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過去の昼 今も昼 ナジ篇

「だから気を付けてって言ったでしょ!今日何回目なのさ!」

熱湯の如し熱さの茶を被った桜葉の腕を冷やしながらナジが桜葉に説教をする。

「うん…ごめん…」

こんな風景はいつもの事だ。

単眼である桜葉は、見える視界も常人より狭く、目のピントも合いにくいらしい。

そんな単眼という‹不便›を抱えている彼女はだらしない僕に代わっての家の家事をやってくれている。

その為、いっつも何かしらミスを起こす─

いつもの事だと言ってきつく叱らない私も私なのだが…

そんな危なっかしい彼女をカバーする、と言うか、補佐して一緒に家事をやってくれているのが「ナジ」だ。

彼女は昔に僕が助けた奴隷の子、助けた、と言うよりは成り行きで世話をする事になったという感じだが。

そんな彼女が補佐をしていても、桜葉は未だよく分からないミスを起こす、どうやら桜葉には少しおっちょこちょいな所がある様だ。

「ほら、これ自分で抑えといて」

ナジは冷やしたタオルを桜葉に渡し、散らかった部屋の片付けを始めた。

ナジはいろんな所に目が行く、それでいて世話焼きで、しっかりしている子だ。

「奏!あんたもぼーっとしてないで部屋片付けるの!」

だが、少々荒っぽくて、16歳でありながらまるで母ちゃんといった様な感じだ。

「はーい、今手伝うよ」

ナジと私は膝を曲げて前屈みになる同じポーズで床のゴミを拾い集めた。

部屋の大きさは8畳、それを足場が無くなるほど散らかしたので、そのゴミ拾いは時間がかかりそうだった。

「ねえ、ナジ…」

「ん?何?」

ナジはゴミを拾う手を止めずに返事を返した。

「さっき桜葉に今日何回目って言ってたけど──外で何かあった?」

そう尋ねると、ナジは手を止めてうんざりしたような顔でこっちを向いた。

「聞きたい?」

随分と嫌そうな…そして僕の意思に任せるのか。

どれだけの事をやらかしたのだ、桜葉は。

チラッと桜葉の方を見ると、桜葉は僕の視線に気が付き《ビクッ》とした後に縮こまってしまった。

「えっと…じゃあ聞かないでおくよ」

「なにさ、ハッキリしないね」

フンッと鼻息を1つ、ナジはゴミをまた拾いはじめた。

桜葉も少し安心した様な風に肩から力を抜いた。

「別に大したことないよ、いつも通り何も無い所で転んで商品棚をひっくり返しただけだよ」

「…そっか」

ホッとしたような、しかしナジがうんざりした顔を見せた気持ちもわかる。

いつもの事だからだろう、何度同じことをやるんだと言ったような。

いつもナジはそんなおっちょこちょいな桜葉に振り回されている、のだが──

そんな彼女もまた、少し抜けている所がある。

ほら、今だって───眼帯をつけるのを忘れている。

「あっ」

ナジが何かを落とし、それをそそくさと拾い上げた。

「ごめん、また眼球落としちゃった。洗って来るね。」

「わかった、こっちは僕が掃除しておくよ」

彼女は、奴隷の時受けた傷が沢山ある。

そのうちの一つ、右眼の失明。

暴力によって眼球が潰れてしまった彼女は、売り物にならない為、右眼がないことを誤魔化す為に義眼を眼球のあった場所に突っ込まれたのだという。

今の彼女は別にそれは無くても良いのだが、なんとなくでその義眼はまだ入れているんだとか。

しかし、義眼は突っ込んだだけなので不安定で、傾いたら直ぐに転がり落ちてしまう。

だからいつもの彼女は眼帯を付けているのだが、家では邪魔だと外してしまうのだが──

それを忘れて彼女はそのまま外に出たり、今みたいに眼球を落としてしまう。

「これで大体はいいかな…」

ナジが眼球を洗いに行ってしばらくして、僕は床の大まかなゴミを拾い終わって塵取で仕上げようとしていた。

「桜葉、塵取って何処にあったっけ?」

桜葉は少しもせず「下のキッチンにあるよ」と答えた。

僕の自室は二階にあるため、下に行くのは少々面倒臭かった。

ちょうどナジが下にいるのでナジに取って来て貰おう。

「ナジー?塵取持ってきてー!」

…しかし、返事は無かった。

どうかしたのだろうか。

僕は仕方なく、ナジの様子を見るためと、塵取を取りに行く為1階向かった。


冷たい廊下を抜け、ギシギシと古臭い木の階段を降ると、そこにはやけにスペースを使っている玄関があり、そこから入り込む冷気で冬はとても廊下が寒くなる。

玄関を通り過ぎると、扉 その向こうは居間だ。

その扉はやけに音が鳴るため、いつもゆっくり扉を引く。

すると、そこには可愛らしくうずくまり、細く呻き声を鳴らしているナジがいた。

ナジは右脚を抑え、すぐ近くにあるテーブルは激しく傾いていた。

「…折れてない?」

「随分と…極端だね」

僕の不抜けた、と言うか、的を外した質問に返す言葉も何時もより弱く感じられた。

「無理…こればっかりは…小指は…」

おお。痛い痛い。

「どれ、見せてみて」

うずくまったナジの小指を覗き込むと、赤くこそなっていたが折れている風では無かったし、彼女自体それ程激しくは痛がっていないので平気そうだった?

「歩ける?どれくらい痛い?」

「焼き鏝の…次くらいには」

「重症じゃんか」

なんにせよ、このまま彼女を寝転がらせておいたらおやつがまた先延ばしになってしまいそうだ。

「仕方ない、上までおぶるよ」

「…やだ」

「だって治療箱は桜葉の為に上に持っていっただろ?」

「…」

黙りこくった彼女は、静かに両手をこっちに伸ばした。

もちろんその状態ではおぶれないので、僕はその手を肩にかけナジを抱っこした。

嫌がるのではないかと少し思ったが、そうでもなく、ナジは顔をそらすだけだった。

「ありがとう」

ナジはポツリとそう言った。

ナジは痛いことに敏感で、自分が痛みを感じると昔を思い出して、少し弱気になってしまう。

ナジは、誰でも見える本当の傷跡と、誰にも見えない深い傷跡がある。

それが、彼女だ。

「おやつが遅くなっちゃうからね」

「…馬鹿」

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