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8師弟は思い出を懐かしみました

これからしばらく長い修行パートが続き・・・ません!

さくっとストーリーが進みます。

「う、うぅぅん」

 俺は朝日の光を浴び、師匠の家に割り当てられた俺の部屋で目を覚ました。

 やばっ!少し寝過ごした!ベッドから起きた俺は慌てて身支度を整え、厨房に飛び込み朝食の用意を始めた。

 手際よく怪鳥の卵を割り、タイラントリザードの尾の肉を切り、フライパンで焼いている間、俺は先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 懐かしいなー。師匠と出会った頃の夢なんて。


 あれから3年経った。

 その間に起きたことは、なんというか筆舌に尽くしがたい。


 儂の攻撃に慣れよ。さすれば大抵の攻撃はなんとかなると言われ、「12時間ぶっ通しで攻撃するから全部避けよ」という狂気の命令を下され、岩をも砕く槍を高速で振り回すのを必死で避け続けたり、


「体力つけるために走れ」と危険なモンスターに命懸けの追いかけっこをさせられて、息も絶え絶えになって終えたところ「準備運動終わり。次の特訓始めるぞー。終わり?失神するまで」とさらにきつい訓練させられたり、


 極めつけは「女に唾吐かれたのがトラウマぁ?くだらん慣れろ」と言われて巨大カエルの口に放り投げられた。この巨大カエルが肉は一切食べない品種だと知らない俺は当然パニック。ぬるぬるの唾液まみれになり、もにゅもにゅと口内の肉で悶えに悶えたあげくカエルから「いらね」とばかりに唾液まみれでぺっと地面に吐き出された。

 その後、恐怖と混乱と不快さで完全にパニックした俺はけらけら笑う師匠に謎切れして「ふざけんな赤毛ばばあ!やってやらぁ!」と殴りかかり、地獄を見た。その翌日は何であんな馬鹿な真似したんだろうと、大いに反省した。


 そんなのが毎日である。怪我や疲労でボロボロになったら、クソまずい薬をのまされ、回復させられ、翌日からはまた筋肉痛必至の筋トレと悪夢の実戦訓練だ。

 その地獄に耐え抜けたのは、死ぬほど厳しくとも、なんだかんだと自分を見捨てず面倒を見続けてくれる師匠の優しさと、皮肉にもあの勇者とエレナに与えられ、刻まれた屈辱があったからこそである。 


 他にも色々頭に思い出が流れるが・・・思い出すだけで甘酸っぱい・・・吐き気が込み上げてくる日々ばかり。いや、本当に頑張った自分を自分でほめてあげたいわ。


「うみゅぅ。おはよぉぉ。しゃるぅ」

 そこで寝ぼけ眼の間延びした声で師匠が部屋から出てきた。この寝起きの瞬間だけが師匠の一番可愛らしいところだ。

「おはようございます!師匠。あと少しで朝食の用意ができます」

「うみゅぅ」

 ぽけーとした顔で可愛い返事をしてふらふらとテーブルに向かって歩き出す。本当、可愛いな。

 だが、それは見せかけだけ。「わしに一本いれよ」という訓練で、この寝起き状態を襲ったら、気が付いたら俺は包帯ぐるぐるでベッドの上にいた。この状態の師匠は加減がきかない分、下手につつくと危険この上ない存在である。


 そしていつもの朝食が始まった。

 怪鳥とトカゲの尾のハムエッグに、謎の野菜サラダ、鬼牛のテールスープ、師匠が育てている小麦で作ったパンというメニューで互いにむきゅむきゅ食事をしていると、

「そろそろ時間じゃ」

「は?」

 行儀悪く野菜を刺したフォークをぴこぴこ振りながら師匠が唐突に言い出した。何のことだろう?と首を傾げる俺に師匠から呆れ顔で説明が入った。


「お主と出会った時に言ったろう。お主の世界とつながる扉が開く機会があると。あの時はざっくり言ったが、間際になれば空気の違和感で扉が開く時期・場所は大体わかる。おそらくあと1週間程で貴様のいた世界に扉が開く」

「一週間!?」

 早い!いきなりかよ!

「だけど・・・まだ修練が全然」

 そう、俺はまだ全然強くない。地獄の訓練を経ても、師匠が鼻歌交じりで瞬殺する魔獣を全力で何とか狩れるかといったレベルでしかないのだ。無論、師匠の強さの桁が違うのもあるが、まだまだ己が未熟であると痛感していた。

「強さに十分ということはない。主は以前に比べ成長した。“零斬り”も不完全ながらも習得した。一方的な負け方はするまい。極めるまでいたいというなら、あと数十年はかかるぞ。それ以前にこれを逃したら、次戻れる機会は年単位で先になる。覚悟を決めよ!」

「わ、わかりました!」

 しかし、師匠の言葉はそんな未練がましい俺の態度をばっさり切って捨てた。 


 それから一週間、この世界にいる時間は残りわずかだが、焦る俺に師匠から「間際とて焦っても意味はない」と告げられ、結局いつも通りの訓練をこなして・・・いよいよその日がやって来た。


「では、行くぞ」

 部屋の片付けと身支度、といってもほとんど荷物はないが、を終えた俺に声をかけると師匠は家を出た。

 外に出た俺は3年間世話になった師匠の家を振り返る。仮初の住処とはいえ、随分長い間いた気がする。それこそ第二の実家に思えるほどに。ほんわかと少し感慨にひたっていたら、「何、家見てとろとろしとる!さっさと来んか!」と師匠が怒鳴ってきた。感慨ぶち壊しである。


 師匠についていき、しばらく歩き続けたところ、荒れ果てた岩山に辿り着いた。

 ろくな整備もされてない砂利や巨大な岩がゴロゴロする中、師匠はぴょんぴょん羽が生えたように軽やかに飛び跳ね、俺は必死に泥臭くジャンプし、先に進んだところ、ある岩と岩の大きな隙間に、空間が異様に歪んでいる奇妙な現象を見つけた。


「これじゃ。これに入れば、貴様は元の世界に戻る。すこしばかり時間軸が異なるじゃろうが、まぁ心配するほどの時間はずれておるまいよ」

「は、はい」

 ついに、別れの時が来たのだ。こんな世界だったけど、思えば・・・あれ?あまりいい思い出ないぞ?そうだ!食事は美味しかった!素材がS級のせいか味わったことない程超美味だった!調理したの基本俺だけど・・・それ以外・・・それ以外?・・・うぅぅん?いい思い出がほとんどないぞ?

「何、一人で百面相しておるか。ほれ餞別じゃ。持って行け」

 いいところどころかほとんどトラウマものの思い出しか無く悩む俺に、呆れ顔の師匠からポイと漆黒の刀が放り投げられた。慌ててキャッチ。

「わしのコレクションの一つじゃ。なまくらだが、まぁ、量産品の剣よりは頑丈じゃ」

 見ると、鞘も柄も刀身も真っ黒だ。少し不気味だが、作りも見た目もしっかりしている。おそらくそこそこいい剣に違いない。師匠は態度も言動も底意地が悪くても、そういういいところがあるからな。

「まーた、何か無礼なこと考えているな!」

「ぴぃ!?」

 また、見抜かれて怒鳴られた。本当こういうところは鋭い。

「す、すみません!?あ、その・・・剣の餞別ありがとうございます!」

「いいから、はよ行かんか」

 ぶっきらぼうに言う師匠。本当にもう少し感慨ってものが無いのだろうか。しかし、

「師匠!」

「あん?今度はなんじゃ?」

「3年間ほんっとうにお世話になりました!ありがとうございます!この御恩は決して忘れません!」

 がばっと、頭を下げた。

 確かにいい思い出が無い程、苦しく地獄の3年間だったが、一銭の得にもならないのにこんな俺の面倒を見てくれた師匠の親切さと優しさは本物だった。悪意ではなく善意の行動だから耐えられた。

 だから、俺は言葉と態度でできる限りの感謝の意を伝えた。

 一瞬きょとんとした師匠はふんっと鼻を鳴らすだけだったが、俺は知っている。あれはちょっと照れているポーズだ。

 


 シャルがゲートをくぐり消えた後、アルデリアは一人呟く。

「まったく柄にもなかったか」

 シャルは気づいていなかったが、アルデリアは悪人ではないが、そこまで親切でも優しくもない。だが、この3年間のアルデリアは本来の彼女にしては、過剰なまでの優しさと徹底ぶりだった。普段の彼女ならば秘伝も一回見せて、勝手に覚えろ。で終わりである。

 しかし、シャルに対しては一から十まで、手取り足取り丁寧に教え、己の大半の時間を修行と世話に費やした。

 それにシャルは最後まで知らなかったが、毎回シャルが修行で疲労困憊やズタボロの時に与えられていた薬と魔力増強に必要だと定期的にもらっていた薬は、シャルの世界では目玉が飛び出るほど高価で貴重な霊薬だったりする。


 アルデリアは3年前、シャルが言った言葉を思い返す。


(俺にとってはそんなことじゃないです!俺は全てを失った。恋人も男の誇りも!このまま忘れてへらへら笑って生きていくなんてできない!俺は死んで生きていきたくない!だから、だから!あの奪って当然という顔をしたあの男に一矢報いたい!エレナは無理だとわかってる。でも、誇りだけは!誇りだけは失いたくない!)


 アルデリアは複雑な笑みを浮かべる。

「・・・ふん、状況こそ違えど、あの時のお主と全く同じことを言いよるとは。これも縁かのう?あれはお主の代わりにもならないし、あれが救われても、あの時は何もしなかった、できなかったこの愚かな義姉の罪は消えるわけでもないのにの」

 その寂しげな呟きは風と共に消えた。


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