第16話 「衛兵団隊長ライアス・ギル」
ブラッドの要望で王都中心部にある「衛兵団本部」の前に【テレポート】の魔法で移動したヴァイスハイトとブラッドの二人、地下の隠し部屋で【魔物強化生物】の生態サンプルを発見した事により、婦女連続暴行事件は思わぬ方向へ進んでいくことになる……
「さてとブラッド、ここに着いたのは良いんだが何をする気だ? 」
「おう、ここにはレベッカと一緒に戦った仲間がいるんでな、ちょっと話をしたくてね」
「のんきに昔話をしている時間は無いんだがな」
「別に同窓会をしようってわけじゃねえよ、目的はコイツさ」
そう言って荷袋から地下室で見付けた「魔物強化生物」の瓶を取り出す
「それを衛兵本部に通報してどうする、そもそもそいつはすでに失われた技術だぞ……一体どう説明するつもりだ? 」
怪訝そうな顔でヴァイスハイトはブラッドの顔を見る
「まあまあ、それじゃちょっと行ってくるから、ヴァイスの旦那は先に別動隊の所まで行って合流していてくれ、ああ、ちゃんとザーバルと【魔物強化生物】の事も伝えておけよ、あいつは妙な気遣いの隠し事が嫌いだからな」
「言われずとも……そんなことは知っている、で、お前はいつ合流するんだ? 」
「ん? ああ、ここともう一つ寄る所が有るからな、そこの用事を済ませたら向かうぜ、なに、大して時間は掛からねえだろうからすぐに追いつくさ、じゃあな」
そう言うと本部前で警備をしている衛兵に話しに行くブラッド、衛兵が盗賊であるはずのブラッドに敬礼をしている所を見ると、だいぶ前から影響力を持っていたことが伺える
「さてと、ではこちらもアイツに追いつかないとな……まあ直ぐに着くのだがな」
そういって【テレポート】の魔法を展開し、衛兵本部をあとにした
【衛兵団本部】王都メイ・アンガーの治安維持と外敵からの防衛を一手に引き受ける組織で騎士団、重装歩兵団、軽装歩兵団の三つの兵団によって構成されている、これを指揮・統括するのはレベッカと共に【人魔大戦】にて連合軍を率いた聖騎士ライアス・ギルである、夜の訪問であるにもかかわらず、旧友であるブラッドの訪問と聞き本部団長の執務室へ丁重に迎えるライアス
「やあ、久しいなブラッド、王都に凱旋帰還してから合っていなかったが、新聞社というのはかなり忙しいようだな? 」
【人魔大戦】によって種族や身分の差関係なく一致団結して戦ったとはいえ、まだまだ身分による差別は根強いこの時代ではあるが、聖騎士として確固たる地位を築いた今でもライアスの人当たりの良さは健在である
「ああ、毎日忙しくて目が回るよ……時々、盗賊時代の方が気楽でよかったと思うぐらいさ」
「ハハハハッ、相変わらずだな君は……ところでブラッド、ただ世間話をしに此処に来た訳じゃないんだろう? 」
口調は変わらず温和ではあるがライアスの顔は真剣である
「流石だなライアス、早速本題に入ろうか、実はある事件……お前も知っているだろう、ここ数週間に渡って発生している連続婦女暴行事件さ」
「それは知っているよ、治安維持もこっちの管轄だからね……ただ色々手を尽くしているが芳しくなくてね、君がくれた情報で犯人は飲食店の主に変装して獲物を連れだしていると聞いて、これまでの被害者が勤めていた飲食店の主から話を聞いたら、君の指摘した通りローブを纏った怪しい男が頻繁に通っていたという証言を得たよ、つい先日、君から貰った人相書き通りの男であるという裏付けも取れた、近々犯人が潜伏しているという宿屋に捜査隊を送るつもりさ」
捜査隊派遣の話を聞いてブラッドは
「あ、すまん……それなんだが、証拠はもう手に入れた」
「えっ⁉ そうなのか? じゃあ今日ここに来たのは……」
「まあ、それも有るんだが……もう一つあってな」
そう言うとブラッドは執務室の周りにいる 衛兵を見渡すと
「……ここだけの話にしたいんだが」
それだけ言うとライアスは意図を理解して周りにいた衛兵たちを執務室の外へ下がらせた
「助かる、なにせ外に漏れると厄介なんでな」
「気にするな、それで、事件の犯人捜し以上に重要な事とは何なんだい? 」
「ああ……先ずはコイツをみてくれ」
そう言って荷袋から【魔物強化生物】の入った瓶を取り出し、ライアスに見せる
「これは? 一見すると植物の種……にしては【邪悪な意思】がそこから漂っているな…」
そう言うとライアスの表情が険しくなる、ライアスには邪悪な意思を感知する【センス・イービル】という聖騎士という職業がもつ能力が備わっている、ただ他の聖職者でもこれが身に着いているのは司祭クラスの高位な職業に限られるが、裁判ではこの能力を持つものが必ず証言の真偽を見定める役目を負っている、裁判では彼ら【聖職者】【聖騎士】1名と証言の嘘を見破る能力を持つ【審問官】1名、そして裏社会に通じている為にあらゆる裏工作が通じず、また事件にかかわる証拠品の真偽を見破る為の【盗賊】(現・新聞社社員)の3人で進められるのだ、まあそんな話はさておき
「正解だライアス、これは【魔物強化生物】の生態サンプルだ、お前も話には聞いているはずだ」
とヴァイスハイトに言われたことをそのままライアスにも言い放つブラッド
「確かに……【人魔大戦】で聞いたな、しかし実際の戦場ではそれが使われた形跡は無かったが」
「ああ、それは俺も知っている、だがこれを本気で使おうとしていたやつがいた……お前の、いや……俺たちの、かつての仲間だったザーバル・タスフェだ」
その瞬間、ライアスの顔が青ざめる
「馬鹿な! あいつは……ザーバルは魔法王国奪還の戦いで…… 」
「ああ、死んだはずだった……だが、これが存在するはずの無い所から出て来ちまったんだ、おまけに……この手紙さ、封はもう既に開いていた、幸い中身の文書が焼却されていなかったので助かったよ」
そう言うと【魔物強化生物】の瓶と一緒に回収した手紙をライアスに渡す、ライアスはその文面を見て驚愕した
「これは……『実験に必要な【素体】の提供ありがとうございます、つきましてはご要望通り発注された指輪の残りの半分を納めさせていただきます、今後ともより良い取引を望みます……ザーバル・タスフェ』くっ……何という事だ! まさか、あいつがそこまで堕ちていたとは! 」
ライアスは怒りで手紙を破りそうになったが、辛うじて証拠の保全という使命が勝り、ブルブルと震えながらゆっくりと手紙を机に置く、そして深いため息と一呼吸間を置き
「なるほど、確かにこれは外に漏らすことは出来ないよ、まさか婦女暴行の陰で身元不明の人間を攫って【実験】の為に人身売買まで行っていたとはね……これが公になればパニックどころの騒ぎではない、それで、私はどうすれば良い? 」
そう言って真っすぐブラッドを見つめるライアス
「今から『モーニング・サン・クロニクル本社』へ向かう、下手をすると一戦交えるかもしれないから動かせる部隊を連れて一緒に来てくれないか? 」
「かつての戦友の頼みとあれば、断る理由なんて無いよ……今から招集して最大で1個師団まで揃えるよ、出来るだけ早い方が良いんだろ? 敵の拠点の『制圧』には」
「話が早くて助かるよ、持つべきものはやはり親友だな」
「からかうなよ、さあ行こうかブラッド」
そう言うと衛兵を呼び伝令を走らせる、瞬く間に詰め所正門前に1個師団が揃う、2人は騎乗しライアスが出動の命令を発する、かくしてこの事件の黒幕の一つである『モーニング・サン・クロニクル新聞社』の本社へ向かっていった
「みてろよクソ社長、ふんぞり返っていられるのも今のうちだぜ! 」
モーニング・サン・クロニクル新聞社、その歴史は浅く、『デイ・クロニクル新聞社』が広く知れ渡った後、それに対抗するかのように設立された会社である、構成員はデイ・クロニクル社が元盗賊ギルドの人員であるのに対しモーニング・サン・クロニクル社は野党崩れや盗賊ギルドから追放された人員で構成されていた為、やっていることは同じでも発行される新聞の記事の質、取材方法などで明らかに差が有った、その為発行部数も大半はデイ・クロニクル社の物で、胡散臭いゴシップを好む読者が多いが少数なのがモーニング・サン・クロニクル社といった状態であった、しかし徐々に部数は追いつき、さらにここ数週間の「連続婦女暴行事件」においてモーニング・サン・クロニクルは「姿を変えることが出来る指輪」や「それを持つものが元盗賊ギルドの人間しかいない」という事を記事で暴露し、ライバル(と勝手に思っている)のデイ・クロニクル社をバッシングするという方向に変わった事で、一転してデイ・クロニクル社が窮地に追い込まれてしまっていた、それを打開するべくブラッド・パイソン自らが動き、交渉という名目で本社に乗り込み、社長室までのルートと警備を偵察していたのだ
そして今、モーニング・サン・クロニクル本社は1個師団の衛兵部隊によって制圧されつつあった、社長室にはモーニング・サン・クロニクル社長カワドリー・マントゥールが乗り込んできたブラッドとライアス、そして数名の衛兵たちの目の前で席から立ち上がり呆然としていた
「な……何という事だ! ここをどこだと思っている! それにライアス衛兵団長殿、これは一体どういう事ですか? まさかこんな怪しい男の口車に乗せられたんですか? 納得のいく説明をしていただけるんでしょうな、で無ければ我が社としても抗議の記事を発表して王国に対し正式な謝罪と賠償を要求いたしますぞ? 」
そう言って言いたい事を言い終えたカワドリー社長は席に座ると二人を睨みつける、だが、その傲慢な態度を打ち砕いたのはブラッドだった
「いやあ、貴方も随分勝手なことをおっしゃいますなあ、しかし驚きましたよ、貴社の幹部が使用されている指輪がまさか犯人のアジトに保管されていたとはね、この事に関して何かありますかな? 」
とブラッドは手に入れた指輪を一つ机に置きカワドリーに問いただす
「ほお、我が社の指輪がそんなところに流れていたとは、いや流石は歴戦の英雄ブラッド殿、かつての【銀狼】の二つ名は伊達ではありませんな……それで、指輪を横流しした犯人の目星はつきましたかな? 」
その言葉にライアスが答える
「ええ、ブラッドのおかげで確固たる証拠を手に入れることが出来ました、この手紙がそうです」
そう言って手紙を見せるライアス、すると余裕の表情であったカワドリーの顔が青くなる
「ほ、ほお……手紙には、なんと書かれているのですか?」
「この手紙ですか? これには我が国で禁止されている人身売買を示唆する事と、それの対価として魔法の指輪を納品する旨が書かれていますよ? 」
と、涼しく言い放つライアス、それにブラッドも続く
「それだけじゃねえぞ、その手紙が有った場所にご丁寧に帳簿も有ったよ、この中には取引先と引き渡す人間の数、見返りに受け取る指輪の数、おまけに納品先がこの会社、そしてアンタが発注した指輪の注文書および契約書だ、しかもご丁寧にいちいちアンタのサインが書かれていたんだぜ? 」
そう言って取りだした契約書には、書面の端にカワドリー社長のサインと思われる半分になっている文字列が有った
「し、しらん! それは恐らく誰かが私を貶めるために偽造されたものだ、そうに違いない! 第一サインも一部なんだろう? それだけで犯人にされてはたまらんよ」
なおも食い下がるカワドリーだったが
「ライアス団長、金庫からこれを見つけました」
と衛兵の一人が書類束をライアスに手渡す、ライアスが素早く目を通し、カワドリー社長を睨む
「カワドリー社長、その確固たる証拠、手に入りましたよ」
「な、何だと? 」
「この契約書、貴方の名前が半分になって書かれていますね、これに先ほどブラッドがお見せした契約書の文字列を合わせると……ほお、これは何でしょうね? 解りますか? ブラッド」
そういってライアスは書類をブラッドに見せる
「何だライアス、ん? これは……二つの書面の分かれた文字列を合わせるとはっきりとカワドリー社長、貴方のサインになりますなあ、しかもなかなか達筆でいらっしゃる、微妙なカーブまでピッタリですよ? 」
「なるほど、ありがとうブラッド、さて社長、これでいよいよ言い逃れは出来ませんねえ、これでもまだ何かおっしゃりますか? 」
物腰は柔らかい、がその顔は一切の容赦のない感情が現れていた
数々の逃れようのない証拠とライアスの鬼神のような表情の前にモーニング・サン・クロニクル社長カワドリー・マントゥールの精神は耐えられなかったようだ
「ひいいいいいいいっ! ど、どうかご慈悲を! これは何かの間違いです、そう! あいつ、ザーバルにそそのかされて……? 」
そう言った直後だった、カワドリー社長のはめていた指輪から黒い靄の様なものが漂ったと思うと、カワドリーが苦しみだした
「な、なにっ! ま、待ってくれ! 私は裏切るつもりなんかない! 頼む! 誰か助け……うぐ…… 」
指輪の部分からカワドリーの体が紫色に変色していく……そしてその色が全身に達したとき、カワドリーは泡を吹きドサッ……と床に倒れる、体はぴくぴくとわずかに痙攣している。
「な、何だこりゃ、おいライアス! 」
「ああ、解ってる! 【デトクス】……効かない? ならば、【ディスペル】……まさか、これもだめか……ならば」
「もうよせライアス、こいつはもう息をしていない」
そこには真っ黒に変色したカワドリーの遺体が有った、指輪だけが怪しく青い光を放っていた
「クッ、まさか指輪に口封じの仕掛けが施されていたとは……」
「すまんライアス、奴ならやりかねないだろう事を見落とした俺のミスだ、こいつからザーバルの痕跡を辿れればと思っていたが、調査方法を見直さなきゃいかんな……クソッ」
「いや、だが事件の真相は明らかになった、もう手遅れだろうが、明日予定通り犯人のアジトである宿屋に捜査隊を送る」
「そうか、じゃあここで俺がやる事は終わったな、すまないが後始末を頼む、まだ行くところがあるんでな」
「ああ、あの冒険者酒場の連中を助けに行くんだろ? ここは私が上手くやっておくよ、早く皆の所へ行ってあげると良い……これ以上の悲劇は止めなければね」
「もちろんだ、じゃあな戦友、また会おうぜ! 」
「ああ、また会おう、レベッカにもよろしくと伝えてくれ、我が戦友ブラッド」
そう言ってブラッドとライアスはお互いの拳を突き合わせるとブラッドは【俊足】のスキルを使いヴァイスハイト達の待つ合流地点へと向かっていった
余談だがライアス達「衛兵団本部」による正式な捜査結果の発表により(もちろん【魔物強化生物】の情報は伏せたまま)、ブラッド・パイソンに対する疑いは晴れ、社長という屋台骨を失ったモーニング・サン・クロニクル社はこののち解体することになる……
さて、一方の別動隊、構成はレベッカ、アンドウ、そして犯人のターゲットであるはずのカルディアであった、カルディアはヴァイスハイトが地下最奥の隠し部屋で【ピンポイント・テレパス】の魔法を通じて事の真相を知らされており、作戦開始時には【クリエイト・ドッペル】によって造られた偽カルディアを営業が終了した「竜の遠吠え亭」からヴァイスハイトに変身した犯人に連れ出す様子をレベッカ達はローブに身を包んだ状態で背後から後をつけていたのだった