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…何故に悲鳴が聞こえるの?

 夕焼けの中、リーナさんが俺の三歩後ろをとぼとぼと歩いていた。

 例の出来事が起こった彼女の転校初日の夕方である。リーナさんの表情はずっと暗い。

 …まあ、そりゃあそうだよな。転校初日のトッパチにあんな事になったんだから…。

 リーナさんは亀家君に“呪い”をかけた事を覚えていなかった。…というか教卓から自分の席に行くまでの記憶がすっぽり抜け落ちているのだそうだ。


 …二重人格かな…?


 少し前に鈴がそんな本を図書館から借りて読んでいた事を思い出した。まだ借りているかな?帰ったら聞いてみるか…。


「…どうして…匠君は私を、…その、き、気持ち悪がらないんですか?」


 歩きながら考えにふける俺に背後から声がかかる。

 振り返ると十歩ほど後ろにリーナさんが立ち止まっていた。俯いた彼女の肩が震えている。亜麻色の髪に隠れて彼女の表情は見えない。


「…あー、えーっと…」


 リーナさんがそう言う訳は解っている。今日の朝の出来事の後、リーナさんに話しかける奴どころか近づく奴さえ居なかったからだ。

 彼女は今日一日、まったくの孤独だった。

 …勿論俺は気にせず話しかけた。でも友達になってもいいと言ってくれたドロンド君やクーや岩さんさえリーナさんに近付くの気味悪がった。三人には「少し様子を見たい」って言われた。

 …俺は何も言えなかった…。無理強いは出来ない。あんな事の後だからな。

 でも俺だけはメゲずに彼女に話しかけ続けた。ショートホームルームの後、休み時間毎、昼休みと時間の許す限り。

 放課後、部活をサボり彼女と一緒に帰ろうと誘いもした。

 …だからこうして彼女と一緒に帰っている訳だが…。

 さて彼女の疑問に何と答えるべきか…。


「…あのさ、友達は友達を気持ち悪がるものなの?」


「…へっ?」


 俺の返した言葉ににリーナさんは驚いた表情の顔をあげた。…疑問に疑問で返答しちゃったけど、俺変な事言ってないよな…?

 …まあ、周りからは綺麗ではあるが薄気味悪い転校生、…いや、綺麗であるが故に気持ち悪さが引き立つ転校生に話しかける変な奴と思われてるかもな…。

 惚れた弱みと言えばそれまでだが、俺の今の気持ちを伝えてあげる事でリーナさんの学園生活が少しでも楽しくなるなら、多少変な奴と思われたって俺は平気だ。

 …まあ、あくまで“多少”だが…。


「俺は今日朝、リーナさんに友達になると言った。

…今朝の亀家君との事、正直驚いたけどそれで友達を止める理由にはならないよ。

むしろリーナさんは、あのいけ好かない亀家君の非道な行為にお仕置きをしたんだ。他の奴は知らないけど、俺はスッキリした♪」


 亀家君の“あの後”を思い出しながら俺は苦笑した。

 あの後はそりゃあ非道くて可笑しくて面白い状態だった♪

 まずはショートホームルームの後で何故か落ちていたバナナの皮を踏んですっ転んでいだ。

 トイレに行けば亀家君の使った蛇口だけが壊れて彼は濡れ鼠になっていた。

 昼休みに食堂に行けばバスケ部の部長が転んで落とした熱々カレーの皿を頭から被っていた。

 終いには学校に侵入してきた野犬の群に彼だけが襲われていた。

 今もびくびくしながら部活に励んでいるだろう。…うけけっ♪

 後はバスケットボールでも頭に直撃すればいい気味だ♪


「……あの、私の話を聞いていただけますか?

…実は…、その…」


 立ち止まって俺を見つめたまま話始めたリーナさんの瞳が潤む。こぼれそうな涙を堪えながら途中に詰まりながら、でも必死に喋り始めた。


 内容は彼女の昔話だった。

 物心ついた頃から今回のように急に記憶が途切れるようになった事。そしてその度に家族以外の周りの人間が自分から距離を置くようになった事。

 中にはそれでも友達だと言ってくれた人も居たが、二度三度とリーナさんの記憶が飛ぶ現象が起こると他の人達と同じようにリーナさんから離れていった事。

 だからそうなる前に、俺に自分には近付かないようにしてほしい事。


 …事実上の友達関係破棄宣言だ。

 前にも言ったかもしれないが、俺は肝っ玉は小さいし短気だしハンサムでもない。

 だが、俺の心の奥には煮えたぎる性よ…もとい、リーナさんへの恋のパワーが溢れている。そりゃあもう、某ファーストフードの牛丼のつゆだくだくだくよりもタプタプと満ち満ちて熱く濃厚な気持ちがだ。


「…リーナさんに一つ約束出来る事があるよ」


 自分に近付かないでほしいと言ってしまった後、気まずそうにしていたリーナさんは驚いた顔で俺を見つめる。

 朝に友達になった。その日の夕方に近付くなという失礼な事を言ったのだ。

 俺の発言は彼女の予想の斜め上をいっていたのだろう。怯えた顔で俺の次の言葉を待っている。


「俺は約束を破らない。

今日朝、友達になるって約束したんだ。

俺は君から離れていかない。逃げない。物理的に不可能にならない限り、友達で居続ける。

…って言っても、父さんが男が一度した約束を破るなって言われたから、そう言ってるんだけどね♪

父さん風に言えば“吐いた唾飲むな”って所だな♪」


 さて、俺は言いたい事は言った。


 …彼女の反応は?


 彼女は驚いて目を見開いて固まったままになっていた。


 …おーい、目が乾くよー。


「…一つ、…一つ聞いて良いですか?」


 表情が固まったままのリーナさんの口が某SF人形劇の人形のような動きでカクカクと言葉を紡ぐ。

 声に感情の抑揚が無いからちょっと怖いんだけど…。


「…いいよ。何?」


 リーナさんの次の言葉を促す。


「…その約束は…守られるのですか?」


 …あー、俺を疑う訳ね…。まあ、そりゃあそうだわな。

 昨日今日会った奴を信じろとは言えないしな~。


「う~ん…、今は信用してとしか言えないよ。

後は、今後の俺の行動を見てリーナさんが判断する事だよ。

…あ~っと、これは僕の希望でもあるんだけど、リーナさんと俺の関係をもう一段階深めても良いなって思ってるんだけど…」


 な、何を言っているんだ、俺の口?!勢いに任せて告白紛いの言葉を言っちゃった!!ど、ど、ど、どうする?!どうしよう?

 なんか熱いパトスが体中を駆けめぐってうぃ~んって勝手に言葉が出てきて…、その…、言っちゃった!!?

 取り敢えず落ち着け、落ち着け俺!!

 …うん、今顔が真っ赤だけど夕日のうえに逆光だから解らないよね♪…ってしょうもない状況判断をしている場合か!?

 あわわわ…、ど、ど、どうしよう?!


 外見上はリーナさんをじっと見つめ、内面ではだんじり祭りとねぶた祭りと裸祭りと御柱祭りとリオのカーニバルとが同時開催でケチャとエイサーとロ〇ヤルフィルハー〇ニー管弦楽団とヘビーメタルバンドがBGMを担当しているようなカオスな心理状態の俺と、内面は解らないけど瞳を未だに見開く驚きの表情を崩さず俺を見つめるリーナさん。

 突然に、本当に突然にリーナさんの目からぼろぼろと涙が溢れた!しくしくとかさめざめとかいうレベルじゃなく、じゃーじゃーというレベルだ。

 一般的に言う号泣と言っていいだろうか?


「だぐみ゛さん!!」


「ひゃい!!」


 突然にリーナさんが俺の名を叫ぶ。驚いた俺は変な返事をしちゃった。ひゃいだって、ひゃい。…我ながら締まりがないね…。

 いきなりリーナさん、俺に向かってダッシュする。俺は当然両手を広げリーナさんを抱きしめるべく構える。う~ん、俺ってジェントルメ~ン(?)。

 そんな俺に訪れたのは柔らかで心地よい抱擁…………………………………………ではなく、鳩尾への頭突きでした。


 ………恥ずかしながら、三分ほど立ったまま気絶していました、俺。


 リーナさんに揺さぶられて起きたよ…。

 抱擁はされていたようだが、反応の無い俺に違和感を感じたリーナさんが、俺が両手を広げて立ったまま気絶していたのに気付いて揺さぶり起こしたらしい。

 楽しめたのは服に残った残り香だけでした。とほほ…。


「…ごめんなさい、匠さん…。私距離感無くって…」


「い゛い゛でずよ、ごえ゛っ…」


 道端でしゃがみ込む俺の背中を甲斐甲斐しくさするリーナさん。

 お゛え゛っ…、吐き気がまだ収まんねえわ…。


「リーナさん、ごえ゛っ、その、さっきの、う゛え゛っ、返事って、その、ぐえっ…」


 …なんか締まらないな~、俺。


「あっ、はい、勿論です!!私も匠さんと深い仲になりたいです!!」


 …いやったーっ!!!初告白成功だー!!!


「ぶえっ、本当に!?ぐぼっぼっうぶっ…!!」


 …何か酸っぱいの出てきた…!…くっ、必死に、ングッ、飲み込む、ングッ、のみ!メイク・ア・ムードォォ!!

 そんな危機的な俺の状況を余所にリーナさんは綺麗な曲線を描く顎の前で両手の平をパチンと合わせ、弾けるような笑顔と共に俺の思っていた結果と別の結論を嬉しそうに喋り出す。


「匠さんと親友になれて光栄です!!

親友なんて初めてです!!」


 …。


 ……。


 ………いやいやいや、ちょっと待って?友達より深い関係って恋人だろ?

 友達以上恋人未満という言葉もあるんだよね?

 あれ、親友って…? …どういう事?


「…あの~…」


「うふふっ、そうだ、もし宜しければ親友になった記念に私の家でお茶を飲みませんか?

私のブレンドのハーブティーを淹れます♪

友達をお部屋に招待するなんて初めてです♪」


 …親友…。…お茶…。…ハーブティー…。

 …あぁ、勘違いなんて嫌いだ…。…思想の違いなんて無くなっちゃえ…。

 俺の初告白が勘違いに終わるなんて…!

 おろろーーんっ!!!


「部屋がちょっと散らかってますが、勘弁してくださいね♪

うふふっ♪」


 おろろーーん!!


 ……あれ?


 …部屋…が散らかって…いる…だと…?


 …部屋?


 …散らかって…。


 …いる…?


「ご馳走になります!ハーブティー、大好きです!!」


「そうですか、よかった♪

じゃあ行きましょう♪」


「はい!!」


「…ふふっ♪」


 …別に気がフレた訳じゃないよ?

 今回は残念な結果になってしまったが親友になれたのなら、それなりのイベントを経て次へのランクアップもあり得るという事だ!それよりも、リーナさんの散らかったお部屋で頂くハーブティー!

 ハーブティーを蒸らすにはじっくりとした時間を要すると聞く!ならば、ならば、散らかったお部屋をじっくり観察出来るという事だ!盗撮も盗聴もしない!母さん、変な所に連れ込むなと言う貴女の言いつけを守りつつ、極上の女の子の部屋をねっとりと観察する事が出来るという、この絶好の機会を逃していいのか、いや逃してはなるまい!!俺の告白がスルーされたなぞ些末な事!いや、スルーされたならノーカンとしてもいいはずだ!いや、もはや既にノーカン!!我が辞書にフられたという言葉はまだ無い!少しオッチョコチョイのリーナさんの事だ、下着なんかも見れたりなんかりしたりして!あわよくば胸チラやパンチラなんかの極上イベントなんかもあるかもしれない!


 夕闇に徐々に暗くなるリーナさんのお部屋にて、ヨロケたリーナさんを庇う形でベットに押し倒してしまうような格好になる2人。


「…あっ、ごめん!すぐに退くから!」


「…ぃぃ…です…ょ…」


「…えっ、今何て?」


「…ぁの…、匠さん…になら…、ぃぃです…」


 むーはー!!!!!

 なんて極上イベントも存在するかもね!!


「…という事で、お邪魔します!!」


「…?」


 リーナさんは俺の顔を不思議そうに見上げているが気にしない♪

 場所は何時の間にやら既にフォルムング邸の玄関にまで来ていた。

 この場に居たのが妄想を膨らませる俺と俺を部屋に入れる事の恥ずかしさに白磁の頬を桜色に染めながら玄関のドアを開けて俺を招き入れようとしていたリーナさんだけでよかった。

 ここまで来て俺の口から我慢できずに妄想の断片が吹き出しかけててしまった。


 …いかんいかん、自重しなければ…。


 こんな妄想を世の中に誤ってさらけ出してしまえば、リーナさんの関係の進展どころか俺が社会的に死んでしまう。


「…あの、私の部屋…二階なんです♪

どうぞ♪」


 ドアを押さえ招き入れる仕草のリーナさん。


「お邪魔しまーす…、…あれ?」


 フォルムング邸の玄関をくぐると朝見た段ボールの山が……。あれっ?……無かった。


「…リーナさん、ご両親が予定より早く来たのかな?

片付いてるよね?」


 リーナさんが扉を閉めながら後ろ姿で、何故か抑揚のない言葉使いで俺に答える。


「…いつものお手伝いさんが来てくれたんですよ。

…安心して下さい、もう居ませんよ…」


「…えっ…」


 今帰ったばかりなのに、何故家の中の事を理解しているのか?

 そして、“いつものお手伝いさん”って誰?三人家族って言ってたよね?

 固まってしまう俺。


「さっ、二階へどうぞ♪」

 くるりと振り向いて満面の笑みで階段を掌で指し示すリーナさん。


 カチャリ…


 …今、後ろ手で鍵を締めたよね…?…何故…かな?リーナさんの笑顔が心なしか邪悪に見えるのは気のせいという事で…。


「ささっ、どうぞ。

こちらです♪」


 先に階段を上り俺を先導するリーナさん。

 目の前でスカートの上からでも解る形の良い、胸に負けないほどのボリューミーお尻がふりふりと揺れています。

 俺の頭の中の疑問は遙か彼方にすっ飛んでいき、操られるように階段を上るおし…リーナさんの後をふらふらと付いて行った。

 …ほや~っ、お尻は世界を平和にするよね♪




 …リーナさんの部屋は意外に普通だった。

 勿論、ここも片付け済み。

 …散らかってるんじゃなかったのかよ…。お手伝いさんとやらのバカ野郎ぉー!!


「準備してきますから適当にそこら辺に座って待ってて下さいね♪」


「解った♪」


 …だが、そんな不満な様子なんか微塵も見せない。

 だって俺、英国紳士(嘘)だもん。


 クルリと見渡す彼女の部屋。八畳位だろうか?

 家の外観と同じく木材をふんだんに使い、淡い色合いの表面処理をした木目に囲まれた部屋。

 濃いめの色合いの木材(違う材料を使っているのか?それともニスでも塗っているのかな?)の質素な感じの机とベット。マットレスと掛けてあるキルトの掛け布団(ベットだからシーツというのかな?)は淡い緑を主体とした色調。

 あと小振りで低めなティーテーブルと背もたれのない座面が色違いの椅子が四脚。幼稚園児辺りが座ったらぴったりな感じだ。

 洋服類は見あたらない。壁の扉の向こうの収納スペースか他の部屋に衣服専用の部屋でもあるんだろうか?

 …そういえば(思い出したくはないが…)彼女曰く“普段着”のあのマスクとローブ、そのどちらかにあるんだろうな…。…いや、思い出さなきゃ良かった…。

 そして何よりも目を引いたのが、プランターと植物の数だ。リーナさんのお父さんが作ったと思われる古樽を再利用したプランターがそこかしこに置かれ、見た事があるようなハーブから、見た事もないような綺麗な花や瑞々しい葉の植物から禍々しい感じを醸し出す食虫紛い(俺の知っている食虫植物とは根本から違う)の植物が部屋の各所に彩りを与えている。

 天井を見上げるとそれらハーブを纏めて感想させた物が幾つも吊ってあり、湿気を防ぐためか空調ダクトに取り付けられた木製ファンが三機ほど(季節が巡れば、本来の用途である冷暖房設備として使うんだろう)ゆっくりと回っていた。

 ふと視線を感じクリーム色の出入り口のドアを方を向くと、ドアが少し開いてリーナさんが覗いていた。


「…あの…恥ずかしいのであまり見ないで下さい…ね♪」


 恥ずかしげにはにかむと、パタンとドアを閉めてカツカツと階段を下りる音がした。

 …やばっ、じとじと見ていたとこ、見られたな…。

 …でも仕草は可愛かったが、何時から俺を観察していたのかが不明のため、少々のホラー臭を感じながらも青の小さな椅子に座り、傍らの床に鞄を置く。

 …残念ながらトレジャーハンティングを諦めるか。




 …待つことしばし。




 …彼女はまだこない…。

 ハーブティーには詳しくはないが、普通は乾燥ハーブとお湯を準備して、ティーポットにハーブとお湯をぶち込んで、そんでもって蒸らすまでの間に楽しくお話なんかしたりして、まかり間違って「…ぃぃよ、…匠君なら…」っとかいう台詞が聞けたりするんじゃないのかよ!!

 溜息を吐く俺の視界の片隅で窓の付近に蠢く物が見えた。


 …おろ?猫か?


 窓に顔を向けると窓の外は青と赤のグラデーション。古くさい言葉で言う所の“カワタレドキ”。禍々しく言うならば“オウマガコク”というんだろうか?


 …すいません、漢字知らないんです…。


 さて動物好きを公言する俺にとって猫というキーワードはかなりの魔力を持つもので、俺は吸い寄せられるように窓に歩み寄った。

 だけども、すぐに変だと気付く俺。

 リーナさんの部屋の窓はプランターなんかを置いてある事からも解るように出窓になっているのだが、その出窓の外は猫どころか鼠さえも歩けるような足場がない。

 ということは猫なんかは窓の外には居なかったという事だ。…足の長さが二階に届く猫が居れば話は別だが…。…怖っ…。

 馬鹿な考えは頭の中のゴミ箱にドラッグしてポイッして、動いた物の別の可能性を考える。

 …鳥かな?

 しかし鳥ならこの時間は巣に帰る時間であり、夜行性の物でないかぎりこんな所を彷徨く筈がない。

 フォルムング邸と葛葉邸の裏には古い神社の裏山になっているので、リーナさんが餌付けしてる((注)完全に“しそうな”という妄想で話しています)なら来るけど、昨日に引越してきたからまだ餌付けを始めていないはずだ。(クドいようだが、必ず鳥に餌付けはするだろう!そして野良猫は拾ってあげ、雨に濡れた子犬とは一緒にお風呂に入るに違いない!そして俺は犬に成りたい!!はぁ…、はぁ…、はぁ…)


 …はて、では何なんだ…?気のせいだったかな?


 いぶかしみながら視界が悪くなった外をもっとよくみようと身を乗り出した俺の胸板を何やらくすぐる物が…。


 …?


 …はてさて、何じゃらほいっと首を傾げる。


うに


うにうに


うにうにうに


うにうにうにうに


うにうにうにうにうにうに


 ……………………?


 …!!!!!!!


 …俺は今猛烈に下を見たい…。

 …だが下を見たくない…。

 理由は至極簡単だ。だって俺の胸板の下にあるのがプランターだからだ。

 例の食虫植物が植えられているやつだ。

 …という事は、今俺の胸を触っているのはその食虫植物ということになる。

 ごく僅かな確率としてプランターに紛れ込んだ虫・鼠・土竜等、生物の可能性を俺は望むが…。

 …残念ながら、その確率は低いだろう…。


 ん?


 うっ…。


 うあっ…。


 あっ、あんっ…。


 …うんっ、あっ♪


 ……うーん、テクニシャ~ン♪


 最近の食虫植物は、あっ、ボタンを外して、うっ、アンダーシャツを、はっ、たくし上げてピンポイント、うんっ、攻撃をしたりはあっ、するんだ♪


 …さて、現実逃避も程々にして…。


 …んなわけあるかー!!!


 格闘対戦ゲームばりのバックステップをかますと、触手(?)で直前までその場にあった俺の胸板をうにうにと触っていた様を想像出来るように中空をまさぐる食虫植物。

 ……やっぱりと言うべきか、マジっすかと言うべきか……。

 言葉も出ない状態の俺の耳に入ってきたのは階段を上る音。

 …まずい!このままでは、初めて入れてもらった女の子の部屋で制服の前をはだけさせた変態に見えてしまうではないか!


 慌てて服装の乱れを俺が直した直後、ポットとティーカップと何やら焼き菓子的な物の皿を乗せた花柄トレーを持ったリーナさんが部屋に入ってくる。


「あら♪座ってゆっくりして下さってよかったのに♪

…どうかされたんですか、匠さん?」


 よっぽど俺が変な表情をしていたのだろう。トレーをテーブルに置き、俺に心配そうに近付くリーナさん。

 服装の乱れは整えたが表情と心の乱れは整えられず、思わず俺は例の食虫植物を見てしまった。

 俺の視線を辿り、そちらを見るリーナさん。

 そしてそこには未だにうにうにと動く触手(?)。

 …ヤバい、俺の同様の原因を悟られる…!俺がリーナさんを育てた植物にヒいているのを知られたら、嫌われたりして…。


 …しばしの沈黙。


「あっ、匠さんもミントがお好きなんですね♪」


 …へっ…?


 …いやいや、待ってくれ。さっきはハーブティー大好きとか勢いで言っちまったけど、俺はそんなにハーブには詳しくはない。…でも、ミント位なら見た事あるし食べた事もある。なによりミントに触手なんか無いよな?

 …だが、俺が出した返答はこうだった。


「…あははっ♪そうそうそうです、俺ミント大好きなんです♪」


 …神よ、チキンな俺を許したまえ。

 ハーブティーを独自のブレンドで淹れる玄人に反論なんか出来る訳もなく。それが惚れた女性ならなおの事。

 例えそれが触手をうねうねと蠢かせる食虫植物擬きだとしても、俺はそれが新種のミントだと思い込むことにした。


 …嗚呼神よ、罪深き俺を許して下さい…。


「じゃあハーブティーにミントの葉を浮かべしょう♪」


 …あれ…?


 俺は人生の選択をたった今間違えたようだ…。…後は祈る事だけしか出来ない…。


 お腹を壊しませんように…。


 平静な表情を保ちながら八百万の神々と思いつく全ての仏様とイエス・キリスト様とイスラム教典とインドの神々等に祈りを捧げるという離れ業を披露(…というか、外見からは見えないか…)している俺を余所に、何やら俺に差し出すリーナさん。


 …?


 これって、…イヤープロテクター…かな?

 そう、リーナさんが差し出したのはニュースやドラマや映画等で、射撃場の中での発砲音から耳を保護するためのイヤープロテクターだった。


「…あの、これは?」


「イヤープロテクターですけど?」


 …いやいや、それは解ってるんですけど、これをどうしろと…?

 よっぽど俺が困惑した顔をしていたのだろうか、リーナさんは肩を竦めると率先してイヤープロテクターを頭にはめた。

 …うーん、悩んでもしょうがない。郷にいれば郷に従え。俺もリーナさんに続き、イヤープロテクターを頭にはめた。

 それを確認したリーナさんは俺の目の前で手を打ち鳴らす。

 …うん、全然聞こえない…。

 取り敢えず、イヤープロテクターが有効な事をリーナさんに身振り手振りで伝える。

 それが伝わったのか、つかつかと窓辺に歩み寄るリーナさん。

 異常な状況下なのに、歩く事で軽く上下に弾む彼女の胸の膨らみを見てしまうのは男の悲しい性です。

 そんな俺の邪な視線も何のその(女の人って男の“そういう”視線は解るって言うけど本当かね?)、未だにうねうねと動く触手をまるで慈愛に満ちた母の様に愛おしげに一撫ですると、おもむろに葉っぱを二枚摘み取った。


ぎゃぎゃきゃーーん!!!!


 …。


 ……。


 ………。


 …もういろんな事が起こりすぎて何をどう言ったらいいのやら…。

 今、イヤープロテクターを突き抜けてとんでもない叫び声が聞こえたんですけど…。それって自称ミントさんの叫び声なんでしょうか?

 …そうなんでしょうね…。

 突然の事で固まっている俺の前でリーナさんがイヤープロテクターを外す。

 …もう外していいのかな…?…もう叫ばないよな…?

 さっきの叫び声で耳鳴りが残っているが、恐る恐るイヤープロテクターを外しリーナさんに手渡した。


 …嗚呼、まだ耳がキーンっていってら…。


「それじゃ、お茶を淹れますね♪」


 …いろんな意味でそのお茶は大丈夫なんでしょうか…?


 その後リーナさんが淹れてくれたハーブティーは、浮かべたミント(?)の香りと相まって俺に極上の安らぎを与えてくれた。…その安らぎの陰には、今後原因不明の腹痛に襲われるかもしれない(死さえも覚悟しましたよ…)という恐怖若干見え隠れしてはいたが…。


 そうそう、例の俺の妄想したイベントはひとかけらも実現しなかった事をここに記します。


 …正直、あの悲鳴で毒気と度肝を抜かれただけでした…。


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