カルラの世界
バスに乗って料金を払う。
一番前の右側の席しか空いていなかったので、仕方なくそこに座った。
運転席の真後ろのその席はあまり好きではない、あいつがよく好んでここに座りたがっていたというのもあるだろうが、他の席よりも高い位置にあるその席に座るのはなんとなく収まりが悪くて好きにはなれない。
座った直後にバスが動き出す、灰色の街並みが窓の外を流れていく。
目的地まではまだ時間がある。
軽く目を閉じると最近ろくに眠れていないせいもあるのだろう、すぐに意識が飛んだ。
風を感じた。
「……ん?」
誰かが窓でも開けたか停留所についたのか、そう思いながら薄く目を開けて、見開いた。
桜並木だった。
むせかえるほど咲き乱れた樹からは大雪のように桜の花びらが降り続けていて、窒息しそうだ。
「……は?」
自分は確かにバスに乗っていたはずだった。
それなのに何故自分はこんなところにいる?
思わず立ち上がる、自分が今まで座っていた古ぼけた木製のベンチが、自分が勢いよく立ち上がったせいなのか、ポキリと音を立ててひび割れる。
「どこだ、ここは……」
寝ぼけて変なところで降りてしまったのだろうか、いや、それでもありえない。
今は冬だ、だから、桜がこんなに咲いているのはありえない。
「……夢、か?」
思わず頬を抓る、普通に痛かった。
夢ではない、のか?
「……なら、ここはどこだ?」
ああ、こんなところにいるわけにはいかないというのに、自分は早く行かなければならないのに。
仕方ない、ここがどこか地図アプリで調べて……調べ……
「……ない」
膝に乗せていたはずの学生鞄がない。
という事は、その中に入れてあったスマホも当然。
「……バスに置いてきた、のか?」
頭を抱えかける、何をやっているんだ俺は……
仕方ない、どこかしらの駅に行って事情を話して探してもらうしか……
ならまず駅を探さなければ。
そう考え、改めて周囲を見渡しても、目に映るのは桜の花びらと樹だけで、めぼしいものは何一つ。
「…………ん?」
桜の合間に何かの建物を発見する。
何の建物であるのかはよくわからなかった。
ビルのようにも見えるがマンションのようにも見えるし、ホテルのようにも、城のようにも見えた。
「なんだ……あれは」
それ以外にはなんの建造物らしきものが見当たらない、それどころか人っ子一人いやしない。
「仕方ない……」
あの建物の中には流石に誰かしらいるだろう、そこでここがどこであるのか、駅はどこにあるのかを聞くしかない。
数分歩いて、その建物の前へたどり着く。
自動ドアを通り抜けるとエントランスが広がっていた。
幼い頃に行ったことのあるホテルのエントランスに少し似ている気がするが、やはり何かが違うような気もする。
そして、やはり誰もいない。
「あれ? あれれれれ? お客さんだー」
仕方なくエントランスの奥に進もうとすると、突然背後から声が聞こえてきた。
今まで誰もいなかった気がするのだが……
振り返るとそこには一人の少女がいた。
赤い髪の美しい少女だった。
身にまとう黒いセーラー服は彼女によく似合っていた。
だが太ももが大胆に露出した短いプリーツスカートも相まって、若干イメクラっぽい。
清楚とはかけ離れた印象を持った。
少女は振り返った自分ににっこりと破顔した。
「こんにちはー、私、かるら。よろしくねー」
「……こんにちは。すみません、ここはどこですか? 迷ってしまって……」
ニコニコと近寄ってきた少女に問いかける。
「ここ? ここはカルラの世界だよ」
きょとんとした顔でそう返された。
「はあ?」
ふざけているのかと文句を言おうとした直前に、唐突に少女が背後に振り返って叫んだ。
「全員しゅうご〜〜〜〜う!! お客さん一名、ごあんなーい」
「「「「「りょうか〜〜い!!」」」」」
その声に呼応する声が、いくつも聞こえてくる。
聞こえてきた声は数え切れぬほど多かったのだが……全て全く同じ声だった、少なくとも自分は違いを聞き取れなかった。
そして、ぞろぞろと廊下に数え切れぬほどの人数の少女が現れた。
全員、かるらと名乗った少女と全く同じ顔、同じ姿をしていた。
「なっ……」
「はじめましてー、私、かるら」
現れた少女の一人が片手を片手をあげてにっこりと笑った。
「私もかるら」
「私も〜」
「同じく!」
「私も私も〜」
「てゆーかみーんなかるらだよー」
「侵入者さん、お名前は?」
「学生かな? 高校生?」
「その学ラン似合ってるね」
「焼き菓子食べたい」
「私も食べたい〜」
「ふわふわで甘いの〜」
「違う! ザクザクでほろ苦いの!」
「ふわふわ!」
「ザクザク!」
「……しっとり系は?」
「「うるさい!! 黙って!!?」」
「あう……」
現れた少女達はめいめいに口を開く。
ざわざわと少女達はが全く同じ声で口々にいいたいことを言っているせいで、非常にやかましい。
「こらーーーーー!! 静かにしなさーーーーい!! 侵入者さんびっくりしてるでしょーーーー!!」
おそらく自分に声をかけてきた"かるら"がそう叫ぶと少女達はピタリと口を閉ざした。
「全く、新入りさんの前では極力落ち着けって言われてるでしょ? わかった?」
「「「「「「……はーい」」」」」」
「それと……焼き菓子はなんであれ正義だから、ふわふわもザクザクもしっとりも平等に愛すべき」
「「「「「「……さっすが私!! よくわかってる〜〜」」」」」」
あははは、と少女達は互いに笑い合う。
「な……なんなんだお前ら……」
何故同じ顔の人間がこんなに……
二人や三人なら兄弟姉妹なんだろうか、で済むがこの人数は異常だ。
しかも全く違いが見つけられない、顔も、体格も、身につけているものも、声も、全てコピーして大量にペーストしたかのように同じだ。
「だからー、私達は"かるら"だって言ってるじゃん」
「それ以上でもそれ以下でもないよね」
「それ以外に説明しようもないし」
「んー、まあ、細かい話は置いといて」
「そうそう隅っこにでも置いて忘れて」
「そうだね」
「うん」
「では、」
「そろそろ……」
「「「「「「さあ、一緒に遊ぼうか」」」」」
少女達が自分に向かって全員、全く同じ動き、同じタイミングで手を差し出した。
「…………!!?」
余りの不気味さに反射的に廊下の奥に向かって駆け出していた。
「あっ! 逃げた!!」
「ちょっと待ってよー、逃げないでー」
「なんも怖くないからさー」
声とともに、数える気にもならないほどの多くの足音が、背後から聞こえてきた。
振り返って確認することも無駄だと悟り、ただ走り続ける。
本当はこの建物から出るのが最良だ、だが出入り口はすでに大量の少女達でごった返しているから、もう奥に進むしかない。
「ぎゃっ!!?」
「「「うわあああああ!!」」」
「「「ひぎゃあああ!!」」」
「ちょっ……今転んだの誰だよ!!?」
「重い!! 重い!!」
「うわあ将棋倒しだ……わろた……」
悲鳴が聞こえてた直後になんかすごい音が聞こえてきたと思ったら、誰かが転んでそれに大勢巻き込まれたらしい。
これなら……
「笑ってないで早く助けてよ!!」
「そうはいっても……一体何人巻き込まれた?」
「知るか!!」
「ふぎゃ!!」
「ぎゃ!!」
「「「誰!!? 今、私を踏んだの!!?」」」
「あっはっはっは! このままじゃ埒があかないから、私が君達の屍を超えて行ってやるよ!!」
「ふっざけんな!!」
「う、うわあああ!! なにすんのさ!! ちょま、スカート引っ張らないで……!!?」
「制裁じゃーーーー!!」
「処刑じゃーーーー!!」
「者共!! 不埒者に正義の鉄槌を!!」
「「「「おおーーーーー!!」」」」
「ちょ、待って待って……やっ……何でそんな……そこは…………だ、だめ………………い……やぁっ…………! 〜〜〜〜!!」
背後から凄まじい嬌声が聞こえてきた……なんなんだ、なにをやっているんだ。
思わず振り返りかけたが、転びかけたので慌てて前を向く。
甘く甲高い声はまだ聞こえてきたが……気にしないことにした。
そのまま走り続けていたら廊下が二手に分かれていた。
右に進むと行き止まりで、一つだけドアがあった。
「……っ!!」
咄嗟にドアを開けてその中に入り、ドアを閉めた。
鍵があったのでそれも閉める。
ガチャリと音が響いた瞬間、力が抜けて思わずしゃがみこんだ。
「…………」
このまま少し、この部屋に隠れてやり過ごそう。
……そういえば、ここはなんの部屋だ?
部屋の中を振り返る。
「「「「「「……………」」」」」」
じーっと、いくつもある赤い目が、自分を凝視していた。
「…………あ」
「「「「「「いらっしゃいませ〜〜」」」」」
鍵を回してドアを蹴破るように開けた。
「「「「「「あ、みっけ」」」」」」
ドアの外もかるらでいっぱいだった。
部屋の中を振り返っても、部屋の外を見ても満員電車並みの密集度だ。
「あ……ああ…………」
「「「「「「「あはははは、観念してね?」」」」」」」
一歩、少女達が両サイドからこちらに向かって進む。
「それでは、皆々様、大変長らくお待たせしました」
「たっぷり楽しんでくださいね」
「カルラの世界のご歓待その1」
「かるらハーレム」
「「「「「「「ご奉公をはじめさせていただきます♪」」」」」」」
BE1 ハーレム
昔ノベルゲーにしようと思って書いてた話。
「狂壊の先」のパラレル物。
最初のバッドエンドまで。




