第25話 「空白の理由」
ライアスやアンドウがメイ・アンガー王国を旅立ってから、1週間が過ぎたある日の深夜「竜の遠吠え亭」の店内最奥の部屋に置いてある通信機から受信を知らせるアラーム音が鳴る。
「こんな時間になんだい? ライアスからはこの間、連絡があったばかりだし……まさか、アンドウ? 」
レベッカ達が店を閉め、さて一息つこうか……という矢先の事だった為もしやアンドウの身に何かが起こったのか? とヴァイスハイトが慌てて手に取ると、受信機から聞き慣れた声が聞こえた
「あー……もしもし? 俺だ、ブラッドだが、あーその、何だ……渡された通信機の、テストのついでに連絡を入れたんだが、そっちはどうだ? 」
それは盛大な宴会の後に連絡が途絶えたブラッドからの歯切れの悪い口調の通信だった……ブラッドの声を聞いてレベッカはすぐさま酒場の奥に置いてある通信機に向かいヴァイスハイトから通信機をひったくるように取り上げると、深く息を吸い込み……
「ブラッド! こっちに一切挨拶もしないで黙って出発ってのは、どういう了見だい!? こっちはアンドウが抜けたシグマの連中に、アンタが紹介したジークっていうのを補充要員として加えるように手続きやトレーニング用の依頼を紹介と施設の手配とかいろいろアンタに報告しておきたかったのよ! ……アンタの事だからそう簡単にはくたばらないのは分かっているけど、1週間も音沙汰無しとはどういう事よ⁉ 」
と店内に響き渡るほどの大声で怒鳴るレベッカ、因みに前述したとおり店を閉める直前なので時間的にはド深夜である。
レベッカが大きく息を吸い込んだタイミングで事態を察知したヴァイスハイトが、とっさに魔法の【静寂の防壁】を展開して外部に漏れないようにしたが、さすがにヴァイスハイトも小声で
「お、おいレベッカ、気持ちは分かるが声の大きさを考えろ、近所迷惑になるだろ…… 」
と説得するが、レベッカは意を介さない、それよりも怒りの方が大きいのか
「良いんだよ! 大体ねえ、ここの酒場は年中やかましいんだよ?、確かに2,3階は宿泊部屋だが、上の階には音が伝わらない造りになっているし、偶にあたしが怒鳴ったところで衛兵隊の連中も注意なんかしてこないさ、そんな事より…… 」
とレベッカはヴァイスハイトに捲し立てると、一呼吸おいて再び通信機に話しかける
「訊いてるかい? さっきの声で耳がヤラレていなけりゃ返事をしな! 後は、こんな時間まで連絡が遅れた理由も聞きたいねえ」
というレベッカにヴァイスハイトは呆れる
「お前……出発前のライアスから一応事情を聞いているのに、本人に改めてそれを聞くのか? 」
と言ったが、レベッカは無視して続ける
「さあ、話してもらおうかね……それとも、本当に姿を現さないまま出発するつもりかい? 近くにいるんだろ? 隠れていないで、潔く出て来な」
その言葉にヴァイスハイトは【気配探知】の魔法を使用して辺りを探ると、店外のすぐ傍にいることが分かったので
「おい、何故コソコソと隠れている? というか、ライアス達と一緒に出発しなかったのか? 」
と外へ声を掛けると…片耳を抑えながらバツの悪そうな顔をしてブラッドがゆっくりと店に入ってきた、そしてレベッカの前までくると頭を床にぶつける勢いでブラッドは土下座をする
「スマン! 黙っているつもりは無かったんだが、色々あってな、報告が遅れてしまった、申し訳ない」
ブラッドの土下座と謝罪の言葉を聞いたレベッカはしばらく睨んでいたが、フウッと大きなため息を吐くと、頭を掻きながら
「ったく、わかったよ……詳しい話を聞くから、まずその頭を上げな」
と言ってカウンター席へ座るように促す
「やれやれ、以前お前自身が裏でコソコソする真似はレベッカが嫌がると言っていたのになんてザマだ、下らんことで騒動をおこすな」
とブラッドを起こしながら小声で注意するヴァイスハイト、それに対しブラッドは
「ああ、面目ない…解ってはいたんだが、つい……な」
そう言ってバツの悪い顔をするブラッドを観てヴァイスハイトも呆れて
「やれやれ……まあ、レベッカが許しているんだ、今後は注意してくれよ? 」
と言っていつもの場所に戻る
「で? 今の今までアンタは何をやっていたのさ、もうこの街では心配事は無いんだろ? 」
と、レベッカはブラッドに聞くと
「ああ、俺の新聞社や事件に関してはもう大丈夫なんだが、先日ライアスが各国の視察へ旅立っただろ? あれは一応公式の事だから一般に知られることになったんだが、その後すぐに裏で騒動があってな」
というブラッドの話にヴァイスハイトが反応する
「ん? そう言えば新聞に何かそのような記事があったな、たしかライアスが出立してから三日目ぐらいじゃなかったか? 」
というヴァイスハイトにレベッカも
「ああ……そう言えばまだ新聞が置いてあったね……カルディア……はもう部屋に戻っているから、ちょっと三日前から昨日までの新聞を取って来るよ、少し待ってくれるかい? 」
と言ってレベッカは奥の物置部屋に向かっていく、そしてヴァイスハイトは
「ふむ、それじゃあ待っている間に何か飲むか? 酒は出せないがな」
とブラッドに聞いてきたので
「ああ、それじゃあ果実飲料を頼む……すまないな」
と答えるとヴァイスハイトはフッと笑い
「気にするな、お互いアイツには苦労させられているんだからな」
「違いない」
とブラッドも苦笑するのであった、しかしヴァイスハイトが飲み物をカウンターに置いた直後、こちらの方にやってくる複数の気配を察知し、警戒する……が、それは定期巡回をしている衛兵隊のものであった
「すいませーん、レベッカさんはおられますか? 巡回警備の途中で騒音苦情の通報があったので……いちおう、話を聞かせてもらえませんか? 」
と衛兵隊員が店に入ってきたのだ
衛兵隊員の姿を確認したヴァイスハイトが返事をする
「ああ……すまない、レベッカなら丁度探し物を取り出しに少し席を離れていてな、代わりに私が用件を聞こう、それで騒音の苦情とは? 」
ヴァイスハイトの言葉に衛兵隊員の一人が前に出て説明する
「これはヴァイスハイト殿、いえ、大したことではないんですよ、ただいつもなら騒音が出るハズも無い時間帯に唐突にレベッカさんの大声が通りに響いたという通報があったものですから……何かあったのではないか、と思いまして駆け付けた次第でして」
その言葉にブラッドはハッと気づき小型通信機を取り出す、そしてヴァイスハイトも気付く、どうやら通信機からレベッカの怒鳴り声が漏れてしまったようだ、ブラッドはとっさに鞄にしまったようなのだが……間に合わなかったらしい、結果として漏れた音声が通りに響いてしまったという訳だ
「あー、すまねえな……それは俺が原因だ、この試作品の魔導通信装置を試していたんだが、操作を誤って音が漏れちまったのさ」
その言葉に衛兵が反応する
「あなたは、デイクロニクル新聞社のブラッド社長ではないですか…ところで試作品というのは?」
衛兵の問いかけに
「ああ、コレがそうさ、なにせ試作品なものでね、まだ多少不具合があるみたいだ」
ブラッドがそう言って小型通信装置によく似た小箱を取り出すと衛兵に見せて説明する
「ほお、これがその魔導通信装置というものですか? では今回の件はブラッド殿の管理に不備があったのが原因という事ですか……そういう事でしたら、まあいいでしょう、あなたの事はいつも部隊長からご活躍を伺っております、であれば今回も大きな事件という事では無いでしょう……それでは、こちらの書類にサインをお願いできますか? 一応、形式上報告はしなければいけませんので」
と衛兵がそう言うと待機している衛兵の携帯していた鞄から用紙を1枚受け取ると机に置いた、ブラッドは頷くと用紙に目を通し署名記入欄に名を書き込むと、その用紙を衛兵に渡した、受け取った書類を確認すると
「はい、これで結構です……では、通報者にはこちらから重大な事件性は無く今後も発生する恐れも無いと説明致しますので、これで失礼します」
そう言って衛兵隊は店を出ていった、衛兵の姿が見えなくなったのを確認するとヴァイスハイトがため息を吐く
「らしくないな、お前がそんなミスをするとは……まあ、自業自得だが」
その言葉にブラッドは頭を掻きながら
「ああ、すまないな、下らん理由で店に迷惑をかけちまって」
と言って謝るがヴァイスハイトは
「過ぎたことは仕方がないさ……だが、これで貸し一つだな、今後うちの方で頼みたいことが有ったら引き受けてもらうぞ」
と言ってヴァイスハイトはニヤリと笑うと
「まいったな……まあいいさ、こっちが出来る事なら引き受けるさ」
そう言ってブラッドは肩を竦める、そうこうするうちに
「あったあった、この新聞だね……お、そっちの方はもう片付いたのかい? 」
と、新聞を探していたレベッカが物置部屋から戻ってきた、そしてその手には三日前から昨日までの新聞があった、新聞をテーブルに置きながら衛兵が訪ねてきたことを聞くと
「しかし、衛兵が訪ねてくるなんて、何かあったのかい?」
レベッカは首を傾げたが
「ああ、レベッカの大声が結構響くことだけは分かったよ」
というヴァイスハイトの言葉に
「何だいそりゃ」
とレベッカはキョトンとしていたが、ブラッドはそのやりとりに苦笑しつつ話を続ける
「ああすまない、こっちの不手際で衛兵に要らぬ心配をさせちまったんでな、もう帰ってもらったから問題ないさ、それよりその新聞の3面をみてくれないか?」
と言ってそれぞれの新聞をめくり、3面を広げる
「3面ってたしかあんまり大きくない事件とか地方の事を描いてあるところだよね、王都に関する事なら1,2面じゃないのかい?」
とレベッカは聞くとブラッドは頷き
「ああ、確かに王都に関する大きな事件や出来事なら1面、政治が中心なら2面に載せるのが常識なんだが、今回の事はそこまで大ごとでは無かったんでな、だが無視できない事でもあった」
「なるほど、だから3面に載せたという事かブラッド」
「旦那の言う通りだ、それがこれさ」
そう言って記事の部分を指す、内容は以下の通り。
ライアスが視察する事が決まったと前日に報告されたことを知った一部の地方領主が「王都周辺を守護する騎士団長が何故各国を視察する必要があるのか疑問だ、国民の税を無駄に使う恐れが無いか?」と発言したという事が反王国派の連中に知られたらしく、その連中が集会を開いたことでちょっとした暴動に発展、集会の中心メンバーらと共に暴動の主犯格が衛兵らに取り押さえた」というものだった。
「ふむ、だが暴動は速やかに鎮圧という事は……それで終わりじゃないのか?」
ヴァイスハイトの問いにブラッドは肩をすくめる
「それが、そんなに事は単純じゃない、そもそも王都周辺の各国を視察っていうのは、以前の戦争状態でも無けりゃ外交手段としては特に問題のないイベントだ、友好国が相手であればなおの事、互いの情報を交換したり、各国にしてみれば王国に自国をアピールする手段の一つでもある、まあ統治が上手く行っていなかったり、何かしらの問題を抱えているとあまり喜ばしいことではないのも事実だが。」
「なるほど……、つまり視察先の国には反王国派にとって都合の悪い何かがあったから、過剰に反応したという事か、しかし一体何を知られたくなかったんだろうな。」
というヴァイスハイトの言葉にブラッドは懐から金貨と通商金貨と呼ばれる一回り大きな金貨を取り出すと机に置いた。
「コイツが何かは言わなくてもわかるだろうが、王国と周辺の同盟国の間で流通している金貨と商取引などに使われる通商金貨…大金貨ともよばれている」
「そんなのはこの王国に住むものならば常識だろう、まあ通商金貨は交易や商店などでもしなければ縁は無いが」
というヴァイスハイトの言葉にうなずくと
「ああ、そうだな、そしてこの金貨は王国内にある数か所の造幣所が製造していて場所は王国でもごく一部の者しか知られていない……防衛上の理由で数か所ある造幣所で稼働しているのは2か所まで、そしてその造幣所の稼働も、しばらくすると別の造幣所に切り替わる。」
「へえぇ~、この金貨はそんな手間をかけて製造されているんだね、でその金貨がどうしたっていうのさ。」
レベッカの問いにブラッドはもう一組の金貨を鍵付きの小箱から出して机に置いた、いや、性格には金貨、大金貨の形とデザインが施された鉛色のくすんだ金属製の円盤だ、この物体を見てヴァイスハイトは気付く。
「……なるほど、偽の貨幣か、そいつは何処で手に入れた?」
ヴァイスハイトの問いにブラッドはしばらく黙っていたが、二人に対し
「この事は、王国内でもまだ公表していない、時期が来るまで他言無用だが約束できるか?」
と言うので二人も
「ああ、他言無用だな?このヴァイスハイト元魔王の名誉に誓って約束しよう」
「あたしもさ、元勇者ではあるけど、この国をこの世界を救う使命を守るものとして誓うよ。」
と応じるとブラッドは
「あんたらならそう言うと思ったよ、さてと、この贋金の出所だが……モーニング・サン・クロニクル本社の金庫にあった金貨袋……ザーバルがあの社長に渡していた人身売買の報酬として受け取っていた指輪と共に受け取っていたものだ、鑑定の結果金貨袋の中身の金貨は全て贋金だった……」
満天の星を称えた夜空は。いつの間にか暗雲立ち込めて次第に雨が降っていた……
続く




