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冬木と柊  作者: 志木
11/13

冬木と柊 11

「うちで飼えないから外で構ってるんだけどさ、本当にかわいくねぇの。昔よりは懐いたと思って油断してたら威嚇されるわ、攻撃されるわ、機嫌損ねたみたいで触らせてくれないわ。猫の分際で何様かと思うだろ?」

「…ええと」

 何故だろう。理由が想像できるような想像したくないような。

 視線を遠くに流しながら答を模索していると、不満げだった先輩の顔が、ふっと笑みに崩れ、彼曰く、外猫の頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「でも、ふらっと図書室ここのぞいたらちゃーんといるんだもんな。たまり場の猫みたいだろ。今なんか、油断しきって小さくなって寝てやがんの。すげーかわいくね?」

「………」

 キラキラ後光が差すような笑顔で聞かれたけど、私は、正直それどころじゃなかった。

 ―――よ、読めない。ノロケっぽいけど、猫としてなのか人としてなのかが、ものすっごく微妙…。

 よく考えれば、先輩はこういう人だった。さっきの不安定さが嘘みたいに、すっかりいつも笑顔の柊先輩だ。手強い。

「次に飼う猫はユキ二号にすっかなー。でも、こいつ心狭いから絶縁されそう。それも面倒くせぇし…」

 柊先輩の言葉と視線の先をつなげて、首を捻った。

 ひょっとして、せつじゃなかったの?

 柊先輩にそう聞くわけにはいかないので、遠まわしに探ってみた。

「…あの、ユキって、その人の名前ですか?」

「あー。こいつね、冬木雪っていうんだけど、下、ゆきって書いてセツなんだ。俺の名前、苗字と続けて柊一しゅういちって読めるだろ」

「読めますけど」

 柊先輩は抑え気味に溜息をついた。

「小中一緒のヤツらはそれに目ェつけてシュウイチって呼んでんだけどさ、約一名『シュウイチなんて立派過ぎるからイチで』とかぬかした失礼な奴がいたわけ」

 隣の「猫」か。

「俺もガキだったから、すぐ対抗して『おまえだって冬木ふゆき ゆきだろ、ユキユキじゃねーか!』っていってたのが、面倒になってユキ。しかも腐れ縁で高校まで一緒だろ。もう、戻すタイミングがないんだよな、お互いに。18にもなってしょーもねェ話だろ?」

 口ではそんなことをいうけれど、目じりの下がった双眸は、流れた時間を懐かしむように「猫」を愛でる。

 ―――肺が、熱く焼けるようだ。

「……だからって、猫にも『ユキ』ですか?」

 胸が苦しくなって、内部が焼け爛れる。呼吸を失う前に、笑って聞いた。


「メグミじゃ、駄目ですか」


 告白するつもりなんてなかった。

 相手は三年生だ。いなくなってしまう人だからこそ打ち明けたいと思う人もいるだろう。

 でも、今が人生の節目のひとつで、そこで頑張ってる人に負担になる可能性を投げかけるより、後輩としての距離を保って応援していたかった。

 だから、この季節まで何もしなかった。渡り廊下で、冬木雪をかまう柊先輩を見るまでは。

 冬木雪は、ありありとした仏頂面でメロンパンをくわえている格好で、その傍ら、柊先輩は、やっぱり楽しそうな笑顔で彼女の頭を撫でていた。

 知られたくないけど知りたい。理不尽な欲求で冬木雪を知った。

 でも今は、気づいて欲しい気持ちが、気づいて欲しくない気持ちより、小さじ一杯分多い。

 柊先輩は、斜めに腰掛けた体をそのままに、顔だけ私の方を向いた。

 少し私を見つめて、にっこり笑う。

「面白いこというよな、川名は。せっかくだけど遠慮しとく。ミケ三代続けといてメグミじゃまずいだろ」

「………残念、それじゃ仕方ありませんね」

 いつも通りの会話だった。

 それでも、これは失恋だった。

 先輩の笑顔が、今まで見た中で一番優しいものだったから。

 どうしようかなこの空気、そう思った瞬間、都合のいいことに、「猫」が身じろぎした。

 びくっとした柊先輩が、彼女の肩にかかっていたセーターをつかんで、じりじり後退する。

「……川名、俺と話した内容はこいつにいうなよ。じゃないと、俺、日本海に流されるらしいから」

「は?」

 何故、日本海。

 というか、この時期に流されたら心臓止まるんじゃ。

「先輩命令だからな!」

 足音と声を殺しながら早足になる先輩に、慌てて追いつく。

「待ってください」

 奇しくも昨日の私と冬木雪と同じ構図になった。図書室の出口で振り返った不思議そうな顔に、何をいおうか逡巡して、ひとつだけ聞きたかったことをぶつけた。

「ユキさんと、どんな関係なんですか?」

 このタイミングなら許されるだろうという、女らしい計算で訊ねた言葉に、柊先輩は無邪気そのものの笑顔で返した。

「それはあいつに聞いといて。少なくとも、フツーの友達じゃねぇよ」



 寝てたあなたの自業自得ということで、八つ当たりしてもいいですか、ユキ先輩。




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