冬木と柊 12
「柊先輩にふられました」
「…………はあ?」
一日経った川名愛実は別人になっていた。
昨日までは存在したはずの可愛げと躊躇をそっくり廃品回収に出してしまったらしく、開口一番の台詞があれである。
思わず、我ながら凡庸の極みといった反応をしてしまった。
それも仕方ない。ホームドラマでドジっ子メイドが「ケーキにいれる砂糖をうっかり青酸カリと間違えちゃいました、えへ」っと告白したくらいの急展開だ。寝起きにこんなことをいわれてまともに対応できたら、人としてどうかと思う。ていうか、それじゃドジっ子じゃなくてただの殺人犯だ。正直、今、自分の思考回路が不安になってきた。
「ちょっと待ってもらえる、川名さん。―――あなた、いつここにきたの?」
「……私が着いてすぐ、冬木さんの目が覚めたみたいですけど」
「つまり、図書室に来る前にイチ…、柊君にあったの?」
くそ、いい間違えた。頭がまだ寝てる。
腕と顔の間にはさんで枕代わりにしていたマフラーを折りたたみ、つとめて冷静な顔を保つ。寝起きの顔なんてろくなもんじゃない。せいぜい取り繕わなければ、こっちがやってられない。
川名愛実の方は、早速細い眉を跳ねあげた。
「いい直さなくて結構ですよ、ユキ先輩」
さすがイチの後輩、初々しさが急速に減少している。そんなところまで先達に倣わなくてもいいのに。
イチに告白できた辺り、彼女は思った以上に大物かもしれない。ああ見えて、告白タイムを逃げ出す名人だ。的確に無神経な言葉を操り、強力な笑顔を押しつけ、忙しいから告白お断りと書いた看板を背負って歩く男なのである。気を抜いていたか、川名嬢が予想以上の猪突猛進型だったか。
……まあ、ある意味とても鈍そうだが、私の描く型にはまらない人間だという事を忘れたイチが、油断しきっている所に不意打ちをくらったというのが最も間抜けでヤツらしい。
しかも、『ユキ先輩』とはね。
あのバカ、どこまで話したのか知らないが、この情報料は必ず払わせてやる。
「イチとどのくらい話したの?」
「いっぱいです」
川名愛実は、今まで見た中でもとっておきの笑顔を贈りつけてきた。
マフィアは殺す相手にプレゼントをしてくれるらしいが、これもその類に違いない。
ん?プレゼント?
……あンの性格破綻ヤロウ、わざわざ厄介事に仕立てあげてから置いていったな…?
「―――ふふ。冬の日本海は、さぞいい眺めでしょうねェ」
唇を弧にしたままでそっとつぶやくと、川名さんは複雑な顔をしながらすすっと半歩分後退した。
「あの、冬の海に人を流すのは犯罪に近いと思いますけど…」
あれ。何故ばれたのだろう。私の顔には「もう、イチったらマジ抹殺したい☆」なんて書かれていないはずだが。
「イチが何かいっていたのかしら」
「…………いえ、なんとなく、冬木先輩の顔を見ていたら急に閃きました」
それはそれでムカつくんだけどね、川名さん?
胸の内は目線に留め、肩をすくめて終わりにする。天然に文句をつけても虚しいだけだ。
「今だけノーコメントにしておくわ。座ったら?時間も限られてることだし」
隣の席を爪先でコツコツならすと、川名愛実は、受け入れがたい様子で口を尖らせた。
「寝ていた人がそれをいうんですか?」
おやおや。自分で地雷を踏みにきたようだ。
視線ですくいあげるように見上げ、鷹揚さに、高慢と誘惑を織り込んだ。
「失礼。あなたがこんなに早く来るのは予想外だったの。でも、あなたの証言によれば、『着いてすぐに起きた』のよね?それとも、私の知らない空白の時間を待たせたのかしら、ねえ、川名さん?」
「……いいえ」
川名嬢は顔をひきつらせたが、きちんと首を振った。
バカだな。ここは素直に怒るべきなのに。
怒りを押し隠す背景の存在を、こうもあっさり悟らせてしまう辺り、彼女はまだまだ詰めが甘い。
もとより答えは明白。イチは後でしばき倒すとして、ここは彼女との時間を楽しむことにしよう。
「私から誘ったことだし、こっちでリードさせてもらうわよ。川名さん、昨日私に持ち込んだ問いの解答を、まだ必要としている?」
「柊先輩とあなたの関係に、まだ興味があるかってことですか?」
幼い表情が一気に険しくなる。
反対に、私はのんびりと、誰かさんを偽造したような笑顔を見せつけた。
「そう。イチにふられた後でも、まだ気になるかしら、ってこと」