成功、入口
ライブ当日の朝。
一曲だけとはいえ、人前で歌うことになった僕はあまり眠れなかった。
心はというと回数をこなしているだけあって、かなり落ち着いた様子。
「なんだ緊張してるのか?肩の力抜かないと声でないぞ」
なんとも無理な話だ。
半月前に決められて、はいそうですかって納得できるものじゃない。
二人で少し早めの朝食を食べ、本番前の練習へと向かう。
なんだかピリピリした様子のメンバー。
なんか恐い…。
「ねぇ、心?みんなどうしちゃったの?」
「本番前で緊張してるんだろ?」
「そうなのかなぁ…」
僕にはそうは見えなかった。ピリピリと同時にギスギスした感じにも見えたんだ。
でも本番前の緊張でみんなのことを気にしてる場合じゃなかった。
「じゃあ移動するぞ」
ぞろぞろとメンバーの一人の車に乗り込む。
密閉空間での嫌な雰囲気が少しずつ伝わってきた。
みんな口を一切聞かない。それが僕の緊張をより一層高めていった。
会場に到着。
小さなライブハウスだったがそれでも結構な人数が入るように感じた。
本番直前のステージ。
僕の出番はまだなのに、心臓が口から飛び出るくらい緊張していた。
声大丈夫かな?
あーあー、うん。とりあえず平気。
何度も何度も確認しているうちに、幕が開き心たちの出番になる。
歌が始まるとお客さんはなんだか微妙なノリ。
心、歌うまいと思うんだけどなぁ…
そんな中、客席後ろのほうにいる変な男が目につく。どこがどう変って聞かれても困るんだけど僕の直感。なんとなく気になっていた。
なんて考えてるうちに僕の出番になる。
「今日は新しいメンバーを紹介します!ボーカルの光です!」
紹介されステージの真ん中にいつのまにか用意されたマイクの方へ歩いていく。
「新曲の『柊』聴いてください!」
えっ…
それって僕の名字…
僕は心の、メンバーの期待に応えるため一生懸命歌った。
少し悲しい感じのメロディーが歌ってる僕の心にも響いてくる。
人前で歌うのってこんなにも気持ち良かったんだ。
曲が終わり、お客さんみんなが静まりかえる。
うわぁ…やっぱだめじゃん…拍手がひとつもない。
やっぱり僕なんかじゃ…
そう思った瞬間、客席から津波のような拍手が押し寄せた!
微妙なはずだったお客さんのテンションが一気にMAXに到達した瞬間だった。
客席を見ると、涙してる人も少なくない。
それをみて僕も嬉しくなり心のほうを見る。
心も僕を見て、軽く頷き客席の方を指差す。
すごい歓声だった。
僕は深く、深くお辞儀をした。
幕が落ちライブは最後の最後で盛り上がりを見せた。前にも何組かやったが僕らのがたぶん一番だったと思う。大成功でライブは終了した!
ステージ裏に行き、僕と心は笑顔で抱き合った。
恋人同士が抱き合う感じじゃなく、音楽をやる『仲間』として。
そんな中、部屋のドアをノックする音。
「ん?誰だ?」
心がドアを開けると、そこに立っていたのはさっきステージ横にいるとき見た変な男。
「ちょっといいですか?」
「はい…どちら様ですか?」
心がそう言うと、男はカバンから名刺を出し心に渡すとこう言った。
「私、【ひだまり】の営業をやっております松田と申します」
メンバー全員が凄まじい勢いで椅子から転げ落ちる。えっ?えっ!?
今なんかおもしろかった?!
僕もこけなきゃいけないのかな?!
みんなに遅れること10秒、僕も椅子から転げ落ちる。
「光、何やってんだよ?」
心が僕の方に来てしゃがんだ。
「ねぇ、心?今の何がおもしろかったの?みんなと笑いのつぼが違うのやだなぁ…」
「お前何言ってんだよ!?【ひだまり】っていやぁ、かなり有名な音楽プロダクションだぞ!」
「えっ!?」
「えーっと話を続けてもいいでしょうか…?」
「あっ、はい!すいません!どうぞ続けてください!」
「あなた方、メジャーデビューしませんか?」
『…………………』
『ええぇぇぇぇぇっ!!』
一同大興奮!!
それはそうだろう。
何年も音楽活動をやってきて、やっと来たチャンスなのだから。
「ホントですか!?」
「ええ。どうですか?」
「もっ、もちろんお願いします!」
「そうですか!それはよかった。今までも何度かあなた方のステージを見てきたんですけど、今日のは最高でした!ラストのあの曲、【柊】でしたね。あれが決め手になりました!作詞作曲はどなたが?」
その瞬間僕と心以外のメンバーは硬直した。
もちろん僕ら二人は嬉しさのあまりその様子に気付かない。
「作詞はさっき歌ってた光が、それに合わせてオレが曲をつけました」
「そうでしたか。あの曲は詩を先に…なんとなくそんな気がしました。変な言い方ですけど詩の一文字一文字に、何かストーリー的なものを感じました。その詩のイメージにぴったりの曲で…いやぁ思い出しただけで切なくなります」
「ありがとうございます!」
「それでは後日また連絡しますので、今日の所はこれで」
「はい!ホントにありがとうございました」
「あっ、それと光さんでしたね?」
「はっ!はい!」
「あなたの歌声はとても素晴らしいです。きっと聴く者すべてをひきつける力を持っていると私は思います」
「あっ、ありがとうございます!」
「それと心さんでしたね?」
「は、はい!」
「あなたの歌声も素晴らしいものです。ただ今までの曲ではあなたの力は引き出せなかったのかもしれません。心がこもってなかったわけではありませんが、自分がこれから何をみんなに伝えていくべきか?自分が一番唄いたい歌は何か?それを見つけたとき、聴いてる者はあなたの歌声にひきつけられると思います。まぁ…今日のことで答えは出てるかもしれませんがね…では、私はこれで」
『ありがとうございました!!』
僕と心は声を合わせて言った。
今までになかったライブの盛り上がり、大成功。
そして突然のデビューへの階段の入り口。
さらには僕の歌でみんなが泣いてくれたり、認めてもらったこと。
すべてが驚きと歓喜の日だった。
でも…これから起こる崩壊と、苦難の道になることを僕は知る由もなかったんだ…