時計の煮込み
世間では時計の煮込み料理が流行っている。
どんな時計でもいい、それを水やら醤油やらみりんやら砂糖やらをぶち込んだ鍋で煮込んで食するのだ。
その時計の煮込みを食べると食べた人間は時計を煮込んだだけの時間だけ時を進むか戻ることができる。
だけど進むか戻るかは食べてみないとわからない。
「――本当に食べるんですか?」
「ええ、いただきます」
時計の煮込み専門店で私はその時計の煮込みと向き合った。
煮込まれた時間は3年。
3年戻るか、3年進むか。
これを食べれば体の状態も記憶も、私の体を構成する何もかもが三年前、もしくは三年後のものとなる。
戻った場合は手元の手帳にすべてのことが記されている。
どうか、過去の私が今の私と同じ失敗をしませんように。
進んでしまった場合は仕方ないだろう。
進んでしまった場合は私は時計の煮込みを食べなかった未来の私と擦り変わる。
どうか、未来の私が今よりも賢く生きられる人間である事を祈るばかりだ。
ちっちゃなコインサイズの懐中時計を箸でつまんで、それを口の中に放り込んだ。
そして、私の意識は消えた。
「――あらあら、ハズレだったみたいですねえ」
3年ものの時計の煮込みを口にした直後、その客の姿が一瞬消失した。
そして現れたのは骨だった。
「3年進んでしまったらしい、事故なのか自殺なのかは知りませんが、どうやら3年後にはお亡くなりになられていたご様子で……」
専門店の店員はやれやれと肩をすくめて骨を片付け始めた。
慣れた手つきなのは仕方がないだろう、なんせ――。
「――半分はこうなるの、本当にどうかしてほしいですねえ」
ここは時計の煮込みの専門店。
人生に絶望した人間が人生のやり直しを求めてやってくる場所。
自殺一歩前の人間が訪れる、地獄に向かう寄り道に訪れる場所。
戻ることができればそれでいい、ただし進んだ場合は――




