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冬木と柊  作者: 志木
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冬木と柊 4

 この男を明朗快活なんていった馬鹿は誰だ。

 陰険で無神経な性格を、明るく朗らかな態度で中和しているだけじゃないか。

 私が否定を口にするのは、否定を許す材料があるときだけだと知ってるくせにこうして構う。

 無意味な否定は見苦しい。少なくとも、私は自分自身に対してそう判断する。すげなく肯定すればいいのだ、本当なら。何事もない顔で開き直る方がよっぽど私らしい。

 でも、こんなふうに何もかも見透かされる態勢では、かえって素直になれない。

 私が口を曲げると目の前の顔が笑みを深くする。この厄介さを解ってもらえるだろうか。このツラの前で格好つけるには難易度が高すぎる。

「………あんたみたいにしつこい幼馴染よりは遥かにマシ」

 吐き捨てるように答えるとイチは心底楽しげに笑った。前髪をかきあげる仕草で、サイズの違う手が私の額をするりと撫でる。

 ついでに眉間のしわまでなぞっていきやがった。殴りたい。

「笑顔で幼馴染をいじる男は性根が腐りはてていると思うわ」

「いやいや、ユキは普段さりげなく周りをいじめるサドっこだろ?たまにはいじめられて弱者の気持ちを体感させておこうと、俺は心を鬼にしているわけですよ」

「余計に神経逆なでてるのがわかんないほどバカなの?」

 額に置かれた手をつかんで、心の赴くまま爪を立てた。

「痛っ!おまえ、また爪伸びたのかよ?!せっかく俺が切りそろえたのに!」

 伸びなくなったら問題だろうが。

 小さく鼻を鳴らして、手の甲でイチの頬を優しく撫でてやった。

「話をそらさないでね、柊君?」

 その過程で、柔らかい皮膚を引き裂くのに丁度いい長さの爪が押し当てられるのは当然である。

「や、ほら、だってさ、おまえの好みわかりやすすぎてからかいがいが…ちょ、ユキさん!爪がすげー的確に頚動脈にあたってるんですけどっ!」

「黙れ、バカイチ」

 本気であせった顔に、1ミリリットルだけ溜飲が下がった。

 イチに指摘されるまでもない。私の気に入る人間はワンパターンだ。

 同じクラスの宮元みやもと 朱里あかりは、気が弱くて優柔不断で周囲に振り回されれる草食動物。でも、人に優しくすることが呼吸と同じようにできる天然記念物。

 男子でいうならおき 幸助こうすけ。思った通りに行動してしまう単純バカ。でも、他人と同じくらい自分も裏切らない、鋼みたいな人種。

「ユキが気に入る奴は芯があってかっこいいよな。行動理念は自分の中にあるってタイプ。で、おまえの予想をキレイに裏切ってくれるとツボだろ?さっきの川名みたいに」

「イチ、本気で煩い」

 ネチネチ本当のことばかりつつくな、明るく無神経な粘着陰険男。

 川名愛実はよくこんなのを好きになれたと思う。マゾヒストには見えなかったから、私とは目のつけ所が違うのだろう。

 ―――あの時。

 私は、彼女が嘘をつくのを待っていた。都合のいい状況をお膳立てされたら、ささやかな欲に負けるのが普通だと知っているから。

 十人の中の九人は万引きなどできないかもしれないが、十人の中の九人は嘘をつくことができる。

 大きな欲望とは罪を意識して戦える。ささやかな欲望にこそ、人は弱い。

 それが批難されるほど悪いことだとは思わない。どちらかといえば惰弱で人間らしい話だと思う。だからこそ、それを基盤にして即興の台本を用意し演出した。

 ただし。欲に負けてなめらかに嘘をついたら、私の在学期間中は二度と図書室に近づきたくないような経験をさせてあげるつもりで。

 居心地の良い図書室は、私にとって第二の住処すみか。縄張りはクリーンにしておくに限る。(図書室の主である功刀女史が、私の行動を他の生徒より大幅に黙認しているのは、私の存在が便利だからに違いない。)

 逆に、彼女がただ正直に答えるだけの人間なら、適当にあしらって終わりにしていたと思う。

 思い出すのは、あの目。

 嘘をつこうとした自分を恥じながら、嘘をつくことをやめた少女。彼女の良心と意志の強さが磨き上げたプライドは本物だ。

 正直者が己のさがに従ってただ正直に答えることと、嘘の利に心惹かれながらも正直であろうとすることは、全然意味が違う。


 だから、彼女の“正直さ”に強く惹かれた。

 川名愛実という人物と接点を無くすことを惜しんだ。


 それだけの話。




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