第壱話 到着待ち
硬い木製の床をがたがたと揺らしながら、新たな世界を授かることとなった女神メティスにとって初めてとなる奴隷が荷台に載った馬車は、彼女の住む館への長い道のりを進んでいた。
メティスはその頃、館の大部屋にて、その中心に堂々と置かれた、彼女の管理する世界を司る大きなドームを覗き込みながら、これから彼女の元を訪れてくる奴隷をいかにして扱えば良いのか分からず、悩んでいる真っ最中であった。
神界において、人間たちや動物たちの住む世界というものは、人間たちの世界で言う農場のようなものだとよく例えられる。生命を育て、それを利用して利益を得る。他の神々が保有する世界へとモノを輸出する際には、「転移」や「転生」を手段とするのだ。他にも、中で魔力を作って売りさばいたり、自らの世界にて強大な存在が生まれた暁には、神界へと直接招いて眷属として仲間に加える場合も時折り見受けられる。
メティスが彼女の師である半蛇人の見かけをした女神ケツァルから自らの世界を得ることを許されたのはほんの数日前のことだ。彼女が一世界の守護者として使命を全うするための手伝いをさせるため、ケツァルに薦められ、神界の商人に頼んで奴隷を一人買うことに決めたのだが、メティスには一つだけ、心配な事があるのだった。
それは、彼女がいわゆる「ドS気質」、すなわちサディストであるということだ。
メティスはケツァルにさえこの事実を伝えてはいなかったが、神ともあろう存在が、性的なフェティシズムを保有しているなどということは、相当レアなケースだといえる。
暴力的で、嗜虐的な神ならば他を探しても居るだろうが、それを快感として感じてしまうメティスは、自らの存在に疑問さえ抱いていた。
これまでは周りにも目上の神々が多く、彼女の「本質」を世間へとあらわにすることは不可能だったが、相手が奴隷という立場で、しかも自分の館にて共同生活を送ることになるともあれば、彼女は自分の欲望を抑えきれるかどうか、怪しいラインであった。
「私の性奴隷にしてやりたいっ…! ムフフフ……フフ…」
見たものを虜にする美しさに溢れた切れ長の目をぎらつかせ、口角を攣り上げながら、メティスはドームの中に見られる隕石同士の衝突と自らの激しい情欲を重ね、呟いた。
よく見ると、小さなブラックホールのようなものが出来始めている。メティスはおもむろにドームへと手を置いて、その質量と同程度の大きな無機物の塊を作り出し、ブラックホールへと近づけた。塊は強大な重力によってあっという間に砕け散り、小さな黒い点へと吸い込まれてゆく。ぴりっとした快感が背筋を撫でおろすが、それは彼女の心を満たすにはあまりに小さな刺激であった。
彼女がこれから守ってゆくことになる世界には、まだ生物は一つも存在していない。現在は生物を気兼ねなく育むことのできる環境が整うまで、無機物を操作調整している途中なのだが、いずれ<命の種>を女神キュベレの管理する世界から購入して転移させてくることが必要だろう。か弱いものを見るとつい虐めたくなってしまうメティスにとっては、生命の住む世界を管理するということも、果たして向いている職業であるのか、定かではない。
実のところ、ケツァルは数年前から、このメティスの嗜虐的な趣向を見抜いていた。しかしながら、メティスは優秀な自慢の弟子であったし、世界を持たせてやりたいという希望があった。そのため、一般常識があり、メティスを正しい方向へと導くであろう奴隷を彼女につかせ、欲望の暴走を食い止めようと考えたのだ。
ここまでくると、まるでメティスが血も涙もない冷徹な女神であるかのように見えるかもしれないが、彼女が邪神に変貌するという様子は、今のところケツァルも確認していない。メティスの残虐性は、飽くまで自らの欲望のためであり、他を苦しめるための悪に染まったものではないからである。それを満たしさえすれば、至って真面目で優秀な、女神の一柱なのだ。
玄関から出て、館の外を見てみるメティスだったが、まだそこには何の来る気配も感じられなかった。
彼女は館の中へと引っ込み、奴隷の到着を待ち遠しく思いながら、ドームの中でだんだんと煌めきを増してゆく星たちを、再び見守り始めるのだった。
ふざけた作品のくせに色々説明しちゃってすみません(;´・ω・)