法は魔法生物学にとってはとても重要な魔法なんじゃ。彼らの体内魔力量を調節して健康を保つようにするには、この魔法が不可欠じゃからな。きっと魔法生物学者に向いておるぞ。おお、そうじゃ。せっかくならこの学園の裏庭に行ってみたらどうじゃ?」
「裏庭?裏庭なんてあるんですか?」
「うむ。魔法生物をたくさん飼育しているエリアなんじゃが、残念ながら獣臭くて生徒たちはあまり近寄らん。匂いさえ我慢できるならあそこは最高じゃ。」
「行きます!行きます!」
そんな天国があるなんて知らなかった。
匂いなんて獣臭がするのは当たり前だし、図鑑で見た魔法生物を実際に見れるのであれば安いものである。
「早速今日の放課後に行ってみます。」
「ふぉっふぉっふぉっ。行ったら感想を聞かせておくれ。」
「もちろんですアダム先生!」
「あ、肉食魔法生物には近づいてはならんぞ?あれらは凶暴じゃからな。」
なんていい先生なの。好き。
まだ見ぬ魔法生物たちに想いを馳せながらおにぎりに齧り付く私はまだ知らなかった。
この日この瞬間が、私にとっての人生の岐路であったことを。