第8話 「新米従業員カルディアの1日」前編
人間界に潜り込み、魔王軍再起を図るために潜伏するはずが、あくどい商人に貴重な装備品を買い叩かれ、冒険者ギルドに登録するも、狡猾な依頼主と酒場の主に足元を見られ、はした金で依頼をこなす羽目となり、最初に受け取った路銀もすぐに使い果たし、場末の冒険者酒場でピンハネされ受け取った僅かな路銀も街道沿いの宿場でスリに遭い、ヴァイスハイトに会いに行ったときには無一文だった
元魔王軍四魔将のカルディアは、レベッカと主君であるヴァイスハイトの好意により「竜の遠吠え亭」で住み込みで働くことになった、契約では月末に賃金が支払われることになっていた為、当面の生活費として銀貨二十枚が支給された、此処での食費は一食当たり銅貨四~五枚なので、宿と朝昼の食事が無料で提供されているカルディアにとっては、無駄遣いさえしなければ充分に月末まで生活できる、制服も支給されているので新品の制服に着替えてカルディアは仕事場である一階の酒場へ向かっていった
「おはようございます! 今日からお世話になります」とやや緊張しながら挨拶をするカルディア
「おはよう、よく眠れたかい?」カウンター越しにヴァイスハイトはカルディアに声を掛ける
「主ど……じゃなくて! ヴァイスハイト殿……はい、久しぶりに普通のベッドで寝れましたので」
「え……まさか、ここに来るまでひょっとして」
「はい、路銀はスリに全部盗られてしまったので、馬小屋などに寝泊まりしておりました」
そう言って照れ笑いをするカルディア
「いやいや、照れ笑いするような話じゃないだろう……」
と、そこにレベッカが声を掛ける
「おはよう、カルディア、いやーやっぱりダークエルフはスタイルが良いから、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んで……うーん制服も似合うねえ~これでエール酒3杯はいけるんじゃないの?」
そういってカルディアの姿を舐めるように見ながらニヤニヤと笑うレベッカ
酔っぱらいのセクハラオヤジか? お前は……そう言いそうになって堪えたヴァイスハイトもマジマジとカルディアの姿を見た、エルフ族特有の長身に似合う紺色のドレスにフリルの付いた白いエプロン、艶のある長い黒髪は束ねてポニーテールにしていたが、これでキャップを被ればどこから観ても褐色のメイドだろう、ん? メイド服? そんなもん家にあったのか……
「さてと、店を開ける迄にまだ時間があるから、挨拶と接客を教えるよ、まあ直ぐには難しいだろうけど二週間もすれば慣れるから、ボチボチやっていこうじゃないか、面倒なことはあたしとヴァイスハイトが引き受けるからさ」と言いながら笑うレベッカ
「はい! よろしくお願いいたします!」カルディアはそう言って一礼した
こうしてカルディアの訓練が始まった、が、今日は開店前に挨拶の練習だけすると、レベッカはカルディアに厨房で食器洗いをするように指示をした、なんでもレベッカが言うには
「きちんと注文を受けて接客できるようになるまで、最低でも三か月はかかるからね」だそうだ
カルディアの言葉遣いは問題ないようだが、接客は素人の為、一から教える必要があるらしい
「そんなもんかね」俺はそう言うと
「そういうもんなの、まあ、アンタの場合は特別だけどね」と言いながら、凄まじいスピードでテキパキと接客をこなすレベッカ
――ガッシャン! 突然厨房のほうで何かが割れる音がした
俺が厨房の洗い場に向かうと、床に割れた皿、そして目の前には今にも泣きそうなカルディアが居た
「……申し訳ございません! あの! 割れたお皿は弁償いたしますから!」そう言いながら何度も頭を下げるカルディア、そんなことはしなくて良い……そう言おうとしたら、
いつの間にかレベッカがカルディアの前にいた、――いつの間に来たんだ?
「カルディア、ケガはないかい?」レベッカはそう言ってカルディアの手を取る、幸いケガは無いようだ
「あ、はい、お皿を洗っていた時にうっかり手を滑らせてしまって……申し訳ありません」そう言って床の皿の破片を拾おうとするが、それをレベッカが止めた
「ああ、そんなことはしなくていいから、あと、お皿の代金は今回は良いよ、コイツに払わせるから」そう言って俺を指さし、カルディアに微笑んだ
「ええっ!? 俺が?」そう言うと、すかさずレベッカが
「アンタ、こいつの上司だろ? 部下の責任は上司がとる、当たり前じゃないか」
「それを言うなら、お前も今はカルディアの雇用主だろう?」と返すも
「あたしはあたしで責任を取るさ、今後お皿の代金はあたしの自費で肩代わりする、まあ二度とお皿を割らないようにアドバイスをするけどね」とかわされた、ぐぬぬ……
「……フン、俺がそんな狭量だと思うか? 見くびるなよレベッカ? 良いだろう、今後カルディアが店で出した損害は俺がすべて引き受けようじゃないか」そう言った瞬間
「それは本当かい? いやー悪いねえ! じゃ、そう言う事だから、カルディアも安心しな!」と満面の笑みで答えるレベッカ
――し、しまった! まんまとレベッカに乗せられた! 後悔したが時すでに遅し……
「ありがとうございます、我が主の寛大な心に感謝いたします」というカルディアの言葉に、俺はあらがう事を放棄した
俺は床の皿の破片を片付けると、調理作業を再開した、レベッカはカルディアに
「お皿を洗うときは、慣れないうちは水を張った洗い桶の近くで行うと、うっかり落としても割ることは少ないから」
とアドバイスをして接客に戻っていった、カルディアもようやく落ち着いたらしく、作業を再開した――
そうして、昼過ぎになってようやく客の混雑が解消され始めた頃、カウンターで飲んでいた一人の客が最近の事件について話し始めた
「そういえば、知っているかい? また異世界人が詐欺を働いて、衛兵に捕らえられたって……」
近年、異世界の住人が何らかの形でこの世界に転移してくる事が頻発しているのだが、それとほぼ同時期に、衛兵に捕縛されることが多いのだ、ギルドからも捕縛の依頼が度々来るので、俺もよく覚えていた
「で? 今度は何で捕まったんだ? 」俺が客にそう聞くと、客は愉快そうに笑いながら教えてくれた
「それがな、また『リバーシ』で捕まったんだってよ!」
「はあ? またか? コレで十人目だぞ!? ワザとじゃないのか? それ」そう言うと客は
「いやーそれがさ、手口まで計ったように同じなんだよ、奴ら大抵大きな町に来ると名のある商人に
『良い儲け話がある、見本も持ってきた』って言って誘って、で、その商人がじゃあ売り物を見たいって言ったら
『その前に当面の資金が欲しい、とりあえず金貨百枚でどうだ?』って言うんだ、大抵の商人は怪しんでその話は仕舞いになるんだが、たまに欲の皮が突っ張った奴が引っかかって金を渡すんだと、そしたらその異世界人はさも珍しい宝のようにリバーシを見せるんだってさ、
まあ、商人も馬鹿じゃないから、予め傭兵やら街の衛兵に通報するらしいから、その場で捕らえられるんだがな」
そう言うと客はエールの追加を注文してきたので、俺は樽からジョッキに注ぎながら
「そりゃあ、何とも間抜けな話だな」と返す、
リバーシという遊具はもう二百年も前にある異世界人によってこの世界にもたらされた古典的な二人用のゲームである、
かくいう俺もそのリバーシを広めた異世界人と会ったことがある、名は何といったかな……確かハセガワとか言ったな……もっともそいつはリバーシはもともと別の名で発明したとか言っていたな……確か、オシロだかオスロだかそんなような名だったな……? それにしても妙な話だ、すっかり庶民にまで定着したリバーシを転移したばかりとはいえ、一度も見ないとは思えないのだが……
「なあ、そいつらリバーシを見なかったのか? 今や一般の庶民の家にすら置いてある代物だぞ?」
俺は素直に疑問を客にぶつけてみた、すると客は言った
「なんでもその異世界転移者は一様に思い込みが激しいらしい、周りにリバーシが有るのが見えているはずなのに、全く気付かないんだってさ」
……なんだそりゃ? あ、そう言えばアンドウも異世界人だが、その手の話は一切しないな、どういう事だろう?
「ああ、そう言えば『独立愚連隊のシグマ』のアンドウは知っているか?」
「ああ、知っているさ、あいつも異世界人なんだろ? でも捕まった連中より歳いってるよな」
「そう言えばそうだな、奴なら何か知っているかもしれんな、今度聞いてみるか……」
まあ、あいつは割と冷静に状況を把握するからな、気づいていた可能性は高いかな……
「さてと、それじゃあ、ちょっと仲間のところ行ってくるわ、じゃあな」そう言って客は飲み代の銅貨を十枚置いて店を出て行った
そう言えばこの世界の大半の王国では詐欺は重罪で、身分に関係なく処刑もしくは一生檻の中へブチこまれるのだが、その件の異世界転移者は皆一様に『俺は神様から特別な力を与えられたんだ! こんな事をして後で後悔しても遅いからな!』と判で押したように皆同じことを言って処刑されていったらしい、その後、魔術師ギルドが連中の遺体、もしくは牢屋の中に居るやつを調べるのだが、奴らが言うほどの魔力も特別なスキルとやらも無く、見た目も普通の人間なんだそうだ
ヴァイスハイトは壁に掛けてある時計を見る、時刻は夕刻に差し掛かろうとしていた
カルディアは一通り後片付けを済ませると、ヴァイスハイトが作ったまかない料理で食事を取り、夜に備えた
その後もカルディアはそつなく働き、一日の作業は終了した、レベッカは売り上げを清算してヴァイスハイトは翌日の料理の仕込みに取り掛かる、カルディアは二人に挨拶をして二階の自室に割り当てられた部屋に戻っていった
カルディアは部屋に戻ると私服に着替え、ベッドに入る、フカフカのベッドに横たわりながら
「あ~……固くない寝床、これがこれから毎日……う~ん、幸せ~」
そう言ってカルディアは眠りについた




