与える強さ
「ここはこうじゃない?」
「あぁ、そっちのほうが伝わりやすいな」
相変わらずの二人。
いつもの居酒屋で、詩の手直し。店内には少し淋しい音楽が流れている。
「これで何枚目くらいだ?」
「んーと、40枚くらいだった気がする」
そう。もうなんだかんだで心と会ってから一年くらいたってるんだ。
僕の気持ちのほうは、不思議なくらい落ち着いている。好きって気持ちは変わらないけど…
「明日も学校か?」
「うん。でも明日の授業は別にでなくても平気そうだから、さぼろうかと思ってる」
「じゃあ、オレんちこないか?」
「えっ!!?」
突然の誘いにかなり驚く。一年の間、こんな関係を続けて来たものだから、急にそんなこと言われても心の準備が…
「……お前変な想像してるだろ?」
「えっ!?してないしてない!」
「うそつけ。顔にですぎだから」
うっ…。やっぱりわかりやすいのかな僕ってば。。
「そんなことしねぇから安心しろ。今まで光が書いた詩に曲つけてきたけど、お前一回も聞いてないだろ?聞かせてやろうと思ったんだよ」
「あっ!そういえばそうだよね。一年くらい経つのに一曲も聞いたことないや。……あれっ?今名前で呼んでくれた!?」
「わりぃかよ?」
「ううん!全然悪くない!」
この時が実は初めて心が僕のことを名前で呼んでくれた瞬間だった。
それまではおい、とかあのさぁ、ばっかりだったからなんか嬉しかった。
「んで、くんの?こないの?」
「行く!行くよ!聞きたいもん!」
「じゃあ、これ飲んだら行くか」
店を出ると、街は妙にがらんとしていて少し不気味だった。
「なんか人少なくない?」
「そういやそうだな。まぁそんな時もあんだろ。ほら、行くぞ。ウチ歩いてすぐだから」
少し歩くとマンションが見える。結構大きいマンションだ。入り口のロックを解除し、自動ドアを通り3階へいく。
303号室。【桜井】すごい綺麗な字だな。詩を直してるときも思ったけど、心って字上手なんだよねぇ。「ここだよ。入んな」
中はいやに殺風景な部屋だった。余計なものが一切ない。あるのは家電とベッド、ギターと音楽に関する本だった。
「こっち座れよ。今コーヒーでもいれっからよ」
「あっ、別にいいよ。」
「いいから待ってろ」
相変わらずだなぁ…
「その間どれが聞きたいか選んでろよ」
僕の前には、ばさっと詩が置かれた。
よく考えたらこれに全部つけたのかなぁ?
あっ、これ結構好きだったんだよなぁ。これも懐かしい!
とかやってる間に心がコーヒーを持って僕の隣に座った。
「決めたか?」
「うん。これがいい!」
「あいよ」
そう言うと心は傍らにあったギターを手にとった。
「ちょっと待って!」
僕は慌てて止めた。
「なんだよ。違うのにすんのか?」
「そうじゃなくてこんな夜中にギターひいて、近所迷惑じゃない?」
「大丈夫だよ。このマンション、どの部屋も防音工事がしてあるから。そのためにわざわざここ選んだんだよ」
心の音楽にかけるものが伝わってきた。わざわざその為にここに住んでるのを考えたら、本気で音楽の道に進みたいんだ。
「じゃあ始めるか」
心の指先から流れるメロディーと歌声。よく考えたら心の歌を聴くのはこれが初めてだ。
澄んだ声。決して声が高いわけじゃないんだけど、なんとなく心の中を通すような声だった。
少し切ないメロディーがより一層心の歌声を際立たせる。
あっという間に曲は終わった。
「どうだ?」
「心の歌声が綺麗だったなぁ…」
「いやそっちじゃなくて、曲のほうだよ」
「…あぁ!なんか切ない曲で詩のイメージにぴったりだったよ!」
「……そうか」
危ない危ない。つい心の声の感想言っちゃったよ。
でもホントに綺麗だったな…
「じゃあ次はこっちこっち!」
「あいよ」
そんな感じで時間はすぎていった。
気が付けばもう朝方になっていたが不思議と眠くない。心といるからなのか、自分の詩がこんないい曲になったからなのかわからないけど。
「ちょっと休憩な」
「あっ、ごめんね。心ばっかり疲れちゃうよね?」
「それは別にいいんだけど、光に聞きたいことがあってさ」
「何?」
「お前、なんで暗いイメージの詩しか書かないんだ?明るい曲が浮かんでこないだよな」
「…ごめん」
「別に謝ることじゃねぇけど、なんかあんのか?」
瞬のこと思い出してた。
あの時のことがまだ抜けてないせいか、詩を書くときは決まって辛い気持ちをそれに向けてしまう。
「うん。ちょっとね…」
「そっか。オレには言えないことなのか?」「言えなくはないけど…」
「じゃあ言えよ。楽になるかもしんないだろ?」
「うん…」
僕は瞬のことを話した。
心は僕の話を聞いて頷いていた。なんとなく怒ってるような感じにも見えた。
「そんなことがあったのか」
そう言うと心は向こうの部屋に行ってしまった。
それだけかよ…
しばらくすると心が何かを持って来た。
「これお前にやるよ」
目の前にあったのはいつも心がつけてた古いシルバーのリングと鍵の形のトップとチェーンだった。
「えっ?なんで…?」
「お前は心が弱いからな。それつけて、少しオレの強さをわけてやる」
思いもしない心の行動に驚いた。
「でもいつもつけてるってことは大事なものなんじゃないの?」
「オレが15の頃からつけてるやつだ。音楽を始めようと思ったきっかけ。そのきっかけをつくってくれた人からもらったもんだ」
「そんな大事なもの貰えないよ!」
「いいんだよ。その代わりいつか明るい詩を書いてこいよな」
気が付くと僕の目からは涙が溢れていた。
心がそんな大事なものを僕にくれたこと。自分の夢のきっかけになったものを人にあげるなんて、簡単にできやしない。
どんな励ましの言葉や慰めよりも嬉しかった。
不器用な心らしかった。
「そんな泣くほどのもんじゃねぇから」
「そんなことないよ。ありがとう心…すごい嬉しい。僕頑張るよ!それとこれ大事にするね」
「ん?あぁ…」
照れ隠しをしている心に僕は少し笑った。
「なに笑ってんだよ?」
「ううん。別に(笑)あっ!もう始発動いてる。そろそろ帰ろうかな」
僕はもらったトップとリングをチェーンにとおし、身につけた。
「じゃあ帰るね」
「駅まで送るよ」
「いいよ。近いから」
「いいから」
駅に着くとやっぱり人影はない。当たり前か。こんな朝早いし…
切符を買い、改札を通った。振り返ると心はこっちを見ていた。僕が手を振ると、心は周りをキョロキョロして手を少しだけ挙げた。すごい照れ屋だな…
そんなことを思いながら僕は電車に乗った。
僕と心がそうしてる間に僕の周りで変化が起こり始めていた。一つの人影と共に…