第1話 「魔王の憂鬱」
剣と魔法の異世界「ファンタジア大陸」その南部に位置するイーヴァン地方の王国メイ・アンガー
南方の港町ポート・アンガーの南にはイセリア湾、王都から南東の町アイザックの南にはヤグダ湾が広がる
豊かな海と肥沃な大地に恵まれたこの国は中央大陸の王国から見れば辺境であるが、その地理的要因によって魔王軍の被害が最も少ない地域となった
その中心都市である「王都メイ・アンガー」の大通り、冒険者ギルドや魔術学院などの施設が立ち並ぶ区画に老舗の冒険者酒場「竜の遠吠え亭」があった
「いらっしゃい! ようこそ、冒険者酒場『竜の遠吠え亭』へ!」
「竜の遠吠え亭」代々、元冒険者が主人を務めるこの店は比較的大きな冒険者酒場であり
建物は3階建てで1階はバーカウンターを含めた大小さまざまな丸テーブルが置かれた酒場のエリア
密談などが出来るように配慮された個室や新米の冒険者が必要な装備を買うための売店
そして入り口付近には依頼書を貼り付けるための掲示板がある
依頼書には簡単な内容と必要人数、報酬額そして適正クラスが記してある
この世界の冒険者は全て下位のEクラスから上位のSクラスまで階級によって格付けされており
ギルドに登録したての新米冒険者は特別な理由が無い限りEクラスからスタートする
個人の冒険者クラスとパーティーのクラスの評価は、依頼の達成内容によって常に上下するが、それとは別に年に1度格付けによるクラスの再編成がされるため一部例外はあるものの、冒険者は評価向上の為に日々切磋琢磨している
以上がこの世界の【冒険者】という者に関する情報である……さて、話を「竜の遠吠え亭」に戻そう、この店の2階は宿泊施設となっており、一人部屋と2~4人が宿泊する部屋、そして2段ベッドが備え付けられた10人部屋など各種揃っている、1~2週間の短期の滞在から、1年以上もここを拠点に活動する長期滞在者もこの世界では珍しくはない
そして3階は来賓の客や高位の冒険者などが宿泊する為の場所、所謂スイートルームとなっている、そして今、1階にある酒場の厨房には一人の男がせわしなく動いていた……
時刻は昼、丁度食事時であり、忙しい時間帯である
「キノコと豚肉の炒め物、出来たぞ!」
「はいよー、お客さんご注文の品とエール酒2つお待ちどおさま!」
「女将! ちょっと行ってくるわ、代金はそこに置いておくから!」
「あれ? お手洗いってどっち行けばいいんだ?」
「はいよー! 毎度あり! また来とくれよー! あ、お手洗いはそこの奥に行ったところだよ!」
元・女勇者のレベッカ・ローゼンブルグはそう言って代金を回収しながら接客をテキパキとこなすが、ふと厨房に目をやると、奥でデカい男が背中を丸めて一人なにやらブツブツ言っていた……
「……おかしい、仮にもかつて大陸全土に侵攻し、その名を轟かせた魔族の頂点であるこの私が、何故酒場の厨房で料理を造っているんだ……確かに勝負には負けた……負けたが、これは一体何なんだ、どうしてこうなった……」
「ちょっとあんた! ブツブツ言ってないで次の料理を造ってよ!」
そう言ってレベッカは包丁をヴァイスハイトに向ける
「ウグッ…わ、わかったからその〈魔人殺しの剣〉の刀匠が造った包丁をこっちに向けるな!」
レベッカが勇者を引退して、此処の店を継いだ時、知り合いの名匠が”お祝いに”と造ってくれた包丁は……
何故か対魔族の効果が付与されていた、剣を携帯しない代わりに包丁を持っているのは
何か腰に提げていないと落ち着かないからだそうだ
あの戦い……勇者との一騎打ちでヴァイスハイトは負けて、その時に交わした賭けの代償としてこの冒険者酒場「竜の遠吠え亭」で働いているのだった
「なあ、1つ聞いていいか?」
本当は色々聞きたいのだが、ヴァイスハイトは、とっかかりとして1つ質問する
「何故王都の、しかも大通りのど真ん中の店でやろうとしたんだ?」
こちらはてっきり街はずれで、ひっそりと酒場をやるものだと思っていた、ただ私が生かされている理由は分かる、何故なら私が死ねば魔族のヒエラルキーは崩壊し、新たな魔王軍が創設されるだけだが、私が生き延びている限り、眷族は私を中心とした魔王軍の復興を図ろうとするからだ
そういった動きをけん制するという意味から考えれば、私を生かしておく理由は理解できる
だが……
「え? なーんだ、そんなこと? どうせやるんだったら、人が多く集まるここ王都でやった方が繁盛するじゃない、それに……ここは元々あたしの父親の店だからねえ、引退したらここを継ぐつもりだったのさ」
レベッカはさも当然のようにそう答える
うん……まあ、そんな所だろうなとヴァイスハイトは思いながらも続けて質問する、実はこっちのほうが重要だったりするのだが……
「商売人としての常識的な感覚なら、それは理解できる……が、じゃあ、もう一つ聞いていいか?
……あの張り紙はなんだ?」
そう言ってヴァイスハイトは壁に貼ってある紙を指さす、そこにはこう書いてあった……
【魔王、あります】
それを見てレベッカはフッと笑うと
「ああ? コレ? ほら、夏とかに【冷やし麺、はじめました】とかあるじゃない♪」
「俺は季節の催し物か何かか!?」
「大丈夫! 誰もアンタの事を〈魔王〉だなんて思わないってー!」陽気に笑うレベッカ
「それはそれで傷つくぞ!」おまけにチョット涙目だったりするヴァイスハイト
「さあさあ、解ったなら仕事、仕事! キリキリ働くよ!」
レベッカに促されたヴァイスハイトは深くため息をつくと、カウンターに向かっていった……
目の回るような昼食時のピークを過ぎて客もまばらになり、店内が落ち着き始めたころカウンターでは客がヴァイスハイトと話していた
「ああ、そういえばしっているかい? この間この近くの平原でドラゴンが現れたんだって、まあ、もっともドラゴンって言っても小型の下級ドラゴンだったらしいけどさ」
そういって男の冒険者がカウンターでエールを飲みながら言った
「ほう、それで、そのドラゴンはどうなったんだ?」そう言ってヴァイスハイトはエールを注ぐと男に渡す
「ああ、……たしか偶然そこに依頼を終えた帰りの冒険者パーティーがいてなあ、運悪く戦闘になっちまって、危うく崩壊しかけたんだが、なんとかドラゴンを倒したそうだ」
男は追加で注文したエールをそう言うと飲み干した
「その話なら聞いてるよ、確か〈独立愚連隊のシグマ〉だっけ、最近若い新米冒険者をメンバーに加えたって話じゃないか」
とそこに、レベッカがやって来て、食器を片付けカウンターを拭きながら男に話す
「ああ、それが面白いんだよ、聞いた話なんでホントかどうかはわからないが、何でもその若い新米冒険者が動揺していた古参のメンバーに指示を出して、古参のやつらがそれに従って動いたら、見事ドラゴンを倒したって話さ、……おっと、そろそろ出かけないと……じゃあ、お代はここに置いておくよ」
男はそう言うと代金をカウンターに置いて店を出て行った
「フム……なかなか興味深いな、その新米冒険者は」
ヴァイスハイトは顎をしゃくりながら考え込む
「ふーん、アンタが勇者以外に興味を示すなんてねえ……そういえば、その若い冒険者ってまだ少年なんだっけ、名前は確か、ル……」
レベッカが名前を口に出そうとした時、入り口のドアがバタン!と開いた、そして一人の少年が駆けて入って来るなりこう言った
「はあっ、はあっ……あ、あの! いきなり来てこんなことを言うのもなんですけど、助けてくれませんか?」




