とある錬金術師に捧げる世界終末
今にも雨が降りそうだった。
教団の脅威となる可能性が高いというとある指輪を草薙煉という少女から奪取しろと言う命令を教主から受けて、早二日。
事前に教団の構成員が調べた情報によると、草薙煉という少女は夏休みを利用して各地を旅して回る計画を立てているらしい。
そして、彼女が初めに訪れるらしいと伝えられて赴いた随分と寂れた海に囲まれた街で、自分はいまだに彼女を発見できていなかった。
少なくともこの街にいることは確からしいが、それ以上の情報が掴めなかったらしい。
うちの構成員はもう少し出来がいいと思っていたのだが、案外無能なのかもしれない。
一般人の少女の旅先しかわからず、宿泊先すら調べられないとは。
しかし、その少女は教団の脅威となる代物を所持しているらしいので、ひょっとしたら徒人ではないのかもしれない。
少女の顔写真と今回のターゲットである指輪の画像はあらかじめ共有されていたので、あちこち歩き回って写真の少女を探してはみたが、一向に見つからない。
実は少女はもうすでにこの街から立ち去ってしまったのではないだろうか。
そんなことを考えつつ、ふらりと浜辺に訪れてみた。
浜辺はがらんとしていた、どうもこの後嵐が来るらしく、まともな感性を持った人間はすでに水場から離れてしまったのだろう。
だから誰もいないかと思いきや、砂浜に人影が一つだけあった。
小柄に見える体格から察するにおそらく女だろう。
彼女はこちらに気付かないまま、背を向けて立っている。
彼女が身に纏っている赤と黒のグラデーションのパーカーはまるで頭から血を浴びたような配色で、どこか不気味だ。
左腕には黒いアームカバーをつけているが、右腕は何故か白い肌が剥き出しになっていた。
そちら側の手首には黒と赤と青が揺らめく大きな石がついたブレスレットが嵌められているが、左の方には装飾品の類は身につけていないようだ。
彼女はぼうっと暗い色の海をただ見つめているようだった。
少し不気味だと思ったが、それだけだった、きっとただの観光客だろう。
そう思って後ろを通り過ぎようとしたその時、大きな波が浜辺に押し寄せてきた。
「おわーー!!?」
パーカーの女が不気味さとは一切無縁の間抜けな声をあげながら慌てた様子でこちらに気付かず後ろに下がってきた。
ぶつかりかけたがすんでのところで回避する、ぶつかりそうになった頃になってようやくこちらの存在に気付いた女が慌てた様子で自分を避けようとして、大きくバランスを崩した。
結果、女は転倒した。
ギリギリ波が押し寄せていない場所に倒れ込んだようだが、服はきっと砂まみれになってしまっただろう。
「いった…………す、すみません、人がいるとは思ってもなくて……お怪我はございませんか……?」
派手に転んだのはそちらのくせに、何故かこちらが気遣われた。
「いや、問題ない。こちらこそすまない。立てるか?」
「大丈夫です。いやーお恥ずかしい……」
立ち上がった彼女は服についた砂を手で叩いて落とすが、なかなか落ちないようで「あー」とか「うえー」だの小さく呻いている。
そしてどうやら諦めたらしく、小さく溜息を吐いて手を止めた。
「えーと、ごめんなさい。こちらも特に怪我とかしてないのでご心配なさらず……もうすぐ嵐が来るそうなので、そろそろここから離れた方がいいですよ?」
「そういうお前は……」
そこでようやくその女の顔をまともに見た。
若い女だった、服装にはあまり似合わない地味な顔つきの、どこにでもいそうな普通の少女。
長い髪を耳の下あたりで二つ結びにしている。二つ結びにしているヘアゴムにはカラフルな色の石がそれぞれ三つずつ付いていた。
その顔をどこかで見たことがあった気がして記憶を辿ろうとした時に、その少女の胸元で小さく揺らめく輝きに気付いた。
シルバーの鎖に通された指輪、教主から渡された資料にあったそれと全く同じもの。
そしてその顔をどこで見たのかも同時に思い出す、そうだこの少女は――
「ああ、こんなところにいたのか」
共有された画像に写っていた制服姿とは随分と雰囲気が違ったのですぐに気付けなかったが、今目の前にいる少女は間違えなく、あの画像の少女だった。
「はい?」
少女は困惑しているようだった。
その様子はどこにでもいる普通の少女でしかない。
今から自分はこの少女が大切にしているであろうものを、奪う。
ポツリポツリと雨音が聞こえてくる、とうとう降りはじめてしまったらしい。
どうせこの後の結末は変わらない、であれば雨が酷くなるうちに済ませた方が互いのためだろう。
「草薙煉だな?」
「へ……? 何故私の名前を? ……どこかで会ったこと……ないですよね?」
「ない」
断言すると不穏な雰囲気を感じ取ったらしい少女の顔が少しだけこわばった。
「えー……じゃあ義姉さん達かうちの幼馴染のどっちかに恨みがある人だったりします? 私がいうのもなんですけど、私を狙うのは悪手かと。多分死んだ方がマシな目に遭わされちゃいますよ」
そう言って少女は薄く笑う、先ほどまでの困惑の表情はすでに少女の顔からは消えていた。
見た目にそぐわず荒事に慣れているのかもしれない、だとしたら厄介だ。
「いや、お前の知人とは特に何も」
「はあ……では、私に何か?」
「その指輪」
少女が首から下げているそれに指を指すと、少女は「は?」と少しだけ間の抜けた声を上げた。
「おとなしくそれを渡せば手荒なことは何もしない」
「……嫌だと言ったら?」
「少々痛い目にあってもらう」
そう言うと、少女は「うーん」と思い悩む仕草をした。
「これ、そこそこ大事なやつなんですよね。一番大事ってわけじゃないですけど、まあまあ思い出の詰まった懐かしの品……的な?」
「一番ではないもののために痛い目を見たいのか?」
少女の顔をまっすぐ見つめると、少女は小さく呻いて、それから諦めるように溜息を吐いた。
「……仕方ありませんね。わかりましたよ。これから長旅なんです、余計なトラブルと怪我は避けたい……はあ〜、これを手放すのは惜しいですけど、意地を張っても仕方がない。わかりましたよ、お譲りします。ですのでどうか……」
「賢明な判断だ」
手を差し出すと、少女はまだ諦め切れないのか、物惜しそうな顔のまま、鎖に手をかける。
思いの外抵抗されずに済んでよかった、いくら任務だからとはいえ、こんな如何にも弱そうな極々普通の少女を痛めつけるのは気が引ける。
そう思った直後に、浜辺にやかましい叫び声が響いた。
世界滅亡の危機に二回も立ち会った錬金術師のその後の話(https://ncode.syosetu.com/n8759il/)を頭から書いた場合の一話。
ツイッターにあげていたものの再掲。
まとめ↓
https://togetter.com/li/2245667




