9舞台が整いました
気が付くと、俺は河原に寝転んでいた。
この景色は覚えがある。ここは死の山だ。見上げると3年前に落ちた崖の面影がある。ここはその下あたりだ。どうやら、例の霧はもう晴れていた。
一瞬、今までの体験は俺が気絶している間に見た夢なのではとぼんやりと思ったが、右手に何かがふれた。
そこにあったのは3年前使っていた俺のロングソードではなく、師匠から贈られた柄から刀身まで漆黒で彩られた剣だった。・・・よかった夢ではなかったんだ。
同時に気が付く己の中に秘めた力を。3年前にはない、3年間鍛えた力が己の内にあることを。
とりあえず、河原の水で少し寝ぼけた顔を洗い、気持ちをしゃっきりさせたところで、手ごろな岩に腰をおろしてこれからのことを考える。
さて、まずはどうしたもんかな・・・って、3年くらいいなかったんだよな。俺。師匠は少し時間はずれているとっていたが、1年くらいは経っているかもしれない。
ひとまずはギルドに戻って、現在の情報収集と実家に戻って無事を知らせることの2点だろうか。
実家については冒険者の仕事で急に長期間居なくなることはあったが、流石に1年以上はなかった。相当心配かけているだろうな。
というか、こんなに長期間不在だったんだ。もしかして冒険者の資格は剥奪されている可能性もあるな。まぁ、その時はその時考えるか。
結局行き当たりばったりでいこうぜ、というお粗末な結論を出して、俺は山を下り、懐かしきホームであるギルドに向かって歩いて行った。
んでもって、懐かしき町に戻り、一直線にギルドに向かい、ホームに辿り着いた。
俺は年季の入った両開きのドアを開け、中に入る。
中は酒場のような渋めな内装で、広めの空間には丸テーブルがいくつも並び、奥には受付のカウンター、壁には数多の依頼書が張られている。はは、昔の光景そのまんまだ。
時間が日中で、冒険者が仕事で出払っているということもあって、閑散としているが、まだ何名か冒険者たちがあちらこちらで喧々囂々と話をしている。
その奥のカウンターには以前と変わらない姿で帳簿とにらめっこしている受付のお姉さんがいた。懐かしい。俺が駆け出しの頃から世話になっているお姉さんだ。もう俺のことを忘れているかもしれないが・・・まずは今俺はどういう状態なのか聞いて、それから動きを決めよう。
「すいませーん」
「いらっしゃー・・・ってシャルさん!?」
「うぉう!?」
受付のお姉さんが絶叫に近い声を発する。冒険者たちの眼が一斉に俺を向く。
「シャルさん!シャルさんですよね!?」
「は、はい!シャル=ハイデッガーです」
物凄い圧と眼光で俺をにらむお姉さん。受付のお姉さんは眼に涙を浮かべ、一息吸うと怒鳴り声をあげた。
「3カ月も一体何していたんですかー!!!!」
え?3か月?
「は?さ、3か月?まじで?」
「そうですよ!シャルさん。死の山に行ってから一切連絡ないまま、行方不明で・・・もう死んだのかと」
3年じゃないのか。確かに師匠は時間がずれていると言っていたけど、まだ、こちらでは3カ月足らずしか経っていなかったのか・・・と思っていたらいきなり頭をはたかれた。
「いった。誰だよって・・・アゴヒゲ?」
「そうだよ。アゴヒゲさんだよ。よぉ久しぶりだなシャルゥ?生きてたんだな。お前」
俺をはたいて絡んできたのは昔からの顔なじみだ。俺より年は2つ上。目つきが悪い、見た目チンピラ、中身も結構チンピラ、だが、顎の髭だけは立派な冒険者、通称アゴヒゲである。態度と口調は乱暴でチンピラのくせに、何故か人望と実力はある男だ。
「で、シャルよー。何して生きていたか知らねーけど。まず受付のねーちゃんに一言謝っておけよ」
そのチンピラにいきなり説教を受けた。
「え?」
「え?じゃねーよ!馬鹿!受付のねーちゃん。お前の様子がおかしいのに死の山の依頼振っちまったせいでシャルに何かあったんだって、滅茶苦茶自分を責めてたんだぜ」
「あ・・え・・・?」
見ると、受付のお姉さんはぐずぐずと半べそをかいて「無事でよかったぁ」と呟いていた。
・・・大勢いる客の一人だし、俺のこと忘れてるんだろうなーなんて間抜けなことを思っていたのが恥ずかしい。こんなにも心配させていたなんて。
「本当にすみませんでしたぁ!俺のせいなのに、そんなご迷惑と心配をおかけして!本当に申し訳ありません!」
俺はためらうことなく、ひれ伏して頭を下げた。師匠とのやり取りで学んだスムーズな謝罪の仕草。3年伝説の戦姫の弟子となって必死に修行をし、元の世界で最初に披露することとなった成果が、土下座とは・・・。情けなくて涙が出る。ちなみにアゴヒゲの奴は「ぎゃはは!何その格好いい土下座!」と爆笑している。くそぅ。師匠に知られたらぶん殴られそうな醜態である。
「いえいえ、いいんですよ。無事に帰ってきてくれただけでも。ほら、頭上げてくださいって、ねぇ!?お願いですから!?」
受付のお姉さんは器が大きいのか、あっさりこんな俺を許してくれた。もう女神じゃないの?この人。
「それでさっきの質問ですが、3カ月もの間何してたんですか?しかも、何か少し体つきも大きくなって大人びてません?」
この質問にはなんて答えたらいいのか。うーん、廃棄世界に行って神話時代の戦姫に弟子入りして3年過ごしましたからです♪なんて言っても信じてもらえんだろうな。
とりあえず「俺は霧に巻き込まれたら、訳の分からない場所に迷い、たまたま親切な人に出会って、何とかサバイバルして帰ってきた。大人びたのはわからない。特別な力のせいかも?ただ偶然入ったので、そこにもう一度行こうにも行き方がわからない」という半分本当半分嘘なふんわりな説明をした。
それだけじゃ、信じてもらえないと思い、向こうの世界からこちらの世界での換金用に持って帰ってきたいくつかの高ランクモンスターの素材の一つ、タイラントリザードの鱗を見せてみた。
「とりあえず、証拠といってもこれくらいですかね」
それを見ると、受付のお姉さんはさっきの泣き顔はどこへやら。ぽかんとし、次第に興奮した顔で盛り上がり始めた。
「うわ、タ、タイラントリザードの鱗ぉ!?初めて見ましたよ。す、すごい」
「といっても、転がっていたのを剥いだだけで、倒してはいないんですけどね」
倒したのは師匠なので、嘘ではない。
「タイラントリザードなんてこの辺りには絶対いないですからね。なるほど、わかりました。それにしてもすごいですね死の山で3か月生き抜くなんて」
「ええ・・・それはもう必死でしたよ」
ええ、本当に大変でしたとも。しかも3か月ではなく3年間ですからねー。
その後、鱗は買取ということになり、とパタパタとお姉さんが査定と換金のために部屋の奥へ慌ただしく走っていった。
よかった、不在の理由を信じもらえたかと胸を撫で下ろしていると、いつの間にやら他の冒険者達が俺の周りに寄ってきていた。
「おいおい!タイラントリザードってまじかよ!」「お前、もってんな!」「いや、スゲーよ!その話俺らにも聞かせてくれよ」
と皆からもみくちゃにされまくった。なんとか宥めた俺はこの3カ月の間の出来事や勇者のことを聞くべく、アゴヒゲと他の顔なじみの仲間達に話を聞いてみることにした。
「勇者ねー」
当の勇者の名前を出した途端。全員の顔が不快気に歪んだ。
「ん?勇者がどうかしたのか?」
「いやな。魔王倒した勇者ってことで英雄っちゃ、英雄なんだろうけどな」
「ああ、あいつ。気に入らねーよ」
「そうだよな。あいつ、良い顔しているけど、明らかに冒険者である俺らを見下しているしな。腹立つわ」
口々に勇者に対する愚痴を言うみんな。どうやら、ルックスとその強さで大衆の人気はあるようだが、傲慢と侮蔑が滲み出る不愉快な言動や態度のせいで一定の連中、特に冒険者からは嫌われているようだ。納得。
「しかも、そんな奴なのに美人達がたくさん惚れているのが許せねーよ!」
「そのくせ、爆乳金髪ねーちゃんや、赤髪のかっこいいねーちゃんに、銀髪美少女と綺麗どころばっか!今じゃ王都で大きな屋敷買ってそこでみんなを囲って暮してるんだとよ!」
「しかも女好きでな。訓練や相談とかいう名目で他の大勢の女といちゃついてるんだと!どいつもこいつも飽きもせず勇者様勇者様って、そんなに英雄様がいいんですかねー?」
「なんでも、かっこよすぎて、優しくて、強いから他の男が霞んで見えるんだとよ。しかも、勇者様は魔王討伐して、一生遊んで暮らせるくらいの大金持ちだって話だぜ。あぁ!俺もイケメンで金さえあればなー!」
みんなが口々にあげる嫉妬の声を聞いて俺のイラつきは増してきた。は?なんだそれ?あの野郎。付き合っているのはエレナだけじゃないのか?他の女性にも手を出しているだと?
「そういや、勇者って今度開催される国の武術大会に出るんだってさ」
「おい、まじかよ。優勝決まったようなもんじゃん。あいつむかつくけど腕はたつしな」
「でも、勇者様と戦えるってことで、結構出場者いるみたいだぜ」
勇者にイラついている中、気が付くとアゴヒゲ達は別の会話をしていた。ん?大会?
「それ、ちょっと詳しく聞かせてくれないか?」
「お、おお」
話をまとめると、どうやら半月後に王都にある国の闘技場で武術大会が開催されるらしい。武器や拳を使った大会で純粋な攻撃魔法は使用禁止だが、強化や武器を使った術など一定の魔法は使用可能。今回はそこに勇者がゲストとして登場して、勇者の強さを皆にデモンストレーションするらしい。実質、出場者は当て馬だが、勇者の実力を目の当たりにしたい、強者と戦いたいと応募はそこそこいるとのこと。
ははは、そうか、あいつが出てくるのか。俺は思わずほくそ笑む。なんて幸運だ。師匠の言うとおりもっているのかな俺は。早速そんな話を聞けるなんて。
正々堂々戦える場で大勢の観衆が見守る舞台。はっ!あのくそ野郎にリベンジするには最高の舞台じゃないか!
俺はアゴヒゲ達に丁寧に礼を言って迷うことなく大会に申し込みを行う・・・前に大事なことがあった!
俺は母親に無事を報告すべく、慌てて実家に帰る馬車を探しに走った。
とりあえず、母親には涙目で無事でよかったと喜ばれた後、お説教を受け、またもや頭を下げる羽目になった。
補足:ちなみにシャルのギルド内の立場は、「平均10年でなれるC級に6年でなれた若くて優秀な冒険者」です。勇者には雑魚扱いされていましたが、冒険者としては優秀で、本人が思っている以上に、ギルド職員と一部の冒険者から注目されています。基本ソロで動いていますが、助っ人に呼ばれたりして、知り合いは多いです。