入学だよ!ヴィルヘルムくん!
「新入生諸君!魔法学園へようこそ!!」
華やかに彩られた校門。
響き渡る歓迎の言葉に合わせて、門番であるドラゴンが炎を空に向かって吐き散らしている。
その光景に思わず口を開けて呆けていると、シャボン玉のような水泡がフワフワと宙に浮いて歓迎するかのように弾ける。
………私の目の前で。
「きゃああ!!」
「ちょっとアンタ大丈夫か!?」
はっはっは。
これが大丈夫に見えたら君の目は節穴だ。
だがそんなことを言うほどの度胸も語彙力もない私は、曖昧に笑うことしかできなかった。
どうもはじめまして。
ここからはるか遠くの東の国からやってきました、ナギサ・カンザキでございます。
ドッロドロのネットネトになった髪を梳かしながら恐る恐るあたりを見回してみると、ほとんど全員が私を見て半笑いである。
場違いに馬鹿でかいリュックを背負い、色とりどりの髪色に囲まれた中一際目立つ黒髪。
この国に降り立った時は、自分のあまりの田舎者っぷりに涙が出た。
そんな私がなんでこんな異国の地にいるのか。
全てはこの学園の校長である、カプラ・ウィッチのサイン入り入学書が家に届いたことが原因である。
確かに私には生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力があり、初めて使った時はびっくりしてひっくり返ったのは記憶に新しい。
だが炎魔法だったり、光魔法だったりだとかそんな派手なものではなく…。
「あーなんか身体が怠い…。ちょっとナギサ、いつものお願いね。」
「はーい。」
身体の魔力の流れをスムーズにさせる魔法、いわゆる変換系魔法である。
使い方によっては負のオーラを生のオーラに変換させるという便利な魔法らしいが、お生憎様私は肩こりなどの血流を良くする程度でしか使ったことがないのでそんな実感はまるでない。
というか私以外魔法を使えない家族内では
「え、空気清浄機みたいだねそれ。ウケる。」
と言われる始末である。辛い。
だから普通に一般人として暮らしていくんだと思っていたのに。
「ねぇちゃんねぇちゃん!生きてる!?」
「なにカズマ。生存確認してくる暇があるならお皿下げてよ。」
「なんかすごい高そうな手紙が来てるよ!」
「えー誰から?」
「言葉が違くて読めない!でもなんかカッケェ!」
「異国からの手紙?」
島国である東の国に異国からの手紙が来ることはとても珍しい。
洗剤まみれの手で封を切り手紙を取り出してみれば、ホログラムのようにウサギのぬいぐるみを持った少女の映像が浮かび上がった。
「はぁーい!若き魔法使いの卵ちゃん!伝説の魔法使い兼学園長のカプラ・ウィッチと申しまぁーす!この度はナギサ・カンザキさんが魔法学園入学の資格が認められましたのでお手紙にてお知らせさせていただきましたぁ!どんどんぱふぱふ!魔法使いとしての名門に通えるなんて超最高ですよぉ!おめでとうございますぅ!ということで、すぐこの国にいらしてくださいねぇ!入学式は2週間後ですのでぇ!あ、拒否権はないからね。じゃあねぇ!」
しばらくの沈黙。
私の手は小刻みに震えていた。
それは感動とかそういった類ではなく。
(何言ってるかサッパリわかんなかった。)
ただ早口で並べられた異国の言葉に頭がフリーズして、肝心の内容が何一つ入ってこなかったことによる恐怖である。
もう一度見ようにもただ馬鹿でかくカプラ・ウィッチとサインが書かれた紙切れと化した。
ま、まぁ気にすることはないだろう。
そう思いゴミ箱へとその紙を持っていこうとすると、カズマに強く腕を握られる。
「魔法学園入学なんてスッゲェじゃん!あの空気清浄機みたいな魔法でも魔法使いとして認められるんだな!父ちゃんと母ちゃんにも言わないと!!友達にも自慢してくる!」
「私としてはその内容を聞き取れたカズマがすごいと思う。あと私は魔法学園なんていくつもりないから!」
「は?無理だよねぇちゃん。拒否権ないってさ。断ったらすっごい魔法使いがねぇちゃんをしばきにくるって(多分)。」
そんな弟の通訳に戦慄して、2週間で異国語教室に通い単語帳を握り締めながらここにいる。
ええそうです。
小心者なんですよ私は。
「みなさぁーん!魔法学園にようこそぉ!学園長のカプラ・ウィッチでぇす!」
気づけば青のグラデーションの髪をツインテールに結んだ少女が入学式の挨拶をしていた。
カプラ・ウィッチ。
ああ見えてかなり長い年数を生きているようで、魔法業界では伝説の魔法使いと呼ばれているようだ。
そのため彼女のサイン入り入学書はかなりの値打ちものらしい。
なにかあったときのために担保として大切に保管しておこうと思う。
「まぁ、私の話はこれくらいにしてぇ!新入生代表に抱負を述べてもらおうかなぁ!じゃあ代表、ヴィルヘルム・サリマンくん!お願いねぇ!」
ヴィルヘルム・サリマン。
その名前に会場全体が騒がしくなる。
どこからかトランペットのような音楽が鳴り響き、ある席にスポットライトが当てられ、颯爽とレッドカーペットが引かれた。
どこから出したのかはこの際置いておこう。
その場に1人の青年が立ち上がると、今度は女子の黄色い声援が会場に響き渡る。
すみません、なにも理解できないんですが。
拍手喝采の中長い脚で壇上に登り、全校生徒の方へ向き直る。
ああ、なるほど。確かに美形だ。
しかし、何回か咳払いした彼が放ったのはたった一言にして最悪な言葉だった。
「俺の邪魔をしないよう隅っこで生きろよ猿ども。」
「「「きゃあああああああ!!ヴィルヘルム様素敵ぃいいいいいい!!」」」
おい新入生代表、それは抱負じゃなくて警告。
前後左右女子生徒が鼻血を吹き出して倒れ、男子生徒も恍惚とした表情でヴィルヘルム・サリマンという青年を見つめている。
これは分かる、ヤバいやつだ。
「あ、あの……」
「…なんだ?」
思わずとなりに座っていたモブっぽい男子生徒に話しかけると、ヴィルヘルム・サリマンを見ながら気の抜けた返事をしてくる。
「彼って…?」
「ああ…1000年に1度の天才魔法使いと謳われるヴィルヘルム・サリマンだ。俺も実際には初めて見たが、彼の魔法使いとしての才能はピカイチで校長のカプラ・ウィッチ以上の素質を備えているという噂だぜ。ちなみに彼は天才故に変人、逆らったらとんでもねぇことになるってさ。それでもあのカリスマ性じゃなにも言えねぇよな。」
「うん、分かりやすい説明をありがとうね……。」
彼の代わりに私がこの3年間の抱負を述べるとするならば。
あの天才魔法使いであるヴィルヘルム・サリマンくんに近づかず、できれば空気清浄機的変換魔法以外の魔法も習得して目立たず故郷に帰ることにしよう。
レッドカーペットを悠々と歩き席に戻る彼を見て、私は固く決意した。