通訳してよ!ヴィルヘルムくん!
いつもありがとうございます!
ここまでが書き溜めていた分となります。
果たしてセイレーネスに何があったのか…
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セイレーネスがまだまだ幼かった頃、彼女はセイレーンとして致命的に歌が下手だったそうだ。
「キュウキュウキュー…」
誰に聴かせても笑い者にされて、人前で練習が出来なくなってしまった。
こんなことでは運命の相手にアピールすることすらできやしない。
「キュウ………」
自分が情けなくて悲しくて、続きを歌うをやめて下を向くと、海から優しい声が聞こえてきたのだという。
『おや、可愛い水の子。せっかくの歌をやめてしまうのかい?』
「キュッ!?」
姿は見えないが目の前に広がる海のように低く深い声。
驚きのあまり海に落ちてしまうと、大きな波が優しく彼女を岸へと戻した。
「キュッ、キュッ!」
『驚かせてしまったかな。それでも途中で聴けなくなってしまうのはあまりにも残念でね。是非続きを聴かせてはくれないか?』
「キュウウ。」
『仲間に馬鹿にされるのかい?おやおや、そんなにも美しいというのに…なんと贅沢なんだろうね。』
「キュッ!?キュウウウウ!」
『揶揄ってなどいないさ。私は数百年この地を住処としているが、こんなに純粋な想いが込められた歌声を聴いたことがないよ。』
「キュ…」
『君の伴侶となる者は幸せ者だね。』
「…キューーーッ!」
その言葉に心を奪われたセイレーンは毎日海岸に通い、海の声に歌を歌い続けた。
仲間に馬鹿にされようと、人間に見つかって追い返されようと。
幾年もセイレーンは、変わらず海の声に向けて歌を歌い続けた。
『やぁ可愛い水の子。また私にその歌声を聴かせてくれるのかい?』
「キュウキュウ!」
『嬉しいよ。こんなにも幸せな日々を過ごせているのは君のおかげだ。ありがとう。』
「ッキュウ!」
セイレーンも幸せだった。
海の声が喜んでくれるのがなによりも幸せだった。
それなのに。
『私の愛しの水の子。もうここに来てはいけないよ。』
「……キュ?」
『大厄災の穢れがここまで広がって来ている。どう猛な魔物も活発となってくるだろう。幼きセイレーンは彼らにとっては格好の獲物でしかない。』
「キュ、キュキュ…キュウウウ!」
『分かっておくれ。私の力では抑え込むのも限界に近い。だからどうか、どうか、ここから離れた地で幸せになるんだよ。』
「キュウウウ!キュウウ、ウウ…」
『…さようなら私の愛し子。出来れば君の歌声を、永遠に聴いていたかった。』
それから海の声はセイレーンの歌声に答えてくれなくなった。
どんなに頑張って歌っても、声を枯らすほど歌っても、海の声は答えてくれなかった。
そして大厄災の呪いが海を渡ってこの地へとやって来た時にセイレーンは出会った。
セイレーンたちを導く、大妖精セイレーネスの存在に。
彼女の歌はどう猛化した魔物を浄化させ、傷ついた仲間を癒した。
彼女の力強いハープの音色は、仲間たちの希望となった。
そして彼女は絶望の中でも自身の伴侶と共にあり、護り通した。
そんな彼女を間近で見て、セイレーンは決意する。
セイレーネスになれば、海の声を助けられるかもしれない。
セイレーネスになれば、海の声と共にいられるかもしれない。
命からがら荒れ狂う大海原を超え、ボロボロになりながらも不思議な音色が鳴り響く音階の泉で身を清めた。
日々海の声を想って、ひたすらに歌い続けた。
そして年月をかけて、彼女は美しきセイレーネスへと進化した。
荒れ狂う大海原ももはや脅威ではない。
大厄災の呪いも、勇敢なる魔女によって封印されたと耳にした。
これで海の声はセイレーネスの歌声に答えてくれる。
共に幸せになれる
はずだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「キュウキュウ…キュキュ…」
「それでも海の声が答えてくれない…とはな。」
「グスッ…」
私とワイパーくんは涙と鼻水を堪えるのを諦めた。
なんて、なんて一途な恋なんだろう。
せっかくセイレーネスに進化したのに、想い続けた相手に会えないなんておかしいじゃないか。
「キュウキュウ…」
セイレーネスがポロリとまた真珠のような涙をこぼすと、怒ったようにヴィルヘルムくんが低く呟く。
「海の声がお前のことを忘れてしまったと、本当に思っているのか。」
「キュ…?」
手を強く握りしめたヴィルヘルムくんに驚いていると、彼は真剣な表情でセイレーネスに言葉をかける。
「奴は共に居て幸せだと、そう言ったのだろう。そしてお前の幸せを願い、姿を消すような馬鹿な真似をしてまでお前を護ろうとしたのだろう。そんな奴の想いを否定するつもりか。」
「ッキュウウウ!」
「なら探せ。そして見つけたら、全力でハープで殴れ。」
「キュ!?」
「な、殴るのかよ…」
「当たり前だ。加減するなよ、ボコボコにしろ。そして見くびるなと伝えてやれ。セイレーネスに進化するほど、お前への想いが強いことを分からせてやるんだ。……もう2度と、他の奴と幸せになれなんて言わせないようにな。」
ヴィルヘルムくんの言葉はどこまでもまっすぐで、セイレーネスの想いが届くことを祈っていることがよく分かった。
恐らく……ヴィルヘルムくんも恋をしているのだろう。
(なんだか、ヴィルヘルムくんが人気な理由が分かった気がする。)
私も涙を拭い、口元を噛み締めているセイレーネスの頭を撫でて言葉を続けた。
「一緒に探そうセイレーネス。大丈夫、海の声は貴方を待ってるよ。」
「ッキュウウウウ!!」
泣きながらも力強く頷いたセイレーネスは、今まで出会ったどんな生き物よりも美しかった。