表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
始終無シ  作者: 朝霧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/66

右無しと竜の里

 私は17歳の誕生日である本日、生贄として竜に喰い殺される。

 この国には何百年も前から風の竜が住んでいて、国を荒らさないと約束させる代わりに五十年に一度、清らかな乙女の肉を食料として捧げることになっているのだ。

 ちなみにとても残虐な竜であり、毎回毎回生贄となった乙女を生きたまま踊り食いするらしい。

 その生贄として今回選ばれたのが、一応は貴族の令嬢であるこの私だった。

 それがわかったのが、14歳の誕生日。

 余命幾ばくもないことを理解した私は、17歳の誕生日に大人しく食い殺される条件として、それまでの期間、好きに生きていいという約束を取り付けた。

 欲しいものは、全て手に入れた。

 高級な菓子、話題の書物、それから、世界中の蝶の標本。

 勉強は14歳の誕生日からしていない。教養やマナーその他など、貴族の令嬢が本来なら身につけるべきそれらの教育を受けることを私は拒んだ。

 だって、そんなものを身につけてもどうせ死ぬのだから無用の産物となる、それなら自分にとって楽しいことをしている方がよほど有意義だ。

 生まれつき我儘だった妹は散々いびってやった、14歳までは妹だからと甘やかしてやったがあちらの方がよほど長生きするのだから、17歳で死んでしまう私がわざわざ妹の我儘に付き合ってあげる義務も意味もない。

 生まれて初めて妹の頬を叩いたあの時に感じた身体の熱と、脳が揺さぶられるような高揚を今でも覚えている。

 どうせ17歳までしか生きられないのだから、好きに生きさせてくださいな。

 よかったでちゅねえ? お前の言いなりにならない都合の悪い意地悪な姉はあと三年足らずでいなくなりまちゅよ? うれちいでちゅか?

 なんて言葉を免罪符に、三年間やりたい放題やらせてもらった。

 私は、殺される。

 後悔はなるべく残さずに生きたつもりだ。

 食べたいものは食べた、ほしかったものは手に入れた、それを単なる我儘や優越感で邪魔しようとする妹は基本的には言葉だけでねじ伏せた、たまに殴る蹴るなどの暴力は加えたけれど最低限に留めたつもりだ。

 今思うと、別荘と数人の使用人を用意してもらってそちらで生活すればよかったとも思ったが、今更思いついても仕方がない。

 家族のことは好きではない、特に妹は大嫌いなのでいっそ離れて過ごせばこの三年間は何倍も楽しかったのかもしれない。

 そう思うとなんだか悔しいけどすでに後の祭りだ。

 あと残る後悔は、好きな小説を結末まで見届けられなかったことくらいだろう。

 こればかりはどうしようもないので諦める。

 この三年で手に入れたコレクション達は全て信頼できるコレクター達に引き取ってもらった、家に残せば妹が好き勝手扱うだろうと思ったので、それだけは自分の手でしっかりと行った。

 あの美しいものたちはあの我儘で実はがさつな娘に相応しくないのだ、絶対壊す。

 私が死んだら普通に自分のものになると思い込んでいたらしい妹は泣き喚いて癇癪を起こしていた。

 むしろ何故私がお前に何かを残すと思ったのかと小一時間ほど問い詰めてみようかと思ったけれど、どう考えても時間の無駄でしかないのでやめておいた。

 コレクションは全て手放し、それ以外の私物は全て処分した。

 私が生きていた痕跡をあの家からなるべく消した。

 そうして今、生贄用の薄くて白いドレスを着て、竜の住処である深い崖の上に立たされている。

 近くには誰もいないが、私が逃げないように国からの使者が遠巻きで私の監視を行なっている。

 もう少しで刻限だ、竜が私を喰らいにくるのは陽が完全に沈んだその時だ。

 死ぬことは怖くない。

 というか17歳に死ぬからと散々好き勝手させてもらったので、逆に生き残ってしまったらどうしようという不安の方が強い。

 陽が沈むまであと何分だろうか? ちゃんと死ぬんだよね私。

 竜が来なかったら身投げして死ぬしかないけど、飛び降りる度胸が自分にあるかと問われると正直自信がない。

 死ぬことよりもいざとなったらここから飛び降りなければならないという心労のせいで胃が痛い、どうしよう自分高所恐怖症なのに。

 崖の下を覗き込むだけで胃がキリキリ痛む、これなら海とか川とか湖に落とされた方がずっとずっとマシだ。

 だけど飛び降りた方が痛くないはだろう、どうせ死ぬならより痛みが少ない死に方をした方がいいんじゃないだろうか。

 そうは思ったけど、それで竜に暴れられても困る、この国には私のコレクションを託した人々と私の好きな小説の作家様達が住んでいるのだから。

 だから、大人しく陽が落ちるのを待とう。

 オレンジ色の太陽の光は、もうほとんど消えかけている。

 ああ、本当に死ぬのだろうかと目を閉じて深呼吸。

 それを五回繰り返して、強く風が吹いたのを感じた。

 目を開く。

 陽は完全に落ちていた。

 空はまだ明るいが、太陽は完全に見えなくなった。

 生贄である私の目の前に、『竜』がとうとう姿を現した。

 想像していたのは物語の挿絵に描かれているような、強靭な翼を持つ蜥蜴に似た生き物だったのだけど、実際は少し違った。

 強靭そうな翼は生えていて、姿も蜥蜴によく似ているが、形は人間に近かった。

 挿絵の竜と人間の中間のようなその姿を見て、自分の頬がひくりと引きつったのを感じた。

 ギョロリとした目玉が私の顔を、剥き出しになった手足を、そして薄いドレスで包まれた私の腹を見る。

 ――怖い。

 竜は生贄である私の顔を見下ろしてニタリと醜悪な笑みを浮かべた後、おそらく私の様子を監視していた国の使者達に向けて声を上げた。

 朗々とした張りのある声だったが、なんと言っているのかそれを理解する余裕は私にはなかった。

 まだ間に合うと私の中の本能が叫ぶ、今すぐここから飛び降りて死ねば、まだまともに死ねる。

 もう何もかもどうでもいい、急げ急げ急げ。

 目の前に何か尖った鋭いものが現れて――

 濁った悲鳴が喉から上がる、笑い声がすぐ近くから聞こえて来る。

 右目を竜の鋭い爪先で抉り取られたのだという事実を理解するまで、少し時間がかかった。

 どうしようどうしよう、思っていたよりも痛いし、この先もっと痛い目に遭う。

 ちくしょうこんなことならもっと贅沢すればよかった、これじゃあ割りに合わない。

 いつの間にか固い地面に押し倒されていた、竜の長い舌が空になった右の眼窩を舐め回す。

 悲鳴を上げ続けているせいで息がよくできない、いっそ気を失うか死んでしまえたらよかったのだけど、意外と頑丈な自分の身体はそれを許してくれなかった。

 薄いドレスがビリビリに破かれたのを感じた、何をされるのか理解した本能がそれを拒もうと私の全身を暴れさせた。

 だけど、それは無駄な抵抗だった。

 右脚から何かとんでもない音が響くと同時に激痛が。

 悲鳴を上げながらかろうじて自分の脚に目を向けると、なんとぐちゃりと握り潰されていた。

 ちょうど脹脛のところで握り潰されたらしく、握られた部分からは血が溢れ砕けた骨らしきものが滅茶苦茶に飛び出している。

 いみがわからない。

 右腕に冷たい何かが、ぶちんと音が聞こえた。

 肘、肘のところで引きちぎられた、え? なにこれ?

 竜が私の右手をおいしそうに食べている、悲鳴はもう上がらない、代わりに引きつった荒い息だけが口から漏れる。

 殺して、もう殺してください。

 どうか頼む、痛くていたくてしかたがないの。

 なんだかとても大きな音が聞こえて、りゅうのからだがふっとんだ。

 なに? なに? いたい、くるしい、もういや。

 おおきなこえはだれのもの? りゅう、それともくにのししゃ?

 しぬ、しね、しね、しね、しね。

 なにがあったのかわからないけど、りゅうがいなくなったいまなら、とびおりてしねる。

 あおむけになっていたからだをなんとかひっくりかえして、がけのはしまではいつくばう。

 からだのみぎがわがこわれているからじかんがかかったし、すごくすごくいたかったけど、がんばった。

 ひだりてががけのはしをつかんだ、あとすこし、あとすこしだけいれれば、ほら。

 とおくにじめんがみえる、これだけのたかさならよゆうでしねる、もうこわくない。

 せーの。

 やった、おちた、おちた、おちた。

 なんかくろいのが。


 ぼんやりと視界に映ったのは、見覚えのない白い天井だった。

 自分はどうも寝台の上に寝かせられているらしい。

 ここはどこだ、地獄にしてはやけに小綺麗だ。

 だからといって天国というのはありえない、ひょっとして煉獄だろうか?

 実際にあの世を知る者が実在したわけじゃないし、天国も煉獄も地獄も人の想像で描かれたあの世だから、想像と違っても何もおかしくはないか。

 そう考えながら起き上がろうとして失敗した。

 右腕を上げると、肘までの長さしかない。

 左手で薄い毛布を退けると、右足は脹脛のところで途切れている。

 どちらも何故か切断面に清潔な包帯が巻かれている。

 そういえば、視界もいつもより狭い。

 左手で右目というか右目があったところに触れると、そこには眼帯らしきものが当てられていた。

「意味わかんないな、あの世……」

 死んだ直前の姿が反映されているとするなら地面に叩きつけられた傷がないのはおかしいし、傷がなくてもいいのであれば手足と右目がなくなっている意味がわからない。

 しかも、より不気味なことに痛みは一切感じなかった。

 無事な左腕を支えに身体を起こす、身体の右側が妙に軽いせいで少し時間がかかってしまった。

 起き上がって、改めて周囲を見渡す。

 そこは簡素な部屋だった、自分が今寝ていた寝台と極少数の家具しか置かれていなくて、狭い。

 だけれど妙に小綺麗な部屋だった。

 寝台から数歩進んだところに小洒落た感じの扉があった。

 寝台から降りれば三、四歩で届きそうな距離だけど、今の自分だとあそこにたどり着くまでどれだけ時間がかかるだろうか?

 ひとまず寝台から降りてみることにした。

 まず一度体を倒して、体を反転させうつ伏せに。

 左手と左足を床に下ろしてゆっくり身体を下ろす。

 失敗して無様に床に落下、片手片足がすでに床についていたからそれほど大きな音は立たなかった。

 それでちょうど扉を背にうつ伏せに床に倒れている状態になった。

 あとは上手いこと這いつくばって、扉に向かえばいい。

 床でもう一度身体を反転させて、今度は仰向けに。

 左手で支えながら上半身を起こす、左脚と途中で途切れた右脚を後ろの方に持っていって今度は前のめりに上半身を下ろす。

 方向転換に成功した、右手は肘まで、左足は膝までの長さがあるから、這いつくばって動くだけならそれほど問題はなさそうだ。

 あとはドアまで四つん這いで進んで、ドアノブをつかんで引くだけだ。

 外に何があるか分からないから、その先も四つん這いで進む羽目になるかもしれないけれど。

 そうなったら、そのときはその時ということで。

 ひとまずは現状を把握するのが一番だ、最低限ここがどこであるのか、自分がどうなっているのかがわかれば良いのだけれど。

 そう思いながら一歩前進したところで、扉がひとりでに開いた。

 何事だろうと顔を上げると、向こう側から扉を開いたらしき見知らぬ少女が床に這いつくばう私を見下ろして目を白黒とさせていた。


 扉を開いたのは背中まで伸びた艶やかな黒髪が美しい少女だった。

 肌は不安になるくらい白いくせに、何故か不健康という印象がないのが不思議な少女だった。

 見たことのない形容し難き色の大きな瞳が、おそらく床に這う私のせいで困惑に染まっていた。

「ええと……そこの見知らぬお嬢さま……ここは一体どこでしょうか?」

 にへらと自分でもよくわからない笑顔を浮かべながら少女に問いかけた。

 少女は数秒何も言わずに私を見下ろして、溜息を吐いた。

「言いたいことは色々とあるが……ひとまずあまり動いてくれるな。傷は塞いだがいつ開いてもおかしくない状況だ」

 溜息まじりにそう言った声に、今度はこちらが目を見開いた。

 それは少女のものではなく、どう聞いても男の声にしか聞こえなかったのだ。

 その顔をもう一度よく見上げて、少女らしき人物の後ろに誰か別の人物がいるかどうかを確認した。

 しかし少女らしき人物の後ろには誰もいない、つまり今の声は目の前のこの少女らしき人物のもので間違いないようだ。

「…………ええと、その……ごめんなさい?」

 何に対する謝罪なのか自分でもよくわからない、とりあえずお嬢さまって呼んだことを怒っていないといいな。

「謝らんでいい。……全く……年頃の少女が床を這うな。何故おとなしくしていなかった」

「いやですね……ここがどこだかさっぱりわからないし、右腕も右脚もこんなだからまともに動けなくて……ええと、それでここどこでしょうか? いわゆるあの世だということは理解しているのですが……地獄にしては小綺麗ですね、ここ。ひょっとして煉獄ですか? 煉獄にしても綺麗ですけど」

 自分の所業を思い起こすと天国というのは確実に有り得ないので、そんな質問を投げかけてみる。

 少女だと思っていた人物は私の顔をしばらく見つめたあと、深々と溜息をついた。

「……お主は死んでないよ」

「死にましたよ。だって右目を抉られて右腕と右脚千切られた後、ちゃんと崖から落ちましたもの。確実に死んでいるはずです」

 戯言を、と思いながらそう返す。

 だってちゃんと飛び降りた、地面は遥か遠くに存在していた、生きているわけがない。

「ああ、落ちていたな。錯乱して落ちたのかと思ったが意識がまだ残っていたのか……重ねていうがお主は死んでおらんよ。地に叩きつけられる前に我が拾い上げた。手脚もその目も出来る限り治療したが……それが限界だった。すまぬ」

「…………はあ?」

 生きてる? 死んでない? じゃあここはどこでこの人はどちら様?

 この人の言葉を信用するのなら、この人は所謂私の命の恩人ということになる。

 だけど何故助けた? 知り合いでもない見ず知らずの女を何故?

 というか全体的に何がどうなったのかよくわからない。

 あの竜はどうなった? 故郷はどうなった?

 家族はわりかしどうでもいいけど、コレクターの皆様や作家の方々はどうなった? ちゃんと生きてる?

 知るべきことは山積みだった、さて何から問いかけるべきなのかと頭を悩ませていたらぱちんと小さな音が。

「……!!?」

 その音を耳にした直後に身体がふわりと浮き上がった。

 ふよふよと私の身体は私自身には制御不能な状態で漂い、ベッドの上にぱふりと着地した。

「う、うわ……今のはあなたの魔術ですか……?」

「まあ、な。怪我人をいつまでも床に這わせておくわけにはいかないからな。色々と聞きたいことはあると思うがまずはこちらの質問に答えてもらうぞ」

 少女だと思っていた人物はベッドに近寄って、そしてわざわざ蹲み込んんで私と視線を合わせてきた。

「は、はい……なんでしょうか」

「まず……身体の具合はどうだ?」

「……痛くは、ないです。右の目と腕と脚がないのでまともには動けそうにないですけど……なんで痛くないんだろ……」

「……痛みがないのは痛み止めが効いているからだ。そうでなければ今頃痛みでのたうちまわっていただろうな。先程も言ったがいつ傷が開いてもおかしくない状態だ、もう無闇矢鱈と身動きをとるなよ」

「はあ……痛み止め、ですか」

「ただの人の子にはちと強すぎるものなのだが、お主があまりにも痛がるものだから仕方なく使った。目眩や異様な眠気、倦怠感その他症状があれば素直に言え」

「……ないです」

「ならよい。こちらの質問はひとまず終わりだ。さて、何から知りたい?」

 少女だと思っていた人物はこちらの目を大きな瞳でじいっと見つめる。

 居心地の悪さを感じながら、私は口を開く。

「…………風の竜は、どうなりました?」

 迷った末にまずそれを聞いてみることにした。

「安心しろ。あれは我が殺した」

「ころ……殺した? あの竜を? 国中の英雄が束になっても勝てずに結局大人しく生贄を捧げることで鎮めてきたあの竜を? どうやって、っていうか、どうして……?」

 もしも言っていることが冗談や嘘でなく本当のことだというのなら、この人はとんでもなくお強いのでは?

「あの下衆がお主に気を取られているうちに強襲した。殺したのは同族の恥だったからだ」

「つまりは不意打ち…………えっと、今なんと?」

 自分の顔が思い切り引きつったのがわかった、聞き間違えでなければこの人、今『同族』って言った?

「……同族の恥、と言った」

「どうぞく……? 同族、って…………えっと……ひょっとして、竜……?」

 右手で指差そうとしたけどもう手がないんだった、中途半端に途切れた腕の先を向けられたその人というか竜 (?)は首を縦に振った。

「え……でもどう見ても人間……風の竜みたいに鱗とか羽ないし……」

「ならば、これを見れば信じるか?」

 そう言った彼の背中からどちらかというと蝙蝠のそれに似たいかにも強靭そうな翼がバサリと生えてきた。

 ついでに両手がいつのまにか黒色の鱗に覆われていて、指先は鍵爪のような形に変化していた。

「…………しんじます」

 そう言うと、竜の背に翼が引っ込み両手の鱗が消えて鉤爪も人間のものに置き換わった。

 どういう仕組みなんだろうか、多分変化系の魔術なんだろうけど。

「すまなかった、人の子よ。あれはすでに死んだものだと思っていたのだが……まさか生きてあのような凶行を続けていたとは……これは我らの不手際であり怠慢だ。死んだと決めつけずに探していれば、お主のような少女達があれの犠牲になることはなかった」

 少女でないどころか人間でもなかった竜はそう言って深々と頭を下げた。


「…………頭を上げてください。あなたは悪くないのですから。怠慢は寧ろ人間側にあるのでしょうし……抗うことをやめて犠牲を広げぬ為にと罪のない少女を見殺しにしてきたのは人間です。抗うどころか積極的にアレの存在を隠し続けるような愚行を犯した人間が全面的に悪いのですよ。もっと大々的に争い続けたりどっか別のところに救援でも送り続ければいずれはあなた達の耳に入っていたのでしょうし」

 この竜がうちの国の事情を知っていて今まで放置していたというのなら私が怒るのは筋が通るとは思うけど、どうも本当に何も知らなかったようなので別に怒りや憎しみの類は湧いてこなかった。

 というか本来頭を下げるのは自分の方だったのだと今更のように気付いて、私は頭を下げる。

「あ……ものすごい今更ですけど、助けていただきありがとうございます。助けていただいただけでなく、このような手厚い治療まで……」

 助けてもらったのは当然ありがたいんだけど、治療費が今から心配になってきた。

 どうしよう、自分今一文無しなのに。

 なんて考えていたら慌てたような声が降ってくる。

「……顔を上げよ。重ねて言うがお主のその傷は我らの怠慢によるもの」

「それでも、命を救ってもらったからには礼を言わねばなりません。礼を言うなと言われてもこちらが困ります」

 話の途中で割り込んでそう言うと、竜は押し黙った。

「……しかし」

「私は貴方とあの風の竜の間に何があったのかは存じ上げません、何やら事情があるようですが……それでもそんなこと、わたしには関係ないのです。過去に何があろうと貴方が私の命の恩人であることにかわりはないのですから。なので、本当にありがとうございました」

 そう言って更に深々と頭を下げて、ゆっくり顔を上げた。

 竜は困ったような顔で私の顔を見ていた。


 その顔を見ていたら、不意に目眩が。

「あ、れ……」

 思わず右手で顔を抑えようとしたけど、途中で肘から先がないことを思い出して動きを止める。

「! どうした? 痛むのか?」

「い、いえ……ちょっと目眩が……もうだいぶ楽になってきましたけど……」

 目眩は一時的な物だったらしい、それでもまだなんとなく身体と頭が重い。

「……やはりあの痛み止めは人の子には負担が……しかしあれ以外には」

 竜は何かをぶつぶつと呟やいている。

「あ、もう大丈夫なのでご心配なく……」

「大丈夫なわけがあるか。あちこち取られているのはもちろんのこと、かなりの血を失っておるのだぞ。その上で人の子には負担の強い薬を使っている……むしろ何故普通に動けて喋れるのだ?」

「……そんな状態なんですか?」

 ひょっとして自分って意外と体力がある方なのだろうかと考える、そんな自覚は今までなかったのだけど。

「先ほども言ったがまだ予断を許さぬ状態だ」

「……そうですか」

「それでだな……治療が完了するまでまだまだ時間がかかる見込みだ……申し訳ないが、しばらくの間ここに留まってもらうことになる。だが安心しろ、治療が終わり次第必ず親元に戻す」

「…………あー、そっか………………うわ、そうだった……」

 親元、つまりは私の実家。

 17歳で死ぬからと好き勝手やっていたあの家に、今更帰る、と。

 しかもこんな右側が欠けている状態で?

 端的に言って、お先真っ暗だ。

 なんで死に損なった私。

「なにか問題でも?」

「いえ…………なんでもないです」

 とはいえそれはこちらの問題だ、どうせ死ぬからと争いも抵抗もせず堕落の道を選んだのはこの私だ。

 そのツケが回ってきたに過ぎない。

「なんでもないという顔ではないな。何がか事情があるのなら申せ」

「……いやあ……そのですね…………私、17歳で死ぬことが確定してたので……それを知ったその時から『国の為におとなしく生贄として喰い殺されてやるからその代わりに言うことを聞け、でなければ今すぐこの首掻き切って死んでやる』って家族を脅して好き放題やりたい放題やってたので……特に大嫌いだった妹は虐めまくってましたし……今更生きて帰っても、疎まれるだけだな、と思って……本当に嫌われてましたからねえ……いやほんと、どうしましょうか?」

「……そ、それは…………そうか」

 竜はとても困ったような顔をした。

 そりゃあそうだと思う、私だって逆の立場だったら引いてると思うし。

「……こんな事をあなたに頼んでいいものかわかりませんが、傷が塞がるまで今後のことを少し考えさせてもらってもいいですか……家にはもう帰れないような状況なので……別のところに送ってもらえると助かります…………伝手がいくつかあるので……多分そちらに」

 コレクターやってた時に知り合った他のコレクターの方に頼れそうな人が何人かいるから、それで。

 学のない頭で必死に今後の人生計画を組み立てる。

 後がないと自殺しても個人的には問題がないのだけど、わざわざ助けてもらった命を簡単に捨てるべきではない。

 それはとても失礼な事だ、学がない上にどうしようもないクズの私でも、それくらいは分かってる。

 学がない上にクズだからこの先選べるものも少ないだろう、でもそれは私の怠惰が生んだものだから仕方がないと諦める。

 17歳で死ぬと分かっていたけれど、堕落しない道だって私にはあった。

 おとなしくて聞き分けの良い子でい続ける選択だって残っていた。寧ろ本当はそれだけしかなかったのだろう。

 それでも堕落と享楽を選んだのだから、そのツケはおとなしく払わなければみっともない。

 学がないならそれ相応の人生を、それで納得がいかないなら這いつくばってでも学を手に入れてのし上がるしかない。

「伝手があるとは言っても……それでも一度くらいは家族と顔を合わせたほうが良いのではないか?」

「……別れはすでに済んでいますし……多分向こうはもう顔も見たくないでしょうし……勘当されてるような状態ですので…………それでも最後のけじめに落ち着いたら手紙だけ送ります」

 本当はその手紙すら必要ないのかもしれない、あちらとしては私が生きているだけで不都合があるような状態なのだろうし。

 それでもまだ生きていると、こちらから金輪際関わることがないからそちらももう関わってくるなという一報は入れるべきだ。

 私の悪名が万が一轟いてしまえば向こうに多少迷惑が掛かるだろうけど、その程度なら目を瞑ってもらおう。

 多分、それくらいなら許してもらえるだろう。

 あちらとしてはいてもいなくてもこんな不都合な娘なんて死んでた方がマシだろうし、できることなら軟禁でもして一生人目に触れさせたくないような心境だろうけど。

 その程度のことをやらかした自覚はある、でも、そこまでされる謂れはないとも思う。

「お主がそれでよいというならそうするが…………家族に対する情などあったりせんのか?」

「ありませんね。私が生贄になると決まった時に悲しむでもなく怒るでもなく、妹の方じゃなくて良かったと真っ先に安心したような輩ですから」

 だからこそ、死ぬまでこき使おうと思ったわけだったので。

 あの瞬間に私から家族への情は一切消えたと言っていい。

 その程度にすら愛されていない上に都合よく使われていただけだということを私に勘付かせてしまったのはあちらの不手際だ、もっと上手に愛しているふりをしてくれれば私があそこまでやる必要はなかっただろうに。

「それは…………そうか、わかった。治療が終わったらお主が望む場所に送ろう。あちらにも話は通しておく」

「ありがとうございます……ところで今更で申し訳ないのですが、ここってどこですか?」

 そう問いかけると、竜はあっけらかんとこう言った。

「ここは竜の里だ」

 結構前に書いた生贄モノの話。

 最終的に主人公は竜(女王の弟)と添い遂げるし竜は真名を身内にしか明かさないので主人公は他の竜から右無し様とか呼ばれ始めるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ