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そのよん:うさぎさんは人見知り

駅から暫く歩くと学校は見えてくる。体育科を置くくらいスポーツにも力を入れてる所為か、グランドだけでも二つある学校の敷地は広かった。

校舎の前のグランドを周回してるのは陸上部。あと野球部とサッカー部も練習していた。一段低い場所にある第二グランドにはテニスコートで黄色いボールを打つテニス部と、今日は外で練習してる男子バスケ部が活発的に動いている。

体育科に入学した生徒は勿論、普通科、特進科の生徒も部活に入部するの自体は自由なので、強豪と呼ばれるそれぞれの部活の人数は結構いる。体育科に入学できなければわざわざ普通科を受ける生徒も多いらしい。

他にもここからは見えないけど、武道場ではもうそろそろ柔道部と空手部が練習を始めるころだろう。

この二つの部活は武道場を空ける先生の到着が遅いので、開始の時間が遅いと放課後に部活中だった秀介君が教えてくれた。ちなみにその分きっちり放課後に練習するし一度の部活での集中力が半端ないとの噂もある。玄関に入ってすぐ、各部活のトロフィーなどが飾ってある箇所には優勝旗も置いてあった。

そして運動部に力を入れている所為か、この学校では極端に文化部の数が少ない。有志で集まって音楽同好会とか美術同好会とかあるらしいが、帰宅部で三年過ごす生徒もいる。


私と愛兔とゴロちゃんは帰宅部だ。運動神経が人並みの私はともかく、体力測定で結果を残した愛兔は運動部からの誘いもあったのにすべてきっぱり断ってしまった。

理由を聞くと『はくちゃんと一緒に過ごす時間が減るから』となんとも可愛く返されて、勿体無いと思いつつ後押しができない。だって綺麗な瞳でじっと見詰めて小首を傾げられたら、しかも『傍にいたい』なんて我侭にもならない理由を添えられちゃうだめ押しつきでは、猛攻を掛ける運動部のスカウトの前に立ちはだかってしまうというものだ。

ゴロちゃんの場合は初めから熱血漢なのは向いてないと断言してる。それなら文化部はどうか聞いてみたけど、部活自体に興味がないらしい。なんだかんだで三人の時間をゆっくり過ごせて実は嬉しかったりした。



「んー・・・朝一から階段はきついねぇ」

「鞄、持とうか?」

「ううん。自分で持てるから大丈夫」

「でもはくちゃんあんまり体力ないし、俺、力あるよ」

「そうだよ。使えるものは弟でも使えばいいんじゃない?」



繋いでいた手を放す代わりに、ゴロちゃんから返してもらった鞄に視線を落す。宿題が出て必要な時以外は基本的に教科書も辞書も置いていってるので、そんなに膨らんでないし重さもない。

それでも子供の頃からしょっちゅう熱を出して寝込んでいる私を知っている二人は、何か荷物を持つたびに必ず声を掛けてくれた。

けど高校生になった今は昔ほど寝込んだりしないし、あんまり気にすることもないのに。



「本当に大丈夫だよ!むしろいい運動だし」

「三階に上がる頃には息上がってる」



愛兔の突っ込みにうっと言葉が詰まる。この学校は『工』の字型に校舎が建てられていて、一年生は三階に教室がある。

毎日、毎日、クラスに辿り着くまでに朝から体力は著しく削られるのは本当だ。



「息は・・・まぁ、上がる。でもいけるって!だって私、高校に入ってからまだ一度も学校休んでないし!」

「そんなに胸を張るほどでもないからね、虎珀。まだ入学して一月足らずだから僕たちの学年では休んでる子の方が珍しいでしょ」

「私には凄いことなの」

「そうだ。はくちゃんにしては凄い。中学の時は最低でも一月に一回熱出して休んでた」

「掌返すの早すぎるでしょ、君。僕は一応これに関しては君の味方だったんだけど?」

「お前に味方してもらいたいって思ってない。俺の味方ははくちゃんだけで十分」



二階まで上がったところで、愛兔に後ろから抱きつかれる。ここまででもう息が上がりかけてる私はされるがままだ。

呆れ混じりに嘆息するゴロちゃんは、へばりついたまま放れない愛兔に首を振った。ノンフレームの眼鏡を指の腹で押し上げて肩を竦める。



「俺ははくちゃんの味方で、はくちゃんは俺の味方。ねー、はくちゃん」

「う、うん」



跳ねるように機嫌がいい声を出した愛兔の言葉にこくりと頷く。確かに私は愛兔の味方で、愛兔はいつでも私の味方をしてくれる。

当たり前だと返事をしたら、抱きつく腕に力が篭った。背中に感じる体温は心地よい。心地よいものだけど。



「はくちゃん、大好き」

「っ、ありが、とう」

「その大好きなはくちゃんが潰れる前にさっさと自由にしてやるんだね。締め付けすぎでしょ、それ」

「!?はくちゃん、大丈夫!?」

「だいじょーぶ、大丈夫。で、でも、ちょっと腰痛いから、腕を放してくれると嬉しい。お姉ちゃん、本当に潰れそう」



驚いたからか、もっと強くしまった腕に蛙が潰れたような声が出た。実際には聞いたことないけど。

ぐえとか、ぐあとか、年頃の女の子として誰かに聞かれたらちょっと恥ずかしいものだ。

それなのに神様とは無情なもので、聞かれたくないと思うタイミングで人が来たりする。



「あれ?双子の大野姉弟と如月じゃん。はよーっす」

「あ、本当だ!愛兔君、虎珀ちゃん、如月君おはよう!」



上から降りてきたのは、間が悪いことにクラスメイトだった。毎朝登校の時間帯が被ってるので教室で話す機会も多い。

天然と言っていた茶髪の少年は元気よく手を上げて挨拶し、少し後ろから付いてきていた巻き毛の少女は愛兔を見て目を輝かせた。

途端、折角緩みかけていた愛兔の腕の力が強まる。さっきほど苦しくないが、逃げることは出来ない程度に強く。



「おはよう、山内君、能勢さん」

「二人ともおはよー!」

「・・・」



私とゴロちゃんは笑顔で挨拶を返す。そして愛兔は沈黙を貫く。後ろを振り返って促すも、ふいっと視線を逸らされた。

基本的に愛兔は人見知りだ。用事がない限り自分から誰かに声を掛けたりしないし、声を掛けられても返事をしないことが多い。

ちゃんとコミュニケーションを取らなきゃだめって言っているんだけど、困らないからいいと譲らないのだ。

つんと顔ごと背けた愛兔にもにこにこと笑顔を向けてくれるクラスメイトに申し訳なくなって、私の方が思わず謝ってしまう。



「その、ごめんね?愛兔、ちょっと人見知りが激しくて」

「気にしなくていいよ。俺たちもいい加減慣れたし」

「そうそう。愛兔君はこういうクールなとこが格好いいんだから」

「ありがとう」



いい人たちだ。今年同じクラスになったクラスメイトは基本的にいい人ばかりで、うちのクラスは割りと仲がいい。

人見知りから他人に無愛想で誤解されやすい愛兔にも気にせず、めげずに話しかけてくれるので姉としては嬉しい。

本人は気にしないって言うけれど、一人ぼっちでいる愛兔を見ている私の方が淋しくなってしまう。



「大野姉は癒し系だな~」

「え?」

「双子なのに弟と全然似てない。うん。『はくちゃん』はこう、虎なのに小動物系だ」



確かに、私は虎とは程遠い印象だとよく言われる。『虎珀』の『虎』の意味は、『虎』みたいに勇猛果敢に生きて欲しいと願いをこめたみたいだけど、あんまり私自身も虎っぽいと思えない。

ゴロちゃんは栗鼠とかハムスターって頭を撫でる。無駄に回転車で走り続けるイメージらしい。けど、それってちょっと誉め言葉じゃないと思う。確かに可愛いけど。



「虎珀、愛兔・・を押さえて」

「え?」



ぼそりとゴロちゃんが横から囁き、考える前に自分を抱きしめる腕を掴む。瞬間離れかけた腕が戻って、私の視界が回転した。



「『はくちゃん』て呼んでいいのは俺だけだ。潰すぞ」



もの凄い低音が頭の上から降ってくる。底冷えする鋭さを秘めた声は本能的な恐怖を誘うもので、やってしまったと眉が寄る。

愛兔は物凄く他人に対して警戒心が強い。これは私と会う前かららしくて、すぐに懐いた私が例外なのだそうだ。

姉である私を懐に入れて持ち歩きそうなくらい大切にしてくれる反面、その他と認識した相手にはとても厳しい。

過保護にしている私に関することだと、余計に。



「ご、ごめんね!」



愛兔に引き摺られるまま階段を上がりつつ、振り返って呆然としてるクラスメイトに何とか謝罪する。

彼らの元に残ったゴロちゃんが淡い苦笑を浮かべてひらひらと手を振って見送っていた。きっとフォローしてくれるつもりなんだろう。

愛兔はゴロちゃんの前では毛を逆立ててばかりいるけど、もうちょっと感謝するべきだ。喧嘩ばかりしていてもちゃんと愛兔を守ってくれてる。



「愛兔、なんで怒るの」

「・・・はくちゃんを、勝手に『はくちゃん』って呼んだ」

「それくらい別にいいじゃない」

「男はダメ。はくちゃんは、俺のだ」

「愛兔」

「ダメ」



階段を一気に上りきり、三階の廊下に出て足を止める。繋いだ手に指を絡めてきた愛兔は、今にも泣きそうに顔を歪めて黙り込んだ。

あんなにクラスメイトに強気で出た男の子はそこにいない。まるでほんの小さな子供みたいに頼りなく瞳を揺らす愛兔に、瞼を閉じて息を吐き出した。

あとでちゃんとゴロちゃんにお礼を言わせて、あの二人にも謝罪させよう。そうしっかり決意して、まずは自分で怒ったくせに凹んでいる弟を慰めた。

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