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そのいち:うさぎさんは甘えん坊

「まーな、まなまなまな、愛兔ー!朝だよー!おはよー!」



最愛の弟を起こすのは、私の朝の日課の一つだ。

ノックというにもおこがましい、遠慮しない力でどんどんとドアを叩きまくり、返事も期待せず強襲する。

本来なら姉弟とはいえ一応返事くらい待つべきなのだろうが、どれだけ眠っても常に寝起きが悪い弟相手に返事を待っていたら学校に遅刻してしまう。

もっとも寝起きが悪いといっても機嫌が悪いわけじゃない。単純にエンジンが掛かるのが遅いのだ。大体普通の状態に持っていくまで十分は必要になるから、寝起きがいい私が起こしに来るのが定番になっている。

この春から入学したばかりの高校の制服を身につけそのままでも学校に行ける格好の私は、部屋に入った勢いのまま弟が眠るベッドに飛び乗った。



「まなとー、起きよう。学校に遅れるよー。ご飯食べれなくなっちゃうよー」

「・・・・・・」

「あーさーだーぞー!」



ベッドに横になり頭から布団を被っている弟の上で、ごろごろと転がりまわる。

普通なら痛みでとっくに目を覚ましているだろうに、弟でも私よりがっつりとした体格の愛兔は小さく唸るだけ。

毎日の事ながら、凄い根性だと感心する。掛け布団からのぞく緑色に染められたソフトモヒカンの天辺部分の少し長い場所ではなく、短く刈り上げられた側面をじょりじょりと撫で回した。

愛兔は私と違ってとてもお洒落だ。私なんて面倒だから、癖のつかないくらいのストレートの髪の毛を襟足で適度に揃えるショートカットでずっと来ている。

毎日ワックスを使って髪を整える手間も面倒だと思うのに、出来上がりは本当は可愛い弟が格好よく仕上がるので凄い。

短いが禿げてる訳じゃない髪は掌に心地よく、何というか癖になる。愛兔の上に横になったまま両手を使って頭のサイド部分を撫で回していると、不意にむんずと手首が掴まれた。



「お?」

「・・・はくちゃん、くすぐったい」

「おはよう、愛兔」



切れ長の瞳が眠そうに瞼を落としながら、こちらを見詰める。黒い瞳は姉弟になった日から変わらず一直線な眼差しを向けてきた。

低く掠れた声は昔からは考えられないものでも、私にとって愛兔の立ち位置は変わらない。

『はくちゃん』と柔らかく呼ぶ響きも、こちらを見詰める三日月形に細められた瞳も、機嫌良さそうに緩んだ口元も何もかも。

そう───たとえ気がついたときには身長差が三十五センチ以上出来ても、体重に二十キロ以上の差が空いても弟は弟なのだ。


私と愛兔は連れ子がいる親の結婚で姉弟になった。

一応、私の方が一年年上だけど、身体が弱くて幼稚園に通えず、挙句一年小学校への入学を見送りしたので学年は愛兔と同じ。

ついでに物凄い偶然で二人の誕生日が一日違いなので、周囲は同時に小学校に上がった二人を双子と認識した。

両親の結婚と同時に昔の住処から引っ越したのも認知度に一役買って、本当は双子じゃなくて年子なのだと知ってる人は意外と少ない。

今でも家族ぐるみで付き合いがある幼馴染一家と、両親と自分と、あと学校関係者くらいがぱっと上げられるけど、世間は広いようでいて狭いから、私が認識するより知られているのかもしれない。

でも愛兔は物心付いた時には私を姉として認識していたので、知らない。私にはそれでよかった。


何年経っても可愛くて大切な弟。

ほんの少し予想より大きくて、ごつくて、ちょっとばかり眼光鋭くて、発する雰囲気が只者じゃなくて、声が低くなって、私と家族以外には無口になったけど、ちょっと外見が変わっても中身は何も変わらない。

甘えん坊な弟のまま。


伸ばされた両腕が首の後ろで組まれて、痛くない程度の力で抱きしめられる。片手で頭を覆われて、本当に大きくなったんだなと変に感慨深く思った。

すりすりと頬を寄せられ、同じように仕草を返す。大凡欠点が見つけ難い愛兔だが、ほんの少し難点を言えば、姉想いが過ぎる部分があるところだろうか。

とても贅沢な悩みに頬を緩ませ、まだ姉弟として許される範囲内だろうと、本当はまだこのままの関係を続けたいだけの自分を見逃す。



「はくちゃん、おはようのちゅう」



まだ半分寝ぼけているのか、唇を突き出す弟の額を思わずチョップする。

ぐっと眉間に皺を寄せて黙り込んだ愛兔は、むうっと不機嫌そうに瞳を眇めた。他人ならいざ知らず、こちらは長年付き合ってきた家族。

今更この程度の威嚇で怯むようでは姉としての威厳がなくなる。誰に何を言われようと、第三者からどう見られようと、愛兔は弟で私がお姉ちゃん。

むん、と精一杯薄っぺらい胸を張るようにして黒々とした瞳を見返した。



「もうちゅうはなし!中学で卒業って、お姉ちゃんと約束したでしょ」

「・・・ちゅうしないなら、起きない」

「起きないなら置いてくよ。ゴロちゃんと待ち合わせの電車来ちゃうし」

「置いてくなら、学校休む」

「一日くらい休んでも出席日数足りてるし、愛兔は私と違って頭いいから大丈夫だね。と、言うわけでお姉ちゃんはご飯食べに行きます」

「はくちゃん・・・」



見た目は厳ついといわれても仕方ない外見をしてるくせに、情けない声を出す愛兔を前にして小さく唸る。

威嚇されるのは平気でも、泣きそうな顔で見られるととても弱かった。なんというのか、こう、姉としての心を擽られる。

むずむずとした何かが腹の底からせり上がり、抱きしめていた腕の力が緩むのを感じてなお焦った。至近距離で潤んだ黒めに弱いのを、愛兔も知ってるくせに。

自分の武器をきちんと認識しているところは、大きくなってもやはり弟ということなのだろうか。無意識に甘え方を覚えてる。



「はくちゃん、俺を置いてくの?」

「う・・・」

「俺より、悟狼ごろうなんかを優先させるの?」

「う・・・うぅ・・・」

「俺は『弟』なのに、はくちゃん、見捨てるの?」



名前のとおり、愛くるしい兔みたいな瞳でじっと見詰められて無視できる人間なんて居るのだろうか。

否。この愛兔のお願い光線を拒否できるのは、相当冷めた人間か無機物くらいだろう。あ、でもゴロちゃんは違う。

普通に優しい幼馴染だけど、彼と愛兔との関係は昔からあまり良くないから例外だ。

一目見た瞬簡にお互いの相性を悟ったらしい二人は、子供の頃は顔を見合すたびに喧嘩をするような仲だった。

ちなみに今でこそ手は出さないものの、物凄く寒い空気が流れる。ブリザード並の、凍りつきそうな感じの。

今通ってる高校も愛兔とゴロちゃんの手伝いでどうにか受かった程度のレベルの私では思い浮かばないような語彙の多さに、ただただ感心するばかりだ。

お互いを罵るパターンの多さを記録しておけば一冊本を出せるんじゃないかと今更思う。ちょっと勿体無かったかもしれない。



「・・・はくちゃん。無視しないで」



悲しげに眉を八の字に下げた愛兔は、ペットショップにいる兔がそうするよう、僅かに小首を傾げた。

ずるい。ずるすぎる。折角今日は完全なる勝ち星をあげたはずだったのに、これではまた私が白旗を上げる羽目になる。

いつもいつだって名前のとおり小動物系の弟は、甘ったれた声を出した。

こうなると私の負けはほぼ確定してる。しかしながら転んでもただで起きるお姉ちゃんではないと思え。もう中学時代の私とは違うのだ。



「愛兔がすっきり起きて、ご飯食べて、私とゴロちゃんの待ち合わせ時間に間に合わせるなら置いてかない」

「ホント?」

「うん。お姉ちゃんは嘘つかないよ」



約束、と小指を差し出すと、私のものより随分と太い小指が絡められる。

おなじみの約束する時の歌を歌って指を切って、焦点すら合わなくなるくらいの至近距離で、にっと口角を持ち上げて笑った。

そして力が緩んだままの腕の中から隙を突いて抜け出すと、一気にドアまで走ってから足を止める。

振り返った先でようやく上半身を起こした愛兔は、大きな掌でがりがりと頭を掻いて欠伸をしていた。



「残り時間はあと十五分。お姉ちゃんとご飯食べる時間も考慮してね」

「ん。五分で終わらす」

「待ってるー」



ひらひらと手を振って、パジャマの上着のボタンを外し始めた愛兔に背を向ける。目覚めのちゅうを躱せるレベルまで、私は一応成長できた。

それでも高校生になっても相変わらず姉離れできない甘えん坊の弟を喜ぶ私は、やっぱり相当にブラコンなのだろう。

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