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結魂の力  作者: トンボの目
1/10

ジーク 1

 谷底の川面までは人の背丈の10倍、10タットほどの高さだ。最近まで降り続いた雨で、川は濁った激流となっている。そこに架かる30タットほどの吊り橋の渡口には、魔獣から逃げようとする人々が押し寄せている。

 吊り橋の上では、その高さに足のすくむ人もいる。早く渡ろうと押し合う人々の圧力を受けてもなかなか前に進まない。先に渡った兵士が橋をロープで補強していたが、それでも重みでロープがきしむ。今にも切れ落ちそうだ。


 俺が橋の1/3まで渡ったとき、後ろから魔獣の怒号と人々の悲鳴が聞こえた。振り返ると橋を渡ろうとしていた人々の後ろから迫る魔獣の姿が見えた。

 最後尾には十数名の兵士がいたはずだが、その守りはあっさりと崩されたようだ。散り散りに逃げまどう人々を魔獣が追う。生まれて初めて見た2頭の魔獣はいずれも巨体で、重さは人の10倍を遥かに超えているだろう。


 獲物として食うためなら、何人かが犠牲になったところで狩りは終わるはずだが、魔獣は犠牲者の遺体には目もくれず、ひたすら逃げ惑う人々を殺し続ける。

 わずかな時間で岸にいた人々の姿は消え、魔獣の一頭が橋を渡っている俺たちに目を向けた。まだ最後尾は橋の入り口から5タットも渡っていない。その人々へ魔獣が一跳びで襲い掛かる。すでに限界に近い重みに耐えていた橋は、あっさりと切れ落ちた。


 俺は渡り切っていない他の数十人と谷底へ落ちた。水面に落ちた踏み板に叩きつけられた衝撃の後、水の冷たさが全身を包む。激流に揉まれながら、何とか水面に顔を出す。


 乱流の川面は起伏が激しく、一緒に落ちた多くの人々は俺の目に映らない。急傾斜の川にはいくつもの段差があり、そこを落ちる度に水中に体が沈む。何度も繰り返して水をかなり飲んだ後、流れを割る岩の一つにしがみつくことができた。

 何とか上体を水面から引き上げると、すぐ横の水面下を人らしい影が流れた。一瞬ためらったが、再び水中に戻ってその姿を追う。落ちた所ほど激しい流れではなくなっていたため、思ったほど苦労せずに捕まえた。腕に抱えたその体は小さかった。


 流されながら川岸の崖を見ると、先の方で川が大きく曲がっているのが分かった。流れが弱まるはずの内側へと泳ぐ。浅瀬を見つけ、這うように進んで岸までたどり着いた。俺が抱えていたのは10歳ほどの女の子だった。意識がない。


 体力を使い果たしてしばらく動けない、と言いたいところだが、溺れた少女をそのままにはできない。息を確認するとやはり止まっているが、ノドの脇に指を当てると弱いながら脈はある。少女の頭を後ろにそらさせて、口に息を吹き込む。自分自身の体に空気が足りない状態なので、少女に息を吹き込むたびに数回の深呼吸が必要になった。

 川に落ちた時に気絶してあまり水を飲まなかったのだろう。6回目の息を吹き込んだとき、小さく咳き込んでから少女の息は回復した。ようやく体を休めることができる。仰向けになろうとして、自分がまだ荷袋を背負っていたことに気付いた。


 自分の息が落ち着くのを待ってから身を起こす。しばらく川面を眺めてみたが、流されていく人の姿は見あたらない。すでに先の方へ流されたか、途中の岸に這い上がれたのだろう。

 もう一度、少女の息を確かめる。意識を取り戻す様子はないが、呼吸は先ほどよりしっかりしている。人形のように整った顔立ちで、肌は透けるように白い。


 少女が外套の下に着ている白い服の、スカートのヒザ辺りに血がにじんでいる。出血場所を確認すると、ヒザ下に数センチほどのそれほど深くない切り傷があった。その周囲にも触れて、骨に異常のないことを確認する。

 背から荷袋を降ろして薬草の入った油紙と布(濡れていたが)を取り出し、簡単な手当てをした。ヒザの他に血の跡は見えない。念のため、全身を探って骨折のないことも確認する。

 川の水は冷たかったが、気温はそれほど低くはなく風もない。強い日差しのおかげですぐに体は暖かくなった。外套だけ脱がして、薄い服は着たまま乾くのを待てばいいだろう。


 荷袋から荷物を全て出して、乾かすために川原に並べる。油紙には岩塩も包んでいる。他には巾着、ナイフ、ロープ、火打石、羊皮紙、羽ペン、インク壺。食料として干し肉と堅パンを携行していたが、泥の混じった水でふやけた堅パンはもう食べられそうにない。


「アイラ!」


 突然、静かだった川辺に声が響いた。振り返ると、少女よりかなり年上の娘がこちらに駆けて来ている。この子の姉だろうか。身に着けた外套とその下の白い服は、この子と同じもののようだ。


 少女の呼吸や脈に問題のないことをもう一度確認してから、間近で立ち止まった足音の方を向くと、娘は両手で自分の頭ほどの石を高く差し上げていた。その石を俺に向かって投げ落とす。


「!」


 直前まで俺がいた地面に、石がめり込み小石が飛び散る。立ち上がって避けた俺と少女の間にその娘が割って入った。必死の形相で俺をにらみ付けている。かなりの距離を走り続けて来たのか、顔の汗はしたたるほどで肩で息をしている。

 何が起こったのか分からなかったが、改めて娘の後ろに倒れている少女を見て理解した。

 少女の衣服が(流れに揉まれて)乱れている。

 少女のスカートが(手当てのために)ヒザ上までめくり上げられている。

 スカートには血がついていている。

 娘の行動の意味は明らかだった。


 背後の少女を隠そうとするように両手を広げ、明らかに体格の勝る俺をにらみ付ける。その姿を見た俺は、殺されかけたことも忘れてこの娘に好感を抱いた。誰かを守るために敵わない相手に立ち向かう。その姿が記憶の中のユーキと重なる。彼女の緊張を和らげるため、後ろに数歩下がって距離をとった。


「君の勘違いだ」

「何が!」

「俺は溺れていたその子を助けて、ケガの手当てをした。それだけだ」


 娘は横目で少女の姿を確認した。少し表情が和らいだのは、ヒザに巻かれた布に気付いたからだろう。


「君はこの子のお姉さんか?」

「……そうよ」

「君は川に落ちた様子がないようだが、魔獣に襲われたとき、橋の上にはいなかったのか?」

「橋が落ちたのは、ちょうど私が岸に着いた時だった。大人たちに押されてアイラと離れてしまったのよ。あなたもあの時、橋の上にいたの?」


 俺はうなずきながら、彼女の言葉が問題なく聴き取れたことに安心した。俺はこの国の人間ではなく、言葉はこの国の出身だった知人から教わったものだ。


 『大人たち』という言葉からすると、見た目より少し若くて13~14ぐらいか。彼女とアイラはいずれも美人と言える顔立ちだが、姉妹にしては似ていない。ニーナの凛々しい顔からは、彼女の意思の強さを感じる。


「俺の名はジークだ。その子はアイラだな。君は?」

「ニーナよ」

「一緒に落ちた魔獣はどうなった?」

「すぐに向い岸に這い上がったわ。私はアイラを追ってすぐ川沿いに走ったから、その後のことは分からない」


 アイラに向き直って腰を下ろし、心配そうに見るニーナ。


「溺れたのなら、水を吐かせないといけない……よね」

「水はあまり飲んでいないはずだ。川から引き上げるまで、彼女の息は止まっていた」


 驚いた顔で俺を見るニーナ。


「俺が息を吹き込んだら、すぐに自分で息をするようになった。それほど時間を空けずに目が覚めるだろう」




 アイラが目を覚ますまで、ニーナからこのスタールで何が起こっているのかを聞くことにした。


「俺はナントから来た。国境を越えてきたばかりだから、スタールが今どうなっているのか分からない。

 さっき見たのは死の森にいるという魔獣だろう。あそこにいた人達は魔獣から逃げてきたそうだが、ストイの近くに住んでいた人達がなぜこんな所まで逃げて来たんだ?」


 ストイは、スタールの王城があるこの国一番の都だ。小国とはいえ、魔獣が近づけるような所ではない。


「私とアイラは、馬車に乗ってストイからウムライに帰るところだった。その途中で軍の部隊が追い付いてきて、街道は魔獣が現れる危険があると言った。それで馬車から降りてみんなと山道を歩くことになったの」


 ニーナの話によると、それが起こったのはつい最近らしい。

 死の森とスタールの境には、およそ5タットの高さで石壁が築かれていたが、5日前の地震でその石壁がかなりの範囲で崩れた。その崩れた石壁から魔獣が溢れだした。ニーナが部隊の副官から聞いた話では、その数は数百頭にもなるらしい。

 予想もしない数の魔獣に敗走を繰り返す軍を見て、このままでは魔獣の侵入を抑えられないと判断した国王は、兵糧の問題から精鋭部隊にストイの城壁内のみを守らせて、城壁外の住人と周辺の町村民には南方への退避を命じた。

 森から現れた魔獣と戦って敗走した部隊の多くは、退避する住民を警護する役目が当てられた。


 俺は山道をナントへ歩いている時に、避難している人々と出会って魔獣のことを聞いた。部隊の数名が先に吊り橋を渡り、続いて女子供を優先して人々が渡っている時に、後方から魔獣の吠える声が聞こえた。急いで渡ろうとしていた人々にあの魔獣が襲い掛かった。


「そして魔獣に跳び乗られた橋のロープが切れ、こうなったわけか」

「切れたんじゃない。切ったのよ」

「切った? 誰が」

「私達と一緒に魔獣から逃げてきた部隊の副官よ。

 親切でいい人だと思っていたのに。

 魔獣が橋に跳び乗ろうとしたら、アイラがまだ橋の上にいるのにロープを切った。

 私が止めてって言ったのに」


 一度魔獣と戦って敗走した兵なら、その恐ろしさは身に染みているだろう。


「橋を落とさなければ、死傷者はもっと増えていたかもしれない」


 その言葉に、ニーナが俺をにらむ。


「あの人達が正しかったというの」

「目の前でアイラを落とされた。それを恨む気持ちは分かる。だがギリギリまで待てば魔獣が対岸まで来る可能性も高くなる」

「あなたに見捨てられた者の気持ちは分からないわ」

「俺もあの時に橋ごと落とされたんだが」

「……」


 複雑な顔で俺を見るニーナ。まあ、俺としても無理に納得させる気はない。


「ニーナにとってのアイラのような相手なら別だが、誰しも他人より自分の方が可愛い。俺も自分の身が危ないと思ったら、アイラを助けなかっただろう」




 俺が色々と野宿の準備を済ませて、さらに日が落ちてもアイラは目覚めなかった。アイラの様子を見守りながら、時折こちらを見るニーナの視線が気まずい。


 月明かりの中、明るい内に枝と石で作った魚捕りの仕掛けを見に行くと、大ぶりの川魚が十数尾も捕まっていた。かなり遅いが、夕食の準備をする。

 荷袋から油紙に包んだ岩塩を取り出してナイフの背で削る。ワタを抜いた5尾の魚にそれを振りかけ、口から枝を通す。集めておいた乾いた小枝や木片に火をつけ、炎が大きくなったところで魚をじっくりとあぶる。その匂いがあたりに漂う。


 焼けた魚を持ってニーナのところに行く。俺が差し出した魚に首を振るニーナ。その時、腹の虫が鳴く音がした。


「食え。我慢してもアイラが早く目を覚ますわけではない」

「私じゃありません!」


「おなかすいた」


 突然、むくりと身を起こすアイラ。


「……食うか?」

「うん」


 受け取った魚を、一心不乱に食べ始めるアイラ。目を覚ますまでの印象と違って、今は年相応の普通の子に見える。


「あんたって子は……」


 安心して気が緩んだのだろう。ニーナの声が少し涙ぐんでいる。また腹の虫が鳴いたが、アイラからではない。俺がもう一尾、焼き魚を取ってきて差し出すと、ニーナはこちらに顔を向けずに受け取った。

 アイラとニーナは2人で3尾を食べた。俺は2尾を食べ終えると、残りの焼いていない魚を開いて岩塩をすり込み、密生した木の葉の上に並べた。


 次に背の高い木に探す。人が乗ってもたわまないほど太い枝の周りに、小枝がびっしりと生えている木だ。細い枝を折り曲げて、体を支えるような形に整える。

 ニーナ達のところに戻ると2人はもう眠っていた。軽く身を揺すると、アイラは目を覚ましたがニーナはなかなか起きない。


「ここで寝るのは危険だ。木の上で休め」

「わたし達、昨日の夜は歩き続けていてほとんど眠れなかったの。

 わたしはさっきまで寝てたけど、ニーナはすごく眠そうだったから」


 後で怒られそうな気がするが、アイラが構わないというので、目を覚まさないニーナを背負って木に登る。やましい気持ちはないが、やはり背に当たる柔らかいものが気になった。枝の上に寝かせて、落ちないように小枝で包みロープで止める。アイラの方も同じように寝かせた。


「アイラたちの家はどこだ?」

「ウムライの北の方」

「それなら、この川に沿って下って行けばいいな」


 アイラの声が眠たそうだったので、お休みと言って話を終えた。間もなくニーナの寝息にアイラの寝息が加わった。




 朝食の用意をしていると、木の上からニーナ達の声が聞こえた。


「ひゃっ! ……え、何?」

「おはよう」

「アイラ! どうなってるの、これ?」

「地面で寝てたら危ないんだって」


 ニーナは身を起こそうとするが、ロープで縛った枝に囲まれていて上手くいかない。俺はニーナたちを降ろすため、朝食の用意を中断して木に登る。その時、ニーナの足が滑って枝の間から踏み出し、ふとももの半ばまでが露わになって俺の目の前に突き出された。慌てて隠そうとするが、やはり枝が邪魔をする。

 急いでロープを解いて枝をばらし、ニーナの手を支えて地面まで降ろす。続いてアイラも降ろして朝食の準備に戻った俺を、ニーナはしばらく真っ赤な顔でにらんでいた。

 俺のせいなのか?


 朝食にまた焼いた川魚を食べながら、2人と今後の計画について話し合う。


「君達の知り合いの誰か頼りになる人に会うまでは、一緒に行動した方がいいだろう。俺は元々ストイに向うつもりだったがこの状況だ。これからどうするか判断するのに、ウムライで情報を集めたい。はっきり言って、君達だけだと道中での食べる物にも困るだろう」


 すぐに返事はできないだろう。しばらく2人にしておこうと俺は立ち上がった。


「おねがいします」

「えっ、ちょっと待って」


 予想に反して即答したアイラに、ニーナが口をはさむ。


「ジークは頼りになるよ。こうやってごはんも作ってくれるし、力も強いんだよ。昨日なんて、ニーナを背負ってヒョイヒョイと木に登ってたんだから」

「私を? ……覚えてない」

「すごくよく寝てて起きなかったんだよ。ジークは寝ているニーナの胸をこんな風に掴んで」

「胸じゃないっ。脇の下だ」


 これ以上印象を悪くしたくなかったので、アイラを相手に意識のない人を背負う方法を実演して見せる。そのまま木に登って見せると、アイラが耳元で話しかけてきた。


「ニーナの時は、そう少し手間がかかってた」

「ニーナの方が大分年上なんだから、体重も重い。幾つなんだ」

「わたしが12でニーナが14」


 アイラは外見や話した印象より年上だった。背からアイラを降ろすと、ニーナが話しかけてきた。


「あの……昨日の……」

「魔獣のこともあるから、地面で寝るのは避けた方がいい。寝ている間に勝手に木に上げたことは謝る。昨日会ったばかりで、まだ信用できないという気持ちも分かる」

「いえ。そんなことは」

「じゃあ、連れて行ってもらうってことでいいよね」


 ニーナも俺と共に行動することを認めた。枝の上に並べていた魚の一夜干しを、紐に通して荷袋と共に背負う。

 出発してしばらくすると、アイラが俺のことや旅の道中のことなどを尋ねてきた。その質問に答えながら、俺はアイラからまだ知らないこの国の言葉を教えてもらう。


「ジークも兵隊さんだったの?」

「俺の国では17になると、一度は兵役につかないといけない。俺の母は村の医者だったから、俺は軍医付きの看護兵としても働いた。3年後に戦争が終わって、俺は軍を辞めた」

「ジークはお医者さんなの?」

「心得がある、という程度だ。本職じゃない」


 見た所、彼女達は山歩きに慣れているようには見えない。


「ケガをしたとき、どうやって治せばいいか知っているか」

「擦り傷ぐらいしかできたことがないから、分からない」


 ケガをした時の治療方法は、知っておいて損のない知識だろう。詳しく説明することにした。


「ケガをしたら、まず水で洗って傷口に付いたものを落とす。

 洗っても落ちない木のとげや小石がないかを確認して、あれば全て取り除く。

 出血が多いときは、きれいな布で傷を強く押さえる。

 痛くても我慢して、3百バクの間、自分の脈が約3百回打つ間押さえ続ける。

 手を離して血が止まっていなければ、止まるまでこれを繰り返す」


 2人は真剣な顔で聞いている。


「傷を抑えても血が止まらない時は、手足の傷なら心臓に近い触って脈を感じる所を指で押さえる。出血がにじみ出る程度になったら、この止血用の葉を傷に貼って布で縛る」


 荷袋から止血用の葉を出して見せる。


「怖いのは、土の中にある毒が傷から入って、体の中で増えることだ。毒は小さな傷からでも入るが、深い傷の方が入りやすい。傷口を洗って付いたものがあれば取るのは、毒が入るのを防ぐためだ。

 毒の影響はすぐに出る場合もあるが、数日から十数日経ってから現れることも多い。熱が出た時の飲み薬も持っているが、それが効くかどうかは毒の種類と本人の体力次第だ」


 ニーナが突然尋ねた。


「死んでも、口から息を吹き込めば生き返るんじゃなかったの」


 昨日の説明が正しく伝わっていなかったようだ。


「その方法で治るのは、急に息が止まったがまだ脈はある、つまり死んでいない場合だけだ。

 心臓が止まったら効果はない」


 アイラが少し呆れたように言う。


「ニーナ。死んだ人は生き返らないよ」

「……そうね」


 俺に医術の心得があると分かったためか、ニーナの俺に対する態度が少し和らいだように思う。おそらくニーナにとって息をしなくなるのは死んだということで、俺がアイラの息を回復させたと言ったことが、ニーナに俺を胡散臭い男だと思わせる一因になっていたようだ。




 いやなものを見つけた。


 川の傾斜が緩くなって小さな池のようになった所で、多くの遺体が岸に倒れていた。数えると12体で、女や子供の遺体もあった。荷物も遺体が背負っていた物が4つ、荷物だけ転がっているものが3つあった。長雨の後の増水が治まって、すでに水には浸かっていない。遺体はまだ腐臭もなく、獣に食われた跡もなかった。


 俺は荷の一つに括り付けられていたクワで川原に大きな穴を掘り、遺体を埋めることにした。最初ニーナとアイラには、少し離れた木の上で待ってもらうつもりだったが、ニーナはそれを拒否して、死者を弔いたいと言って遺体のある川原までついてきた。二人は並べた遺体に向かって、何か祈りを捧げていた。


 遺体を埋める前に、俺は身元の分かるものがないかと体や荷物を探った。指輪などの装飾品があればそれを、なければ服や靴の特徴的な飾りを切り取った。自分の荷袋から羊皮紙とペンを出し、切り分けて遺体の特徴と埋めた場所を書いてから遺品を包んだ。

 遺品を自分の荷袋にしまうと、遺体を穴の中に並べた。その胸に銀貨を1つずつ置いてから、掘り出した小石や砂を遺体にかけていく。


「その銀貨は?」

「俺の国では、あの世までの旅費として、死者を埋めるときに胸にお金を置くんだ。おかげで手持ちの金が半分になったよ。もう遺体は見つけたくないな。

 俺の国では、行方不明者を探している人は情報が欲しければ教会へ行くから、遺品は教会に預けておくといい。スタールでも同じかな?」

「分かりません。そういう話は聞いたことがないので」


 一番大きな荷物には、小柄な男物の衣服が色々と入っていた。服とサイズの合う遺体はここにはない。他に水を入れる革袋、ロープ、鍋、そして宛先の書かれた手紙と家紋の入った短剣。宛先の地名はウムライの村だった。

 俺は宛先の家に手紙と短剣を持って行き、その間に他の荷物を借りることにした。届け先が求めれば対価を払って買い取ってもいい。


 二人にスカートから荷の男物の服に着替えるように言った。ニーナは故人の物かもしれない服を着ることに抵抗があるようだったが、服装によって行動が制限されて、それが生死を分けることもある。やや強い口調で着替えるように言った。


「一人が岩陰で着替えて、その間もう一人が俺を見張っていれば、俺に覗かれる心配はないだろう」

「見張らないと覗くの?」


 アイラが真顔で訊いた。


「疑われそうな状況を作らないのが、人付き合いのコツだ」


 服はアイラには明らかに大きかったので、俺は裾や袖を簡単に縫って短くしてから渡した。アイラが着替えている間にニーナと話をした。


「アイラは、橋が落ちた時のことを覚えていないの。魔獣から逃げていて、気が付いたら川原で寝ていたって言っている」

「気絶する前の記憶がないというのはよくある話だ。アイラの場合は恐ろしい記憶を消したいという心の働きもあるだろう。無理に思い出させない方がいい」

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