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結魂の力  作者: トンボの目
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ニーナ 3

 馬車が巫女の館に着いた。ワカミを客室に案内した後、ラフィタ様は私達を連れて執務室に入った。執務席に座ったラフィタ様は、何も見落とさないその目で私達を見つめられた。


「どういうことなのか、詳しく話してもらいますよ。いくら命の恩人でも、貴方達が彼をワカミと呼ぶことは背教行為とみなされます。良くて教会からの追放です」


 私はラフィタ様に、ワカミとの旅で私が体験したことと、その時の思いを隠すことなくお伝えした。あの日を思い出しながら、私は涙が溢れて止まらなかった。


 アイラは物心のつく前から、私はもう少し大きくなってから、ワカミの素晴らしさを繰り返し教えられてきた。いつかワカミが、私達をこの寂しい場所から救い出してくれる。それが私とアイラのいつも話していたことだった。


 ラフィタ様は、目を閉じで胸の前で手を組み、私のお話ししたことについて思索されているようだった。


「そうですか……。そういうことなら貴方達に彼以外のワカミはあり得ない。そう思うしかないのでしょうね」


 ラフィタ様はアイラに視線を移した。


「先ほどの言葉は失言ではありませんね。彼が何事もなく貴方達の元を離れてしまわないように、私に宣言したのでしょう」


 アイラは答えなかったが、その強い意志を示した顔がラフィタ様の言葉が正しいことを示していた。


「いいでしょう。彼と話をしましょう。もしかするとこれが、私達の今の苦難を解決する糸口なのかもしれません。私の責任において、試してみましょう」


 ラフィタ様と私達はワカミの待つ客室に向かった。客室に入ると、待ちかねたようにワカミはラフィタ様に質問した。


「ワカミというのはどういう意味です。ニーナに尋ねたことがあったが、教えてもらえなかった」

「それを説明すると長い話になります。教会の秘事ですから、本当は異教徒のあなたに話して良いことではありません。今からお話しすることは他に漏らさない。まずそれをお約束願いします」

「彼女達のためになることなら、約束します」


 ラフィタ様は、魔獣に関する過去からの話を語った。




 数百年の昔、今は死の森と呼ばれる場所から多数の魔獣が現れ、周辺の国々を襲った。その原因を探ろうと、各国は協力して精鋭軍を組織し、森の中へと進行した。軍隊はより魔獣の多い方へと進み、森の奥深くに異形の木のようなものを見つけた。


 木といっても、幹は上から下まで同じ太さで高さ10タットほどの六角柱、三方に伸びた太い枝は三角柱、その枝に付いた葉か実のような物は菱形と、全て直線で構成されていた。いずれも黒く半透明で何かの結晶のように見える。幹の上端で枝の根元になる部分の中には、正体不明の黒い球体がある。後にその物体は『闇木』、中の黒い球体は『核』と呼ばれた。


 多大な犠牲を出しながら周辺にいた魔獣を一掃した軍は、次に魔獣発生との関係が疑われた闇木を破壊しようとした。しかし彼らの武器では傷一つ付けることができず、油をかけて火を放っても焦げ目一つつかなかった。その後さらに集まって来た魔獣により、軍隊は報告に戻った数名を除いて全滅した。


 後に分かったことだが、闇木には獣を大きく凶暴に成長させる力がある。普通の獣が数世代かけて巨大化したのが魔獣だ。


 今、死の森から現れた魔獣は虎が巨大化したものだ。他の獣から生まれた魔獣が見当たらないのは、魔獣の数が過密になって最も強い虎の魔獣に食い尽くされたからだろう。虎は本来単独で行動するが、死の森では魔獣のみが生き残ったため、自分や自分の子を同じ魔獣に食われないよう守る必要がある。その過酷な環境が、集団で行動できる魔獣だけを生き残らせたと考えられている。


 軍隊の全滅から数か月後、死の森から歩いて3日ほどの村で闇木が見つかった。高さはまだ1タットにも届かなかったが頑丈なことは同じで、どんな刃物や鋸を使っても刃こぼれするだけで、闇木には傷一つ付かなかった。闇木の周辺は国により立ち入りを禁じられた。貧しい村で住家を失った人々に国からの援助はなかった。


 数日後、深夜に闇木の方から人の叫び声が聞こえ最後は悲鳴となった。警備の兵が駆けつけると少女が倒れていて、すでに息が絶えていた。立ち入りを禁じられた地域の中に教会があって、少女は悪魔憑きとしてその教会に預けられ、拾われた孤児と共に暮らしていた。闇木はその核の形が崩れていて、翌日には木全体が白く濁っていた。


 教会と国はその事件に注目した。悪魔憑きは手を触れずに物を動かす力がある。固い幹に傷をつけられなくても、柔らかい核に直接力を加えれば闇木を破壊できるのではないか。そう考えた教会は各地から悪魔憑きと呼ばれる少女を集めた。




 人間には肉体と霊と魂がある。肉体はこの世の物質で傷つけることができるが、霊魂を傷つけることはできない。また普通は、霊魂で物質を壊すこともできない。霊魂が物質である肉体に干渉できるのは、霊魂と自分の肉体が結びつけられているからだ。妊娠した女性は、その体内で子の肉体と霊魂を結びつけることができる。


 まれにだが、自らの霊魂の力を使って自分の肉体以外の物質に干渉できる者がいる。まだ肉体と霊魂の結びつきが不完全な子供や、本来はお腹の子の肉体と霊魂を結びつけるために持つ力が、別の形で現れた女性だ。多くの場合は無意識にだが、手を触れず物を動かす者は、悪魔憑きと呼ばれ迫害されることが多かった。


 女性の場合、初潮、性交、妊娠という段階を追うごとに、力が本来の目的に使われるようになり、多くの者が悪魔憑きの力を失っていく。子を産んでも力を失わなかった例は、過去にほとんどない。


 悪魔憑きの力を持つ者は、霊魂の一部を自分の肉体から解き放ち、その霊魂の力で物を動かすことができる。正確に言えば、霊が力で魂がそれを制御する意思だ。ただし解き放たれる霊は不安定であり、人の素肌のように繊細でもある。それに比べると、普通の人の霊は革鎧のようなもので、頑丈だが鈍感で肉体の動きに従うだけだ。


 霊魂で相手に触れるということは、相手を自分の霊魂に触れさせることでもある。闇木の核はただの物ではなく、生き物のように霊魂が存在している。それを霊魂の力で破壊しようとすることは、自分の素肌を相手にぶつけて破壊しようとするようなものだ。小さな核なら相打ちにできても、大きな闇木の核となると自滅するだけになる。


 破壊に耐えられる唯一の方法は、力を持つ者の霊が、普通の人の革鎧のような霊と一つになることだ。そのためには、互いの魂も重ね合わせなければいけない。少なくとも片方が、迷いなくその全てを相手に委ねる必要がある。

 これは生半可なことではなく、死ぬほど愛しいと思う相手でも、魂が触れ合って相手の心を知れば恋の幻想は揺るぎ、わずかな抵抗感が互いの魂を反発させる。


 教会は物心がつく前の素質がある子を集め、魂を重ねる相手として選ばれた人、ワカミと呼ぶ人の全てを肯定するように教育した。そのために作られたのが巫女の館だ。

 巫女の館では巫女が力を失わないように、教育だけでなく食べ物にも特別なものを使っている。私が不味くて飲めず、こっそり捨てていた飲み物には、子供の成長を遅らせる木の実が入っているそうだ。


 この館の子供達の役目は正しく言えば巫女ではないが、国のために働く者を育てる場所を、悪魔憑きの館とは呼べない。巫女という呼称は、そのとき教会には無かった他教の神職名から選んだだけだ。


「死の森を囲む石壁ができてから、巫女の役目は形骸化していきました」


 かつての教会は、死の森で闇木の存在が確認されると、教主は巫女と共に僧兵に守られてその場に出向き、闇木を破壊した。時には僧兵が守り切れずに教主が魔獣に殺されることもあったが、その時は間を置かずに次の教主が選ばれて、闇木を滅するための任に就いた。


 時を経て、巫女としての力を持つ少女を多く輩出してきた複数の家系が、それぞれ社会的地位を得るようになると、巫女の数も増えていった。教主は特に優れた巫女のワカミとなり、教主に次ぐ教会の実力者達も競って巫女のワカミとなった。闇木破壊の任は、次期教主の候補者が権力を争う手段の一つになった。


 百年ほど前に死の森を囲む石壁が完成した。最初に死の森と接する境界の短い大国が石壁を作り、自国に魔獣が侵入したときは隣国にその賠償を求めた。隣国はそれを防ぐために自国の境界にも石壁を作り、最後に最も境界の長いスタールが石壁による包囲を完成させた。


 魔獣が外に出なくなると、教会では死の森での闇木の探索に十分な人手を割かないようになった。破壊される闇木は、死の森の外や森の入り口近くに生えた、まだ成長していない物だけになった。それ以外の闇木は、確認されることもなく十数年の寿命の間放置された。


 今の教主になってからは、死の森の探索は全く行われなくなった。数年前に死の森で魔獣が大量発生しているとの報告があったが、調査に向かった者は誰も戻らず、教会は後任者の選定でもめた挙句、そのまま放置した。


 地震で石壁が壊れて魔獣が溢れ、死の森で魔獣が大量発生していたことを知った国王は、激怒して教主に使者を送った。教主は闇木の破壊が滞った理由は巫女の力不足だと説明して、私とアイラを国王の元に送った。アイラは巫女の輩出では高名な家系の出身で、私には前例を破って巫女に選ばれるほどの素質があった。その私達でさえ十分な力を持たないのだと釈明するためだ。




 長い話が終わって、ラフィタ様はワカミに言った。


「この子達2人は、確かに一人で示す霊魂の技では他の巫女に及びません。ただしそれは、疑問を感じながら訓練をしていた2人と、言われた通りにひたすら訓練を繰り返していた巫女達との違いでしょう。私は従順に育てられた子より、この子達の方が霊魂の力はずっと強いのではないかと思っています」


 ラフィタ様は、二年ほど前からこの館に来られたが、私達の味方と言えるただ一人の方だった。


「今のワカミ達には、闇木を壊す力もその気力もない。この子達がワカミと呼んだ貴方なら、それができるかもしれない。貴方に教会の秘事をお話ししたのは、私にその期待があるからです」


 初対面で異教徒でもある私達のワカミを、ラフィタ様は高く評価されていた。私はそれが自分のこと以上に嬉しかった。


「2人が異教徒のあなたをワカミと呼んだことは、いずれ他の教会関係者にも知られます。そうなれば巫女の館からの追放は免れないでしょう」


 私達にその覚悟はある。


「今の教会の置かれた状況では、たとえ異教徒の貴方でもワカミとしての役目を果たせると証明できれば、教会はこの子達を処分できなくなるでしょう」

「何だか、脅迫されているような気分ですね」


 ワカミに何か不都合があるわけではない。

 でもワカミは、私達の処分が自分に対する脅迫だと言っている。


「協力していただけるのなら、そう思っていただいてもかまいません。私達は今、とても厳しい状況にあるのです」

「それで、俺にどうしろというんですか」

「貴方には、この子達と共に結魂の試練を受けていただきます」


 ワカミが私達を見た。『断ってもかまわない』という気持ち伝えるため、私はゆっくりと首を振った。でもワカミは私達に笑顔を見せてから、ラフィタ様に向かってうなずいた。




 私達はラフィタ様に連れられて、建物の最も奥にある一室に入った。


「俺はここで何をすれはいいんですか」

「貴方は何もする必要はありません、というより何もできないでしょう。霊魂を操る技を貴方は持たないのですから。貴方はただ、この子達を受け入れるだけで構いません」


 まず私が、ワカミと共に試練を受けることになった。体が触れあっている方が良いので、ワカミと両手をつなぐ。私はワカミの目をじっと覗き込んだ。見つめ合いながら、私の霊魂は肉体と外との境界を越えて広がって行き、ワカミも包み込んでいく。


 私の心の全てがワカミに対して解放されたとき、私とワカミの魂は重なり合った。私の意識はワカミの意識に溶けて、はっきりと区別ができなくなった。




(私は、ワカミと出会ってからの全てに感謝している)


 ニーナの心は、出会ってからの俺の全てを肯定していた。正しい物からは正しい物しか生まれない。その考えから、俺がこれから行うことの全ても無条件に受け入れていた。彼女のその思いは、俺の心と共に確かに存在していて、疑う余地はなかった。


 そのとき俺を包んだのは、信じられないほどの幸福感だった。俺は今まで自分が孤独だと思ったことはあまり無かったが、心から孤独感が完全に消え去ったことで、逆に人の持つ孤独感というものがいかに大きいものかを理解した。


 俺は幸福感に酔って、しばらくは何も考えられなかった。しばらく経つと心が落ち着いてきたが、その幸福感は薄まることなく、しっかりと俺の中にあった。


「もうよろしいでしょうか?」


 神官が俺に話しかけた

(ラフィタ様がワカミに話しかけた)


 俺はこんな体験を与えてくれた神官に感謝した

(私はワカミとの結魂の試練を認めてくれたラフィタ様に感謝した)


 わずかに自分のものではない意識を感じることが出る。自分から見たニーナの顔、ニーナから見た自分の顔の両方が見えるが、混乱することなく理解できる。


 神官は皿の上に置かれた置かれたコップに水差しの水を溢れそうになるまで注いだ。


「このコップの水に霊魂の力を加えて溢れさせてください」


 どうすればいいのか分からないのでニーナに任せよう

(ワカミに全てをお任せしよう)


 ……と思ったが、ニーナの心は俺が主導することを望んでいた。とりあえず頭の中で水がこぼれる情景を繰り返し念じてみることにした。ところが、それを思い浮かべた途端、コップが倒れて水が皿の外にも飛び散った。神官が驚いた顔でこちらを見たが、自分達でやったことかどうかも分からない。


「今、2人の心は重ねられていますね?」

「そうだ」

「ニーナが一人でやったわけじゃないのですね?」

「ニーナが何もしていないのは確かだ。俺達がやったという自信もないが」


 神官が何かを考え込んでいる。


「力が強すぎるのかもしれません。手を離してみてください」


 この幸福感が失われるのはつらかったが、俺の中の理性が自分を甘やかし過ぎるのは良くないと言う。強い未練に逆らって、なんとか互いの手を離した。しかし俺達を満たしている幸福感は、少し弱まった程度で消えることはなかった。ニーナの視点も俺の中に残ったままだ。


 神官が再びコップに水を満たし、


「どうぞ」


 と言った途端に、またコップは倒れた。


「何か違和感はありませんか? 頭痛がするとか、気持ちが悪いとか」

「いや、別に。むしろこれほど調子がいいのは生まれて初めてというぐらいだ」

「そうですか……。では次の試練に進みましょう」

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