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そのさん:うさぎさんは心配性

「あ、凪ちゃんと桜ちゃんと秀介君だ」



電車を降りて視線を上げると、その先には同じ一年生ながら学内では知らない人はいないんじゃないかと思える有名な三人が前を歩いていた。

ちなみに同じ学校でも私が着ている制服と、彼女たちが着ているものは種類が違う。

二人の少女は勉強に力を入れている特進科。そして彼女たちの隣を歩く少年は、体育科に通っているからだ。

私たち普通科の制服はチャコールグレーのブレザーにベスト。男子は黒のズボンで女子は同色のプリーツスカート。そして男女共通でネクタイは臙脂色になっている。

比べて特進科の制服は同じブレザーというくくりではあるもののデザインからして微妙に違う。私たちのブレザーがボタン四つに対して彼女たちのは二つ。色はキャメルで男子は灰色のズボン、女子は赤と濃い灰色メインのチェックプリーツスカートだ。ネクタイは臙脂色に斜めに白いラインが入っている。女子は可愛い大き目のリボンタイで華奢な二人には似合っていた。

そして体育科は学ランとセーラー服だ。黒の詰襟のカラーの部分を緩めた秀介君は、今日は下に白のTシャツを着ていた。この間は『卵命』とプリントされたのを着ていたので、今日ももしかしたらネタが仕込んであるのかもしれない。



「相変わらず、朝から大変そうだね」

「うん。本当に」



しみじみと呟いたゴロちゃんの言葉に頷く。愛兔は特に何も言わないが、じとりと眉間に皺を寄せたので見える光景を愉快には思ってないだろう。

真っ直ぐな黒髪を腰辺りまで伸ばした桜ちゃん───本名は桜子ちゃん──が隣にいる凪ちゃんを庇うように立ち、頭一つ半以上飛び出た秀介君が嫌そうな顔でスーツ姿の男の腕を掴まえている。

彼らが乗る電車は私たちと路線が違うのだけど、ほぼ同じ時間帯に付くにも拘らず少しだけ人が多いらしい。そして人ごみに紛れると大抵凪ちゃんか桜ちゃんのどちらかが痴漢されるのだと、うんざりした様子で秀介君が教えてくれた。

正直、私は今まで痴漢にあったことがない。入学して一月ちょっとしか経っていないが、一度もだ。でも今まではテレビのニュースで見るくらいのちょっと遠い出来事だったけど、こうしょっちゅう痴漢被害にあっている子を見ていたら世の中どうなってるのかと言いたくなる。

でも本当にほんの少しだけ、痴漢の気持ちも理解できないでもない。

何しろ凪ちゃと桜ちゃんは今年の新入生の中でも飛び抜けた美少女で、まるで二対の人形のような雰囲気をしている。

どこか不可思議でおっとりした雰囲気の、陽に透けると金色にも見える癖の強い髪をベリーショートにしたビスクドールみたいな容姿の凪ちゃん。

真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の瞳が印象的なきりりとした和風人形みたいな桜ちゃん。

二人揃っていたら十人歩くと九人は振り返るだろう。華奢で小柄な体型をしているけど、存在感は半端ない。

毎日一緒に幼馴染の秀介君が登校してるからいいものの、二人きりで電車に乗ったらえらいことになりそうで、思わずひっそりと眉根を寄せた。



「大丈夫かな」

「今岡さんだけなら心配だけど、秀介と高屋敷さんがいるから大丈夫だよ。むしろ虎珀が出て行ったら邪魔になると思う」

「・・・やっぱり?」

「うん。前のとき、痴漢されたわけじゃない虎珀がわんわん泣くから三人とも凄く困ってたし」



言われて思い出すのは、一般人で通う科も違う私が三人と知り合う切欠になった出来事だ。

詳細は省くがあの日、日直で早く登校した私と愛兔、それに付き合ってくれたゴロちゃんは、駅のホームで痴漢にあっていた凪ちゃんと、犯行後凄まじい勢いで捕り物を始めた桜ちゃんと秀介君の勢いに驚いて涙腺が崩壊した。

生まれてこの方犯罪現場に巻き込まれたことはなかったし、妙に場慣れしている感じで男を伸している美少女の迫力にもびっくりした。人は驚きすぎても涙が止まらなくなるものだと、平和ボケしていた脳に刻まれた瞬間だ。

それから駅員さんに現場に居合わせたとして一緒に軽い詰問を受けて、痴漢の証言をしてくれてありがとうと三人が私たちがいるクラスを調べて挨拶に来てくれてから付き合いが始まった。

と言っても物凄く親しいわけじゃない。どうしてかあの三人が近づくと愛兔の機嫌が悪くなるので、あまり長話も出来なかった。

ちなみに、実は三人ともゴロちゃんの中学の後輩だったりする。付き合いはなかったようだが、中学でも有名だったのでゴロちゃんは一方的に三人を知っていた。

何しろとにかく仲がいいので、確かに人目は引くかもしれない。なんだろう。一種独特の、自分たちの中で収まる空気を持ってる。



「はくちゃん、行っちゃだめだ」

「でも無視するのもちょっと」

「だめ。はくちゃんを痴漢に近づけたくない」



上から見下ろしながら私の制服の裾を引く愛兔は、いやいやと首を振る。上から見下ろすくせに、見上げるような眼差しとはわが弟ながらテクニックがある。

さっき電車の中で甘やかしたからその延長線上でまだスイッチが学校モードに切り替わってないのかもしれない。

一応、学校では家の中ほどべたべたじゃないのだけれど、とひっそりとため息を吐きつつも掴まれた部分を振り払うこともできなかった。

薄情な話、知り合ってから一月経つか経たないかの知人より、可愛い弟の方が優先度が高いのも本音だ。

もしもあの三人が心底困り果ててるならまた別の話だけど、結構余裕がありそうだから余計に。

すると迷う心を見透かしたように愛兔が袖を握る力を強めて、情けなく眉を八の字に下げた。



「俺、あいつらと関わらせたくない。はくちゃんは可愛いから痴漢に目を付けられる」

「いや、それはちょっと。お姉ちゃん心配してくれるのは嬉しいけど、さすがにないと思う」



贔屓目に見ても、私はあの二人とは比べ物にならない。ハーフの凪ちゃんと桜ちゃんは同級生にも上級生にももう何度か告白されていると噂になっている。

それに実際本当に可愛いのだ。同じ美少女というくくりでも全然タイプも種類も違って、小さいから小動物の戯れる様子にも見えて女の私から見ても見惚れる。

そんな凪ちゃんと桜ちゃんを前に、何ゆえ愛兔は私を心配するのか。痴漢だって相手を選びたいだろう。



「なくない。はくちゃんは本当に可愛い」



後ろから覆いかぶさってきた弟は、守るように腕を私の胸の前でクロスさせる。

凪ちゃんや桜ちゃんほどじゃなくても、私も平均より身長は低い。平均より高い愛兔に抱きつかれると身体がすっぽり隠れた。

そのまますりりと頬を髪に摺り寄せ吐息混じりに耳元で訴える。



「はくちゃんが痴漢されたら、俺は暴れる。あいつらみたいに上手く加減できない。もっとぼこぼこにする」

「ぼこぼこって・・・」

「高屋敷さんも秀介も武道を嗜んでるからね。僕たちは素人だし、多少加減を間違えても仕方ないんじゃない?」

「ゴロちゃんも乗ってないで止めてよ!想像でも怖いよ!」

「そう?でも僕も虎珀が痴漢されたら凄く怒ると思うから、大野を止めれないな」

「ゴロちゃん!」



背中に張り付いたまま離れる気配がない愛兔をそのままに、にこにこと笑顔を浮かべて物騒なことを口にする幼馴染を睨み上げる。

ひょいと肩を竦めた彼の言葉がどこまで本音かわからないけど、冗談を冗談で済まさない部分があるから怖い。

それに愛兔にも前科がある。今でこそ昔と同じ素直に甘えれる弟に戻ったけど、中学時代は反抗期が来て私には直接見せないものの、暴れていたのも知っていた。

毎日一緒に帰っていたのにある日いきなり一人で帰ってと言われて、髪も金色に染めて、毎日傷だらけになって、あの時は本当に心配した。

一年くらいで落ち着いたし、私に対しては基本的に優しいのは変わらなかったけど、やっぱり喧嘩はしない方が嬉しい。

愛兔は人見知りでちょっとだけぶっきらぼうで誤解されやすい。本当は内気で不器用なだけなんだけど、中々本当の優しさまで気付いてもらえない。

どんな格好をしていても何をしていても愛兔は愛兔で私の弟だが、それでも笑顔を多く見せてもらいたいと、未熟な姉でも思うのだ。



「お願い、はくちゃん。俺を怒らせないで?」



最早それは遠回しな脅迫なのじゃなかろうか。

痴漢なんてないと思うけど、ここで約束しておかないと安心して学校生活を送れない。

目の前の、もしかしたら物凄く仲がいい友達になれるかもしれない相手を見捨てろと、遠回しに強請る弟はやっぱり酷い。



「はくちゃん」



ぎゅうっと腕の力を強め、逃げないでと訴える弟を切り捨てるなんてやっぱり無理だ。

いつの間にか視界から消えてしまった三人の姿を探すこともせず、気を揉む愛兔の腕をポンポンと叩く。



「ちゃんと約束して」



最後の最後まで追及の手を緩めずに、私の目を覗き込んできた。

そこまでしなくてももう答えは決まってるのに。はんなりとした苦笑を浮かべて心配性の弟に、ゆっくりと唇を持ち上げた。

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