第9話 「新米従業員カルディアの1日」後編
カルディアが働き始めて一週間が過ぎた……
「カルディア! 空いている皿は有るか? 追加の料理を盛り付けたいんだが」
「大丈夫です、先に洗い終えた食器の乾燥がもうすぐ終わりますから」
「そうか、じゃあ取り敢えずそこのテーブルに1枚置いておいてくれ、すぐに出すからな」
「はーい、解りました!」
厨房での皿洗いは慣れたのか、最初の頃のように食器を落として割ることも無く、そつなくこなしていた
夕刻を過ぎた王都の大通りに店を構える「竜の遠吠え亭」の店内は賑やかだ
「おーいマスター! こっちにエール3つ追加でたのむ!」
「こっちは肉と野菜の炒め物を1つ追加してくれ!」
「俺は宿に帰るから、代金の清算を頼む」
次々と出される客の注文や会計の依頼も
「はいよ! 待たせたね! エール酒を3つ! こっちは注文の肉と野菜の炒め物! そっちの代金は…エール3杯に骨付き肉の揚げ物5個セット一皿、生野菜のスティック5本入りを1つだから、銅貨21枚だよ!」
とレベッカはテキパキとこなす、厨房にいるヴァイスハイトも客の料理を用意する為あまりカウンターに出れない……ハズなのだが
「……でよお、これがまた傑作でな?」
「……ほお、そりゃ面白いな」
何故かカウンターで接客をしている、しかし一方で
「注文の料理、出来たゾ」
「はいよ、じゃあこれが次の注文の料理だよ」
と、奥の厨房で受け取りに来たレベッカに料理の乗った皿を渡しレベッカから注文書を受け取るヴァイスハイトの姿がある
実はつい最近、厨房の奥は客からは見えない死角になっている事に気づいた為、ヴァイスハイトはドッペルゲンガーを召喚して自分の分身を造り、厨房に立たせて料理を造らせているのだ
だが当然、同じく厨房で皿洗いをしていたダークエルフのカルディアがその行為を目撃、すぐさまヴァイスハイトに
「仮にも元魔王が高度な魔法を何に使っているんですか!」
と詰め寄ったがレベッカに
「まあまあ、もう戦争は終わったんだし魔法も有効利用しないとねえ」
とカルディアを説得し、まだ納得していないながら渋々カルディアも了承して、事なきを得た
因みにレベッカはスキル「俊足」と「スタミナ常時回復」を使用して凄まじい速さで店内を切り盛りしているが、今回のヴァイスハイトの行為については「別にサボリじゃあ無いし、おいそれと従業員を増やせないからねえ、店が回るなら全然問題ないさ」
と気にも留めていなかった
――夜、現在の時刻で言うと午後9時頃、カウンターでアンドウはヴァイスハイトと異世界人について話をしていた、アンドウは本来「独立愚連隊のシグマ」の行きつけの酒場にいつも居るのだが、たまにこうやって「竜の遠吠え亭」にも顔を出していた
「捕まった他の異世界人ですか? 話は伺っておりますよ、なんでもこの世界ではポピュラーな遊具となったリバーシを法外な値段で売りつけようとしたとか、私も昔、幼少の頃に友人とよく遊んだものですが、アレはなかなか奥が深いですねえ、今頃友人は、どうしているんですかねえ……」
と昔のことを思い出したのかフッと目が細くなるアンドウ
「お前の場合は事情が特殊だからな、他の異世界人は大抵神殿やら王宮の地下の召喚部屋からそれなりの術者が複数人で行うからなあ、そういえばお前はリバーシを売りつけようとはしなかったな、何故だ?」
とヴァイスハイトは本題を切り出す、とそこにレベッカも割り込んできた
「あ、あたしもその話聞きたいねえ、前々から気になってたんだよ」
「おい、店内の接客はどうした?」というヴァイスハイトの質問に
「客ならもう帰ったよ、残ってるのはアンドウだけさ、ああ、アンドウはゆっくりしていって良いんだよ?」
とレベッカは笑顔で答えた、ヴァイスハイトはため息をつく
アンドウは笑顔で
「ご厚意感謝しますが、あいにくこの後予定がありますから、それほど時間はとりませんよ」
と答えたのちにアンドウが改めて
「さてと、質問の答えでしたね、私は直ぐにこの世界の事をエミーさんやボルグさんから詳細に聞きましたので、リバーシがかなり昔にこの世界にもたらされたことも……もちろん存じておりますよ?」
との答えに
「ああ、そうか、そういえばアンドウはそうなんだったな……シグマの連中が良いやつだったのは不幸中の幸いか……」
とヴァイスハイトが呟き
「はい、わたしはエミーさん達に感謝をしておりますよ、お陰様でこの世界を大いに満喫しておりますので」
とアンドウは笑顔で言うと残りのエールを飲み干した
アンドウは魔法使いエミーに《ランダムテレポート・サモンゲート》の魔法で突然この世界に召喚されたため、通常の異世界人召喚で行われる「言語翻訳」や「ステータス付与」、よくある「神の加護」などの諸々の特典を得ることなく文字道理「そのまんま」召喚されたある意味可哀想な人なのであるが、責任を感じた「独立愚連隊のシグマ」のメンバーが彼にこの世界の知識や言語、生活習慣や政治的な背景まで詳細に説明と教育を行い、元々前向きな性格だったアンドウも恐怖より、好奇心が勝ったのか積極的に学んでいった
他の異世界人とは違い完全に習得するまで半年を要したが、今では短剣(転移前に所持していたチタン製の定規)を用いた戦いを得意とする冒険者になっていた
アンドウが代金を準備しているとカルディアが厨房からやってきた
「お疲れ様です、厨房のお皿は全部片付きました~……ん? 主どゴホン……ヴァイスハイト様、そちらの方は?」
「ああ、こちらは「独立愚連隊のシグマ」のメンバーで冒険者のアンドウだ、で……こっちはうちの新しい従業員のカルディアだ」
とヴァイスハイトはカルディアに紹介するとアンドウがスッと立ち上がり名刺を差し出した
「初めまして、私アンドウ・ミキオと申します、職業は公務員……と、ここでは通用しないんでしたね、冒険者としての職業はレンジャーをやっております、以後お見知りおきを」
と一礼した、カルディアは名刺を受け取ると
「こ、これはこれはご丁寧に、あの、アンドウさんってここの世界の人とはチョット感じが違いますね」
というカルディアに対し
「おお、よく解りましたね、実は私(異世界人)なんですよ、ご縁があってこの世界に召喚されまして今に至っております」とアンドウは答え
「そういえばカルディアさんはひょっとしてダークエルフなんですか?」
とのアンドウの問いかけに
「はい! そうです! アンドウさんはこの世界にお詳しいんですね!」
とカルディアは嬉しそうに答え
「いえいえ、書籍(漫画・ラノベ)で読んだ程度ですので……」
と謙遜するアンドウ
「そういえば、なんかピッチりとした服を着てますね、動きにくくないですか?」
とカルディアが聞くと、アンドウが笑いながら
「まあ、そういう風に見えますよね、でもこれ、案外動きやすいんですよ? 私のいた元の世界では(スーツ)と呼ばれていましてね……」
アンドウの説明にフンフンと頷くカルディア、しばらくそんなやり取りが続いたのだが……
「そういえばアンドウ、時間はいいのか?これからシグマの連中に会うんだろ?」
とヴァイスハイトは促した、アンドウが時計の方を見ると丁度11時になるところだった
「おっと、いけませんね、では代金はここに……ごちそうさまでした」
と代金をカウンターに置いてアンドウは店を出ていった
カルディアはアンドウが出て行った入り口を眺めながら
「アンドウさんってよく噂に聞く異世界人と違ってなんか落ち着いてますね」
と言うとヴァイスハイトは
「ああ、大抵はうわさで聞く通りなんだが、あいつは別なんだよ……なんせ「独立愚連隊のシグマ」のメンバーの暴走を止めることが出来る奴だからな、さて、もう注文も無いし先に上がって良いぞ」
というヴァイスハイトに対しレベッカは
「さてと、今日の売り上げを計算しなくちゃねえ、あたし達はまだ仕事が有るから……あ、そうだ、まかないの夜食があるんだけどカルディアも一緒に食べるかい?」と笑顔で話すレベッカにカルディアは
「はい! 有難くいただきます!」と元気に答えるのであった