異界の奴隷
いつだったか・・・
自分の生きるこの世の中が理不尽に思えた。
強いものだけが上へ立ち、弱い者はそれを目立たせる道具としか扱ってもらえず、
挙句にはいらなくなったらその場で捨てる。
なんとも親切で残酷な世界と思った。
そんな世界に嫌気がさした僕は
桜の美しく舞うこの校舎の屋上から身を投げた。
悔いなんてなかった。むしろ、早く楽になりたかったんだ。
なのに・・・
なぜこうなる。
天は僕に自由を与えることなく、さらに追い詰めることを選んだようだ。
僕の立つそこは見たこともない風景が広がっていた。
だが、その手足を縛るものは美しい風景とは到底混ざり合うことはなく、周りに溶け込めないくらいぎらついていて異様な存在感を放っていた。
僕は知りもしない場所で奴隷になっていた。
周りを見ても僕と同じように手足を繋がれた人たちばかり。
混乱する頭をなんとか落ち着かせて、状況を整理する。
僕は漣久遠。ごく普通の高校に通う、ごく普通の高校3年。
ただ、他のやつらと違うのはいじめのターゲットにされやすい事だった。
学校での時間は最悪だったが、家での時間のおかげでいじめられてもなんとかなっていた。
あの日までは。
「・・・痛い!離して!!」
隣にいる女性の悲鳴で我に帰る。
どうやら移動するようだ。
腕の枷を引かれ僕も流れに身を任せる。
行き先もわからない行列。大体が弱い立場の人ばかりだった。
老人、女性、子供・・・僕のような力ある男性もいたがほとんどが手足に障害があったりして、動くこともままならない人ばかり。
まるで自分の生きていた世界のようだと思った。
ここで僕は疑問に思う。
言葉が理解できていることに。
周りでは何やら恐怖を浮かべた声が多く聞こえる。
僕はそれを容易に聞き取ることができている。
ここは・・・日本なんだろうか。
果てしない荒野が続く。どのくらい歩いたかわからない。
最初に見たあの景色が思い出に消えていくのを感じる。
僕のいる集団は最初、かなり規模の大きなものだった。
それが今は端から端まで見渡せるくらい小さいものになってしまっていた。
道中に力尽きたものは切り捨てられていく。
隣の女性もいつの間にかいなくなっていた。
日が沈んで行く。じき、闇が訪れ、すべてを飲み込む。
周りが不安の声を漏らす中僕は、じっと黙り込んでいた。
もともと、おしゃべりな方でもないのだけど。
「君、あまりみない顔だね」
ふと、隣から声がした。明らかに僕に向けている。
「ここら辺の人じゃないのかな」
馴れ馴れしく話しかけてくるこいつにムッとしたが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
「あぁ、遠方からこっちに来ていたんだけどね、気がついたらこの様さ」
「それは災難だったね」
不思議だ。
自身も奴隷になっていて誰もが不安に陥る状況で、この男は妙に落ち着いていることに疑問を抱く。
怖くはないのだろうか。
「僕はライラ。ここよりも北の方に住んでいる。君は?」
一瞬迷ったが本名を名乗ることにした。
「僕は漣久遠。一つ聞いてもいいか?」
「いいよ、なんだい?」
「君は・・・怖くはないのか?この異常な状況に不安はないのか?」
突然、ライラが笑い出した。何がおかしいんだ。
「すまない。少しおかしくてね、気を悪くしないでくれ。
そうだね。怖くないと言ったら嘘になるが、僕は怖いと思っていないよ」
「なぜ?」
「時が来たらわかるよ」
意味深な言葉を残し、ライラは口を閉ざした。
僕もそれ以上何も聞かないことにした。
一行はさらに歩く。景色は変わらず荒野が続く。
あれからどのくらい歩いたか。
また人が減った気がする。