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そのろく:とらさんは悩む

朝の騒動はHRの時間すれすれに顔を出した先生が来るまで続いた。

登校した、あるいは部活を終えたクラスメイトが次々と加わって、気がつけば物凄く盛り上がって、愛兔とゴロちゃんの間にいた私もいつの間にか当事者の一人になってた。

確かにゴロちゃんが言う通り、このクラスはノリがいい人が多いかもしれない。でももそもクラスを巻き込んでこんなになるような話を作ったゴロちゃんが凄い。次が体育の時間でよかった。朝から二時間連続体育はきついけど、移動と着替えがあるから時間も限られてて、何となく有耶無耶に終わってくれた。


ほうっとため息をついて体育館の床に座り込む。もうすぐ球技大会があるので、今日の体育は練習時間として開放されている。

種目はテニス、バスケ、バレー、将棋、諺カルタ。一部変だけど割とオーソドックスなものばかりで、テニスとバスケは男女別。将棋、諺カルタはクラス代表が二人ずつ、バレーは男女混合と男子、女子と出場枠があった。

一応入部してる部活と同じものは選んでいけないというのと、ほかはくじ引きというのが決まってた。先生が言っていたのだが、これは全学年全クラス共通のルールらしい。平等なのかそうじゃないのかよくわからない。

体育科も特進科も参加する共通の行事で、生徒会から商品も出るので気合が入ってるクラスも多い。ちなみに球技大会なのに何故将棋や諺カルタが入ってるかというと、これは完全に体育科を牽制するためのものだそうだ。運動メインの体育科に球技だけではあまりにも有利すぎる。そのため運動が苦手な人も多い特進科や普通科のために将棋と諺カルタがあるらしい。

最早球技大会とは言えないんじゃないかとちょっぴり思うけど、これが存外に盛り上がるらしく、今でも体育館の片隅で将棋と諺カルタを楽しそうにしていた。カルタは全力で取りに行くと肩が上下するくらい体力を使うようで、『はい!』の声も体育館内でかなり響いている。将棋も普通の将棋じゃなくはさみ将棋なので戦略によって十分勝機がある。くじ引きで将棋参加の二名のうち一人に選ばれたゴロちゃんは、にこにこしながら練習相手を撃破していた。



「パスパス!」

「こっちだ!」

「っしゃ、ナイッシュー!」



ぱん、と片手を鳴らしてハイタッチしてるのは男子バスケに選ばれた面々だ。うちのクラスの中でも運動神経がいい人が集まったみたいで、合同体育の都合上練習相手になっていた隣のクラスの男子に今のところ快勝してる。

シュートを決めた後ちらりとこちらを見た愛兔に全力でガッツポーズを取ると、嬉しそうにへらりと笑った。もう胸がきゅんきゅんするくらい可愛い。



「愛兔ー!頑張れー!」

「ん」



僅かに頷いたあと、またボールを追って走り出した愛兔の動きは、素人ながら結構いいところいっている。

ドリブルでもあっという間に何人か躱すし、ああ見えて派手なダンクよりスリーポイントが得意なので、距離を空けてぽすぽすネットにボールが収まるのが気持ちいい。

私はどうにもドリブルやシュートは苦手なので、愛兔の綺麗なフォームには憧れてしまう。

愛兔の勇姿に盛り上がる女子の一角に紛れて大音量で応援してると、不意に横から声を掛けられた。



「凄いねぇ、如月さんの活躍。はさみ将棋で十連勝だってさ。今回の将棋グループで一年ながら優勝候補だぜ?」

「え?」



愛兔の活躍を全身で追っていたので、いきなり横から声を掛けられてびっくりする。

壁に背を預けて立っていたのは、ベリーショートに黒縁眼鏡の男の子。確か・・・名前は橋詰君。今まではあんまり話したことがなかった男子だけど、今回の競技大会でチームを組んでから話すようになった相手だ。

愛兔はバスケ。ゴロちゃんは将棋。そして私は男女混合バレー。体力はないけどこうみえて意外に運動神経には自信があるし、チーム内の雰囲気もいいので、みんな結構いい線いけるんじゃないかって気合は入っていた。



「ゴロちゃんは昔っからオセロとかババ抜きとか七並べとかそういうの得意なんだー」

「いや、そりゃ関係ないだろ。でもま、得意そうだよな」

「先を読むのが好きなんだって。RPGもぎりぎりレベルでボスを攻略するんだよ。凄くない?」

「そりゃ凄いけどさ、大野姉はちょっとずれてんな」



くくっと笑った橋詰君は、いつものクールな雰囲気が崩れて年相応の男の子だった。

なんかニヒルな雰囲気で少し皮肉を利かせる運動も勉強も出来るキャラみたいな印象を持ってたので、笑うとイメージが一変する。



「橋詰君ってさ、笑ってると可愛いね」

「は?」

「だっていっつも表情崩さないじゃない?スパイク決まっても『っし』って小さくガッツポーズ取るだけだし、勝ってもみんなみたいに騒がないで一歩下がったとこにいるし。だから結構クールなのかと思ったら、笑うと一気に子供っぽくなる」

「・・・大野姉のそれ、天然?」

「なにが?」

「いい年した男に可愛いって普通言わないだろ。変だ」

「でも私は普通に愛兔を可愛いって思うし、言うよ?」

「そりゃ大野姉の感覚が人よりちょっと・・・大物過ぎるだけだと思うぜ?とてもじゃないけど俺は大野を可愛いって思えないからな」

「男の子同士だしねー」

「いや、そういう問題じゃなく」



困ったように眉根を寄せた橋詰君は、肩を竦めた。言葉を探して結局見つからなかった、そんな感じだ。

でも愛兔は今でこそ大きく成長したけど、昔は本当に女の子みたいに可愛かった。近所でも手を引いて歩いてると『可愛い子』って私より言われるくらいで、つい自慢したくて長い散歩に出て家に帰れなくなったこともあるくらいだし。



「大野姉ってさ、如月さんを見ても可愛いって思うのか?」

「ゴロちゃん?」

「・・・はぁ、あの如月さんを『ゴロちゃん』呼びだもんな。ちょっと信じらんねぇ」

「あー・・・橋詰君は一中卒だっけ?」

「そ。あの人は直接関わりはなかったけど、先輩。絵に描いたような優等生の爽やか生徒会長だったからさ、まさか高校で同級生になるって考えてなかった」



深々とため息を吐いた橋詰君は、ゴロちゃんと同じ通称一中、長間第一中学の卒業生だ。当たり前だけど中学時代のゴロちゃんを知ってる人は先輩にもいて、時々廊下で呼び止められて話とかもしてる。

場合によっては私も友達に紹介してもらえるので、入学して一ヶ月で新しい学校の先輩とも何人か顔見知りになった。ゴロちゃん自身は平気そうでも、友達や後輩の驚き方はちょっと凄い。本気で心配してくれる友達がいるのもゴロちゃんの人徳だけど、誰にも説明してなかったのかと私も一緒に驚いた。



「知ってる?如月さんは学校でも結構人気あってさ、中学三年の頃には生徒会副会長と付き合ってるって噂が立ってたんだぜ」

「ゴロちゃんが?全然知らなかった」



でもゴロちゃんならもてるという言葉にも頷ける。だってさり気無く優しくて気遣い出来るし、頭いいし、運動神経だって悪いわけじゃないし、生徒会長に選ばれるくらい人望あるし、責任感も強いし、ちょっと腹黒いとこもあるけど爽やかで好青年だし。

つらつらと思い浮かぶのはゴロちゃんを誉めるものばかりで、本当に凄い幼馴染だと改めて感心する。



「それで、ゴロちゃんと噂があった生徒会副会長ってどんな人なの?」

「そうだな・・・ちょっとだけ雰囲気が大野姉と似てるな。黒髪ショートカットで小柄でちょこちょこしてる印象が強い。でもしっかりものではきはきしてて、大野姉より気が強いな」

「へぇ・・・って、どうして私と比較?」

「さあ、どうしてだと思う?」



すっかりいつもの雰囲気に戻った橋詰君は、きょろりと瞳を回して楽しそうにこちらを見ていた。男子の足ってどうしてあんなに細いんだろう。ハーフパンツから伸びてる長い足を横目で眺めつつ、小首を傾げる。



「大野姉、鈍感って言われない?」

「いや・・・別に言われないよ?」

「じゃあ、恋愛に興味ない?」

「そうだねー、縁遠いかなって思う」

「ははっ、意外と身近かもよ?」

「そういうもんかな?」



恋愛とか、ドラマで見るくらいしか縁がない。友達から恋話をふられたことはあるけど、語るほどの経験はなかった。

自分が誰かに恋したこともなければ、誰かに恋されて告白されたこともない。男友達も沢山いるけど、友達と恋人の境目がよくわからない。

考えれば考えるほど眉間に皺が寄って、いつの間にか腕組みしてうんうんと唸っていた。



「そんで結局副会長は周りに盛り立てられて、勝手に両想いって思いこんで告白してあっさり玉砕」

「う・・・」



そりゃそうだろう。さすがに恋人ができたらゴロちゃんもこんなにずっと一緒にいてくれないだろうし。

でもさっくり玉砕と言われると、なんてコメントすればいいか窮するのも事実で、そわそわと視線を彷徨わす。

他人事なのにどうしたものかと焦っていたら、タイミングよくホイッスルの音が体育館に響いた。

今まで休憩していたチームと練習していたチームの入れ替えが始まって、私たちもコートの中に移動になる。

これ幸いとそそくさ早足でコートを目指したら、リーチの違いで悠々と横に並んでいる橋詰君が聞いてもないのに続きを教えてくれた。



「ちなみにそいつ、今は俺の彼女。幼馴染なんだ。年上の」

「へっ!?そ、そうなの?」



驚きで思わず私の声が情けなく裏返る。まさかのどんでん返しだ。この落ち着きは年上の彼女がいるからこそなのだろうか。それとも彼女の前では甘えん坊キャラになるのだろうか。

もし甘えん坊キャラになるなら、デレてるところを見てみたい。是非とも!



「おう。んで話は戻るけどさ、如月さんは先読みできるものより、全然先が読めない突拍子なもののが好きだと思うぜ」

「どうして?」

「男の勘だ」



ぱちりとウィンクした橋詰君は、私をさっさと追い越してコートの中に入っていた。



「虎珀ー、頑張れー!」

「はくちゃん、危なかったら他人を盾にして避けるんだぞ!」



いつの間にか練習試合を終えていたらしい幼馴染の少し気の抜けた声援と、堂々と非道なアドバイスを送る弟にひらりと手を振る。

あの二人も、いつか恋をして離れて行ってしまうんだろうか。それはなんだか嫌だな。しくりと痛んだ胸を誤魔化すためにぶんぶんと首を振り、『頑張ってくる』と笑顔を向けた。

球技大会の内訳は、以下の通りです。

テニス:男2 女2

バスケ:男5 女5

バレー:男6 女6 男女6

将棋: 男か女2

カルタ:男か女2。

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