お隣さんは秘密結社!?
I県井手予市少閑町は十数年前まで過疎に悩む小さな農家が幾つかが寄りよっているような小さな町だった。
だが世界にその名を轟かせる國枝重工の広報課課長、長野忠治氏(アメリカの超有名経済誌で世界のリーダー百人に選ばれた傑物だ)が“物造りの日本の名前をもう一度世界に知らしめる”という突如掲げたプロジェクトのため、日本だけでなく世界中の職人を集め(この時点で物造り日本の意義が無くなったと俺は思うんだが、世界の誰も突っ込まなかった。「俺が白と言えば黒でも白と言え」を地で行っているのだろうか?)社員に職人教育をさせつつ、高度な技術のワンオフ製品を世界相手に商うというその教育の場であり製作の工房である場所を少閑町に選んだ事で、後にこの町は劇的に変わることになる。
世界中の名工と呼ばれた老練な職人や、安い労働力やハイテク機械の大量生産の怒濤の波状攻撃に耐えていた職人や、若く希望や野望をその胸に抱いた職人等々、数人の様々な分野の職人達がこの計画に希望と未来を求めて集まった。
最初は「世界で五本の指に入る大企業がトチ狂ってバブルの時のようにジャパンマネーを無駄に使い出した」とか、「世界から見た自分を知らない愚かな日本人と金の亡者の職人達」とか、「國枝重工のカレンダーは一年中四月一日」とか、日本国内どころか世界中のマスコミの物笑いの種になっていた。
ところがそんなマスコミの騒ぎも収まって人々の記憶から少閑町という言葉すら忘れ去られた八年後、その数人の職人達が世界の度肝を抜いた。
正確にはその職人達の作った一機の飛行機にだが…。
それは唯の飛行機じゃなかったんだ。
―高々度旅客機―。
次世代の航空機。大気圏外に一度出てもう一度大気圏に突入するというICBM(大陸間弾道ミサイル)のような軌道を描く飛び方をする。
メリットは空気抵抗のない所を飛ぶため飛行時間の大幅短縮が出来ること。東京―ワシントン間を二時間程度、東京―ロンドン間を三時間で飛べる物らしい。
デメリットは開発コストが莫大なのと大気圏内と大気圏外を飛べるエンジンが必要(最終手段として二種類のエンジンを積めば良いかもしれんがそれもコストを引き上げる要因になる)なのと運用コストが現行の航空機よりかかる事。
その他、細々とした問題はあったが要するに問題となるのが“お金”と“人”だった。
過去いろんなアメリカや日本やロシア(昔はソ連といったんだっけ?)や中国など、名だたる大国が湯水の如く大金と人員とを使い、時には何カ国で合同で開発に尽力しては頓挫してきた。それをを一企業の新興部門と数人の職人が事も無げに成し遂げてしまった。
おまけに主なデメリットであるお金の問題を全てうっちゃったのだ。
例えばその旅客機の表面を覆ったのは、煉瓦職人や瓦職人が國枝重工から与えられた一般的な耐熱素材をこねくり回して造った耐熱タイルだ。
機内の気密性を守るのが和紙職人が梳いた特別な(特別な素材を使っているといっても、これも一般に出回っている安価な物らしい)和紙だった。
フレームや翼に至っては鍛冶職人と木工職人(宮大工や欄間などを手掛ける欄間師や木工彫刻家)の合作の木と金属のハイブリットで出来ているという始末。
航行管制コンピュータ等の電子部品の一部や既存のジェットエンジンの供給を國枝重工の航空機部門開発課や宇宙開発部などからしてもらったものの、高々度旅客機のほぼ八割を職人さん達が手掛けた安価な材料で完成させた。おまけにこの飛行機のフライトに必要な燃料は、従来のジェット燃料だけ。
ここまでの話で誰もが大きな疑問を持つだろう。紙や木材なんかで出来た飛行機が飛ぶなんて、第二次世界大戦末期の零戦じゃあるまいし、ましてやそれが宇宙空間を飛ぶなんてかなり無理じゃね?って話だ。
歓声と驚愕と罵声とその他諸々(主に負のベクトル)の感情が飛び交った完成披露から二ヶ月後、人類の大方の予想を裏切り、高々度旅客機「いよっっ♪日本一号」(ネーミングセンス…)は数十回のテスト飛行を何のトラブルを起こすことなくこなし、その実力を世界に知らしめた。
しかも燃料整備コストが従来の同程度の規模のジェット飛行機と同程度という実用データのおまけ付きで。
それまで否定的な態度を取っていた国や研究機関や大学や科学者や評論家や知識人を自称する連中も認めざるをえなくなった。
そうなると始まったのが高々度旅客機「いよっっ♪日本一号」の奪い合い。
販売はオークション形式で全世界生中継で行われた。
結局、最高額を提示した赤い御旗を掲げる一党独裁の国のとある研究機関が落札した。
…が、その数ヶ月後、その国のとある軍事基地から飛び立った航空機らしき物が日本海の遙か上空で大爆発を起こした。
対外的には新型エンジンの耐久実験で爆発は想定内だったと発表されたものの、全世界の本心の共通認識としては例の「いよっっ♪日本一号」の“コピー”の試験飛行が失敗して爆発したのだとなっている。
だがそれを表だって糾弾したところで誰も喜ぶ人はいない。喜ぶ人が居たとしたら、ゴシップ誌の出版社と八割がた捏造記事だと承知しても金を払ってそのゴシップ誌を買う民衆だけだ。
賢い組織達はそれに表だっては触れず(一応、領海内での“自称”実験機の爆発に日本政府は抗議をしたが、何時も通りの弱腰外交だったため蛙の面に“何とやら”だった)、國枝重工に接触を謀るのだった。
だが國枝重工からの各国や研究機関への公式回答は「今回の旅客機と同様の物は製造致しません。次回の製品にご期待下さい」との素っ気ない物だった。
更にそれから五年。「Magic・Hands」という名称を名乗るようになった職人集団は少閑町から数々の作品を世に送り出した。
泥水からだろうが、海水からだろうが、工場の汚染水からだろうが、そこから水の分子以外は完全に除去する一枚の布状フィルター(逆方向からの水圧で何度も再生可能)とか、極低音の環境から炎の中や高密度の放射線の中でも自由に活動できながらもその衣服の中の空間は快適な密封性作業着(外見もごてごてしてなくて、かなりスマートで格好良い)とか、SF映画とかアニメに出てくるようなボディースーツ状の宇宙服(外見がアニメのコスプレをしているように見えるのはおれだけだろうか?)等のそれはそれは凄い物から、像が踏んでも壊れないガラスのグラス(何故かワイングラス)とか完全純物質で外的要因を受けない出目の確率が完全に六分の一のサイコロ(滅茶苦茶重い)とか、植物だろうが金属だろうが高密度高分子繊維製の布だろうが人体を始めとする生体組織だろうが全てを色んな色に染める染料(勿論、完全無害で元の物の性質は変化無し)等、訳の解らない変チクリンな物まで色々とあった。
それら全ては商品として売りに出したわけではない。
例えば純水を製造する超薄型フィルター、その名も「お手軽、純水作る君」(…センス無ぇ…)は研究機関に販売する以外は全世界の水に困っている国の人達に造水機付きで寄付された。完全防護服「素敵な無敵さん♪」(…本当にセンス無え…)は消防設備や原発災害や火山地域の設備の整っていない全世界の地域に寄付された(金の有る国の消防防災関係やケミカル工場関係や原発地域や火山地帯では販売したみたいだ)。
まあ取り敢えず、慈善事業を優先し余ったら売りに出されたそれら全ての品はあっと言う間に買い手がついて売れていった。
…全てと言うからには、割れないワイングラス「頑丈ソムリエ三号」(…何故三号…?)とか、純物質のサイコロ「公平さん」(…サイコロに“さん”付けって…)とか万能染料「君を僕の色に染めてあげる♪」(…もはや名前でなく、台詞だよ…)とかも高値で売れたらしい…。
商品を買った組織等は、最初は高々度旅客機「いよっっ♪日本一号」を買ったあの国のように、その技術を再現できないか色々やっていたようだが結局どの国のどの機関もそれを再現するどころか、解析することさえ出来なかったらしい。
当然、その後の世界の反応は“ほぼ”二つに別れる事になった。
すり寄る者と反発する者。
「Magic・Hands」の恩恵を受けようと國枝重工に接触する国・組織・個人。
「Magic・Hands」に対抗しようと研鑽に励む国・組織・個人。
『人類七十億、総職人時代到来?!』
…当時、とあるスポーツ新聞の一面を飾った見出しだ…。意味不明の表現ではあるが、加熱してしまった現状を表す妥当な表現ともいえた。
…まあ、前置きが長くなったが、こうして我等が少閑町に活気の火が灯ったわけだ。
移住してくる職人とその家族。
それらを相手に商売をしようとした人達。
「Magic・Hands」の秘密を探ろうとした産業スパイなんかもいるかもしれない。
そうなれば当然、町の人口も膨れ上がる。
そんな状況を想定していたのか國枝重工は町自体を、いや地域自体を一から創った。
鉄道・道路などのインフラを整備。
住宅地やマンションや学校や病院や商業施設や娯楽施設までをも作り、住民の生活に支障が出ないようにした。
そして今も少閑町の町創り続けている。
この前、週刊誌に載っていた。國枝重工の系列会社のニムラ自動車が持っているS県に本拠地を置くプロサッカーチームの本拠地を少閑町のある県に移そうとする計画があるらしい。町の郊外にスタジアムを建設しているので、これはほぼ間違いないだろう。
これが実現したとなると、この周辺の町に及ぼされる経済効果は数十億円になるとその週刊誌に書かれていた。
こんな話をダラダラしといてこんな事を言うのはなんだが、高校二年生になる俺(サッカー部にも入っていないしな)には難しい事は解らない。
ただこれだけは言える。
プレス打ち出し溶接板金旋盤職人(要は何でもやる鉄工職人)の父さんは五年前、この町に来てから楽しそうに仕事の話をするようになった。
前に勤めていた工場では当時住んでいたマンションに帰ってくると、溜息を吐いて酒を飲んで屁をコいて寝るだけだったあの父さんがだ。
だから俺達家族はこの町に越して来て良かったんだって思う。
…さて、この町の歴史はこんなもんかな?
今俺はお隣のフォルムングさんのお宅 の前に居る。
時間は午前七時五十分。待ち合わせの時間の十分も前だ。
…実は七時半からここに居る。張り切りすぎて三十分も早くに来てしまったのだ♪…あはは…。
…さて何故余所の玄関の扉の前で二十分も我が町の歴史を振り返っていたのか?
それは昨日一目惚れしてしまったリーナさんと仲良くなろうという俺の下心丸出しの考えに端を発する。
この何年かで少閑町には外国人の住人が増えた。俺が五年前に編入した少閑学園小学部六年にも何人もの外国人生徒が居たし、その後の五年でも何人もの外国人の転校生(日本人も居たぞ)が来た。
そいつ等に共通の認識がある。『日本人は自分の国の歴史を知らない』ということだ。
その事で俺や他の日本人生徒は、外国人生徒から可笑しいと言われ続けた。
非道いときには自国の歴史を知らないとは何事だと叱られさえした。
どうやら諸外国の同世代達は愛国心に溢れ、自分の国に誇りを持ち、その証拠の一つとして自国の歴史を詳しく知っているらしい。
確かに俺達日本人(一部は除くが…)は他国の情報に詳しいわりに、自国の事を知らない。
特に日本史の時間なんかは睡眠時間と同じ意味を持つ(これはあくまで個人の意見だ。それに俺の日本史の成績は平均以上を保っている。…だが、テストさえ終わればその情報はデリートされる。なんて便利な俺の頭♪)。
過去何度か、一念発起し日本の歴史を知るべく図書館で歴史書なぞを読んでみたこともあったが、所詮は生半中な考えを元にした行動でたいした事なので成果を上げることなく昨日に至っていた。
だが俺のリビドー…、もとい恋の炎は凄まじい燃料となり、昨日の一晩で日本史の教科書を読破するだけでなくネットで調べた歴史サブカルチャーを暗記するまでに至った。
凄いぞ俺のリビドー…コホン…もとい恋の炎。
そして何故二十分も俺が人様の玄関の前で我が町の歴史を振り返っていたのかというと、ただ単にリビドー…もとい恋の炎の暑さで早起きしてしまった時間を利用し近々で必要となりそうな知識を復習していたのだ。
さて復習も終わったし、少し早いが彼女の家の扉を叩いてみるか…?
今時珍しい目の前の木製の扉に取り付けられたノッカーを手に取り、確か正式なノックは四回だったよな?と考えながらノックをする。
コンコンコンコン
「お早うございます、リーナさん。隣の葛葉 匠です。
約束の時間より早いですけどお迎えにあがりした。」
ドンガラガッシャーン!!!!
途端に家の中から何かを盛大にひっくり返したような音が響いてきた。…何だ?
『…いたたっ…、お、お早うございます、匠さん…。
もうそんな時間ですか?』
ありゃりゃ、リーナさんを驚かせてしまったらしい。
「すいません、念のため十分位早めに来たんですけど…。
…迷惑でした?
…あと、大丈夫ですか?」
『いえいえ、お気を使わせてしまって申し訳ありません。
…あの、私まだ普段着で制服に着替えなきゃならないので、少し待って頂かなくてはなりません。
…もしよろしければ、散らかってますがお部屋の中で待ってて頂けますか?』
何と!初日から彼女のお家に上げていただけるていうイベント発生♪
これは行け行けどんどんといきましょう♪
「じゃあ、お言葉に甘えまして…。
お邪魔しまーす…」
ドアを引く。
『…あと、お手数をおかけして申し訳ありませんが、私をここから引きずり出して頂けますか?』
……何故彼女の声がくぐもっていたのか、ドアを開けて解った……。
……だってリーナさんったら、段ボールの山に押しつぶされてたんだもん。折り重なった段ボールの山の中腹辺りから、リーナさんの白い右手が見える。
…なんだか、シュール…。
…はっ!いかんいかん、さっさと助けなくては!!
「リーナさん、大丈夫ですか!?
今助けますから!!」
俺は鞄を放り出し、慌てて段ボール山の発掘に取りかかった。
幸いにも重い荷物の入った段ボールは無かったらしく、どちらかと言うとひ弱な俺一人の力でも簡単に段ボールは退けられた。
五つも段ボールを退かせばリーナさんの体が見えてきた。…だが、その姿を確認した途端、俺は固まってしまった。
散らかった荷物の散乱する中、リーナさんは立ち上がり衣服の誇りをぽんぽんと払うと、呆然としている俺の手を握り感謝の言葉を口にする。
『いやー、申し訳有りません、匠さん。
助かりました、ありがとうございます♪』
…普通、美少女に手を握られてお礼の言葉を述べられるというのは、ギャルゲーでいうところのフラグが立った(俺はギャルゲーをしない。三次元派だ)というんだろうが、俺は依然として固まったままだった。
…だってさ、肝心のその美少女が完全に顔を隠すような黒い三角頭巾をすっぽり被り、黒いマント(ポンチョ?)を羽織っていれば誰でも俺みたいな反応をするだろう?
おまけに頭巾の額に当たるところには金色の刺繍のペンタゴン入りと来た。
…あーっと、ペンタゴンのマークということは取り敢えず白人至上主義者の団体(K.〇.K)の方ではないらしい…。
『…あのー、どうかしましたか?』
俺の手を握ったまま黒い頭巾の二つの穴からマリンブルーの瞳が俺を見上げる。…これは何萌えに分類されるのだろうか…?というか萌える奴はいるのか?
…突っ込み所は満載なんだが、取り敢えず彼女を学校に連れて行かなくては。
「…あーっとリーナさん、制服に着替えなくちゃいけないんじゃないのかな?」
『あっ!そうでした!
ちょっと待ってて下さい、直ぐに着替えてきますから!』
彼女は俺の手を離すとエントランスダイニングに併設された階段を駆け上がっていった。
…あっ、マントの裾踏んでコケた…。