第初話 つつくって、そういう意味じゃない!
会社帰りに、俺は仲の良い同僚と二人で居酒屋に立ち寄った。
「それでさぁ、そいつがほんっとに仕事できなくて…」
同僚の愚痴を聞きながら、俺と同僚はそれぞれ、ビールとおでん盛り合わせを注文して、お手拭きで顔を拭う。
こんなことをしていると、俺もオッサンになったものだとしみじみ感じる。若いことってやっぱりステータスだよな、体力もあって…世間ではSNSにバイト中のふざけた写真を載っけて問題になったりなんかしているが、俺からすりゃあ元気で羨ましい。
「お待たせしました、おでん盛り合わせ二つと、瓶ビールが二本になりまぁす」
同僚と互いにビールを注ぎあい、ごくごくとコップを空けた。
柔らかく煮込まれた大根を箸で切って、ひとかけら口へ運ぶと、すぐにとろけて、ダシ汁があふれ出る。いつも通り美味しい。妻も子どもも居ない俺は、仕事仲間とおでんをつつきながら下らない話を語り合うことが、平日には日課のようなものだ。
………? いきなりなんだ、立ちくらみがする…。
「おい、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
薄暗い店の明かりと、同僚の顔がぐにゃぐにゃと歪んでゆき、俺は意識を失った。
***
意識がハッキリしてくると、そこはまっ暗闇で、自分の姿さえ確認できない場所だった。
店が停電したのかと思って携帯電話をポケットから取り出そうとするが、体がぴくりとも動かない。
なんじゃこりゃ。一体何が起こったんだ…?もしかして店が崩壊して、瓦礫に生き埋めになったとか?それとも急な病気になったか事故ったかで植物状態…?不安だ。嫌すぎる。
しばらく考え込んでいると、頭の中に耳慣れない声が響いてきた。
「よう。お前だな?おでんツンツン男ってのは?」
………は?
おでんツンツン男って…ああ、あれか、最近テレビでよく報道されてた事件をやらかした奴だったよな。なんで俺がそんな野郎と同じ扱いを受けてるんだよ……真面目に働くサラリーマンだってのに。
「あんた誰だよ?俺は一体どうなっちまったんだ?それと、俺はおでんツンツン男じゃないぞ!」
「とぼけても無駄だ。お前がそのきったねえ指でツンツンしたおでんのせいでな、お前んとこの世界の人間たちに、アホみたいに危険な病原体が蔓延して、人類が滅亡する危機に立たされることが分かったんだ。お前んとこの世界の神がな、そうなると困るから、お前を別の世界に送り込んで更生をさせたいって言いだしたんだよ。実際は<使命>の強い害悪な人間を厄介払いをする以外の何事でもないだろうけどな。
それでだ、ちょうどそこにな、とある世界の新米女神から、奴隷を一人、傍らに置くために手に入れたいっていう発注が届いたから、二つの依頼を合体させて、お前を別の世界で奴隷として更生させてはどうだっていう俺の魂胆だよ。どうだ?名案だろ?」
病原体?女神?奴隷…?
何を言ってるんだこいつ、もしかしてヤバい状況か俺?
新興宗教団体か何かに連行されんの?
ああそうか、俺は今、この動けないほど狭い箱に入れられて、奴隷にされるべくどこかに移動してる最中ってことか。
人身売買って今でもやっぱりあるんだな…闇の深いそういう社会のことなんて何も知らなかったが、それにしても俺みたいなオッサンが、なんの需要をもって売られていくんだろうか…。
抵抗はしてみるだけしてみよう。俺の名誉のこともあるから、とにかくこのバカの誤解を解くことが先決だな。
「確かにおでんを食べながらビールを飲んでたのは事実だけどさ、コンビニのおでんを指でツンツンしたのは俺じゃないし、慣用句を勉強しろよお前!」
「カンヨーク?この野郎、下等生物のくせして神に向かってナメた口をききやがって……安心しろ、お前がさっき欲しがっていた若いカラダを、タマシイを転移させるときに与えてやるよ。お前のためじゃなく、女神からの注文に沿うためだけどな!ハハハハハ」
「人の話を聞かねえ野郎だな。自分を神とか名乗りやがって、一体何様だってんだ?誰かの奴隷になるつもりはねえ!とにかく俺をこっから出せよ早く!」
「はっ、無知は罪だが知らないのも無理は無いな。今からお前は神界に飛ばされるんだよ。俺は神界の奴隷商人。まっ、女神様にせいぜい愛でてもらうがいいぜ。俺の仕事はここまでだ。じゃあな、名もなき異世界奴隷よ!」
理解も反論も許されぬまま、俺の意識は再び、暗闇の底へと落ちて行った。