とある天才博士の噺
天気のいい昼下がりだった。
その日、天才博士の最高傑作である少女が敵兵の砲弾を受けて壊れた。
生存は絶望的であった。
だが、何故か現場からその兵器の遺体は発見されなかった。
そして、その後その兵器の行方は一向に掴めないままただ年月だけが流れていった。
3ヶ月後
「コーヒーが飲みたいな」
博士はそう呟いた。
まだ若い青年だ、彼は10代の頃から国の研究に携わり、多くの兵器を生み出している。
彼の呟きは部屋の中にいるもう一人への声もつもりであったが、そのもう一人は何も答えずなんの反応も見せなかった。
その部屋には書き込みだらけの設計図があちこちに積み重ねられ、ろくに掃除もされていないためだろう、埃と蝿が舞い踊るように飛び交っていた。
「ああ、やっぱりこれもダメだね。失敗だ」
何も答えないもう一人――身体のあちこちに機械を取り付けられた少女を一瞥して博士はそう呟いた。
「仕方ない。廃棄しよう」
「これで何体目だ?」
廃棄場から部屋に帰る途中で博士は同僚の青年に出会った。
「失敗作の数なんていちいち数えてないよ」
そう答えると青年は眉根を寄せてなんだか難しい顔をした。
「……ああ、そうだ。貴様に言っておかなければならないことがあった」
「なぁに?」
「部屋の掃除をしろ」
「なんでさ? 僕の部屋は僕のものだ。汚れてようがなんだろうが、君にはなんの関係もないだろう?」
キョトンと博士が首をかしげると、青年は顔を般若のように歪ませて怒鳴った。
「関係あるから言っているんだ!! お前が部屋を掃除しないせいで、その被害がこちらの部屋に出ている!! いいか!? 絶対に掃除をしろ!!」
「はいはい、わかったよ」
んじゃまたね、と博士はそう言って青年に手を振った。
「……前はあの子が全部やってくれたからなあ」
博士はそう呟いていた。
あの子とは彼の最高傑作のことだ。
生活力皆無の博士を彼の最高傑作である少女はいつも甲斐甲斐しく世話していたのだ。
「それにしても……あれもダメこれもダメそれもダメ。何をやってもダメダメで……ああ、どうすればあの子を超える作品ができるのだろう?」
問いの答えは、未だ見つからず。
半年後
「よいしょ、っと」
博士は廃棄場に向かって失敗作を投げ捨てた。
廃棄場の中には血濡れた機体の山が築かれ始めていた。
敗戦国の捕虜達はまだまだたくさんいるが、一体どれだけの人間を人間兵器、通称機人に作り変えれば博士の目標は達成できるのだろうか?
『そろそろ休んでください』
そんな声が聞こえてきたが、博士は振り返ることはなかった。
いつもの幻聴だったからだ。
最高傑作の声だ。
彼女がいなくなったその日から、時折彼はその声を聞くようになった。
今はもう幻聴であることがわかりきっているので、なんの反応もしなくなっていた。
「今月で何体目だ」
道中すれ違った同僚の青年は博士に呆れ顔を向ける。
「失敗作の数が多すぎて数える余裕もない」
肩をすくめて博士はアハハと笑う。
そんな博士に彼は「ほどほどにしておけよ」と言葉を残して去っていった。
一人残された博士は小さく呟いた。
「あれもダメこれもダメそれもダメ……何をやってもダメダメで……ああ……どうすればあの子と同じものができるのだろう?」
問いの答えは見つからない。
2年後
数十数百の失敗を積み重ねて、それでも成果は未だ出なかった。
「今年に入って何体目だ」
廃棄場からの帰りにすれ違った同僚の言葉に博士は小さく笑いながらとある問いかけをした。
「ねえ……どうすれば僕はあの子が作れるんだろう?」
同僚の青年は一瞬虚を突かれたような表情をした。
そして、直後にすっかり呆れ返ったような表情であまりにもあっさりとその答えを告げた。
「できるわけないだろう」
部屋に帰った博士は、埃まみれの部屋の中で座り込んでいた。
「あれもダメ、これもダメ、それもダメ……何をやってもダメダメで……どうすればもう一度あの子に会えるのだろう」
その答えをもう博士は知ってしまっていた。
不可能。
いなくなってしまった"人間"を、別の人間から作るのは不可能だ。
だからもう、博士は二度と――
そんな当たり前の事に今更気付いた博士は積み重ねた無駄と喪失に呆然としていた。
ちょっと前に投稿した「天才博士の最高傑作は壊れた」の小説バージョン。




