冬木と柊 6
「なんでこんなに性格歪んじゃったんだろうな、昔は三センチくらい真っ直ぐなとこがあったはず…」
戯言である。
少なくとも、傍にいついて消えない幼馴染の悪影響によって曲げられた部分は三センチではきかない。
過ぎたことをいつまでも嘆くイチを無感動にスルーしていたら、功刀女史にピンヒールでつつかれた。踏まれなかったので悪意はない、多分。
「なんでしょうか」
「冬木、柊のいうことにも一理ある。顔は攻撃対象から外してやれ」
「げ、功刀サンが教師みたいな台詞を……槍か?槍が降るのか?」
「脳の働いてないガキは冗談まで見苦しいな」
全くだ、降ってくるのは核弾頭に決まっている。
司書教諭にフォローされて蒼褪めた顔を、それより鮮やかなコバルトブルーの爪が強烈にひっぱる。
「いいか、冬木。これでも写真部に一枚平均二百五十円で売れた顔だ、傷物にするのはまだ惜しい。市場が最大になるのは卒業シーズンだからな。それまでは救いようのない馬鹿と同級生で死にたくなっても金的を蹴ってこらえるくらいの努力はしろ」
「わかりました」
「待て待て待て。なんで『それもそうだな』って顔して頷いてんの、そっちの方が人としてありえねぇから!てか、人の寝顔ばらまいたの功刀サンだったのかよ!」
いわれてみればそんなこともあった。
今年度の四月、新入生の部活見学期間に合わせて写真部が大々的に行った作品展示に、何故かイチの写真が数多加わっていたのである。肖像権の侵害だと叫ぶ一名はさておき、面白がったイチの友人たちによって展示は連日大盛況、表題作に貴重な寝顔写真を使った写真部制作有料パンフレットは飛ぶように売れたそうだ。
―――と、他人事のように話す私だが、実は一枚かんでいる。
二年の文化祭の後、図書室でだらける幼馴染があまりに隙だらけだったので、内輪の撮影係として押しつけられていたカメラを活躍させた所、回収した功刀女史が見事に売りさばいたのである。当時は、あんなものが金になるなんてと驚愕しただけだったが、イチのこの様子では、写真を撮ったのが私であることは黙っておくべきだろう。
「柊。貴様、骨になるまで食われている事に気づかないタイプだな。お先真っ暗だぞ」
「……慰謝料請求していいすか、俺」
それは困る。
「イチ、相手は功刀さんよ。世界平和のための募金活動だったと思って諦めなさい」
本音をいえば独裁者の軍資金援助ぽいが、いわない方が美しい事実というやつだ。
「くっ…!」
「さっさと帰れ、ガキども」
功刀女史は、うなだれるイチを鼻で笑ってカウンターへ歩き去った。髪は一筋も乱れないのに白衣だけがさっとたなびく。残るのは甘すぎず、強すぎないラストノート。
退場する姿まで映画のように出来すぎな人である。なんで司書なのに白衣着用なのか誰もつっこめないくらい。
「無駄にカッコイイわよね、功刀さん。でも敵はおろか味方にもしたくないと思うのは何故かしら」
「助けてくれないどころか、邪魔になったらこっちが消される援軍なんて俺はいらない」
なるほど、それはもう味方じゃないな。
「ところで、ユキ」
「なに?」
「俺の写真でいくら稼いだ?」
「馬鹿馬鹿しい。相手を間違っているとしかいえないわね」
さらりとかわした私を無視してイチは腕を組んだ。珍しく眉間にしわができる。
「おっかしいと思ってたんだよ、俺の寝てるとこなんかそうそう見つかるはずねえし。おまえが撮ったんだろ、あー?」
必要以上に語調を上げて詰め寄ってきた。漫画の見すぎだ。
「成功報酬で何買った。大通りのケーキセットか?新町のクレープか?駅前のカスタード焼きか?」
「まさか」
女史がらみの成功報酬がそんなに安いわけがない。幼馴染の寝顔代で食べた本町のイタリアンは大変美味だった。
心の中で合掌しつつ知らん顔をしたが、依然、タレ目は恨みがましい。
「あー、クソ。なんか腹減ってきた。ユキ、クレープ食うぞ、クレープ。蕎麦ツナ卵」
「そんなにお腹すいてるなら男同士でマックでも行けば?」
篠崎とか前田とか山城とか。探せばそこらへんに落ちているだろう。例の写真事件で有名になったイチの交友関係は異様な広さだ。転んでもタダで起きない男である。
「いや。すでにあいつらとは肉まん二十個を奪い合った後だ。篠崎のバカが六個もとっていきやがったから三個しか食えなかった」
あんたらの胃は小宇宙か。
「やめなさい。イチが夕飯残すことになったらおじさんに悪い」
「じゃ、一個だけ買ってユキにわけっから。半分だして」
嫌だ。
何が悲しくて問答無用で七割食いやがる相手と割勘しなきゃならないんだ。
しかし、傍にいるのは三日散歩してない大型犬がおねだりモードに入ったような、きわめて鬱陶しい幼馴染一匹。
「なぁなぁ、いこーぜ、ユキー」
「っ、重っ!背中に乗るな…!潰れる!」
「だよなー。ユキ160ねぇもん、かわいそー」
こいつ、マジで日本海に流すか。
「でもさー、功刀女史の陰謀でほぼ全校生徒に顔知られてる俺って、もっとかわいそうだろ?心の傷の代わりに胃袋を癒すってことで、クレープおごって?」
「……」
そうきたか、このヤロウ。
私は、こんな面倒な犬を飼った覚えはないし、餌を与える義務もない。が、後ろ暗い所があるのを本能で察知されている分、立場は弱い。何より、このままだと本気で潰れる。
「――分かった。それで手を打ちましょう」
「おっし!やっぱ、持つべきものは話の分かる幼馴染だな」
あっという間に上体を引き起こすと、いそいそ人の荷物を片付け始めるイチ。鞄を持ってきてくれたことに感謝する気にもならない。
くそ、もう少し交渉してコンビニ前のプリンシェイクで誤魔化すつもりだったのに、タレ目犬め…。
この日は、タレ目の駄犬にしてやられた怒りを噛みしめながらの帰路だった。
何しろ、お隣さんちの駄犬なので帰り道がどこまでも一緒。
胃に穴が開いた時の慰謝料請求先だけは決まっている。