冬木と柊 7
早朝の空気は色が薄くて鳥の声が貫き通る気がする。陽の光も温度も遮られない。
私の気持ちとは裏腹に。
今日の私は朝から消化不良気味。マーマレードをぬった八枚切りの薄いトーストが半分も食べられなかった。
……ううん。違う、そうじゃない。
昨日の昼休みからずっと、心が消化しきれないモノでぐちゃぐちゃなだけ。
「ほんと意味わかんない…」
「どしたの、めぐちゃん。クマが隠れてないし、顔ひきつってるよ?不細工だよ?コンシーラーいる?」
そんなの私だってわかってる。朝からテンション下げさせる友人を睨む気力もない。
「それもこれもあのわけわかんない女のせいよ…ああ、もう!」
「え。なになに、修羅場?修羅場なの?泥棒猫と雌豚?牡丹と薔薇ごっこ?昼ドラみたいな青春だねっ!」
……どこからつっこめばいいか分からない。
辛うじて溜息をこぼす。
「美玖は平和でいいよね…」
「そだね、美玖はラブあーんどピースだよっ。今朝も加賀君の生足が最高だったもん」
「美玖。加賀君ひくからやめてあげて、それ」
「大丈夫ー。美玖は、加賀君のムキムキ下半身だけじゃなくて、胸きゅんベビーフェイスも愛してるからっ!でもでも、サッカー中は足の筋肉がフル稼働なんだよー!フェンス越しでもんもん集中プレイだよー!」
どんなプレイ…や、違うっ!そうじゃなくっ!……朝一番の会話がコレでいいわけ?
何より、加賀君は彼女がコレでいいんだろうか。正直、生真面目そうな彼に決断させた理由がまったく理解できないんだけど…。
意外に、特殊型変化球な美玖言動がストライクゾーンど真ん中だったのかも。美玖の友人としては喜んであげたいけど、加賀君のクラスメイトとしてはひくなぁ。
「要するに、美玖は彼が青春してる姿がかっこよかったんだよね。それなら分かる」
脳裏にある人物が浮かんだ。
初めて彼を見かけたのは、たまたま訪れた高校生同士の剣道紅白試合。
両者互角の白熱した試合だった。お互いに相手の先を奪ろうと、秒単位の激闘とインターバルを繰り返す。針より鋭い緊張感。胴を切り払おうとした白を、紅は横に構えて抜き胴を防ぎ、面を狙った。
すごいのは、白がそれに気づいて攻撃に転じたこと。両者面狙いの勝負になった。
想像するだけで戦慄する零コンマ何秒の戦い。それを制した白の剣士こそ、柊一先輩だった。
耳に残る、試合が終った時の大歓声。どちらもすごかった。けれど、戦慄の勝者が観客席のすぐ下にやってきて、傍の集団(同級生の人たちだったんだと思う)に向けて笑った時、大歓声は意識から消えた。
子どものような無邪気さと純粋な満足感をのせた満面の笑み。
しかもその後、ニヤリと笑って勝ち誇っていたのに、からかい混じりの褒め殺しにあってそっぽを向いた。その照れくさそうな拗ねたような顔が、たまらなくおかしかった。可愛かった。かっこよかった。会場にいる間、ずっと彼を見ていた。
かっこいいって理由だけで人を好きになれるって分かった。意識する、気になるなんて段階は試合中に終了してた。
でも。
追いかけるように同じ高校、男女の別はあっても同じ剣道部に入って、どうにか言葉を交わせるようになって。
一人だけ、柊先輩を変な名前で呼ぶ女生徒がいることを知ってしまった。
―――私から心の平穏を奪って、消化不良にしてくれた元凶の人である。