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初見って大事

 その日、俺はずっとフラフラとしていた。朝のお隣さんの笑顔のせいだ。…いや、おかげだ。…そして偶に思い出し笑いをする。

 その様子を見て俺に回し蹴りをキメた後、まだ夢心地の俺から事情を聞き出した鈴は「…キモい…」と言い、母さんは「病気かしら?」と心配し、父さんは「…青春だな…」と呟き縁側でパイプを吹かしていた。

 外野の言葉なんかどうでもいい。俺は幸せだった。あの笑顔で胸もお腹もイッパイだった。





……嘘です。腹は減ります。



 夕飯の食卓に座っても俺は前後左右フラフラと揺れ、時折ニコリと微笑んで(鈴曰く、気持ち悪くニヤツいている)いた。

 そんな俺の様子を鈴は配膳しながら時たま自分の体を抱きしめて震えている。どうやら気持ち悪いらしい。


 母さんは肉じゃがを鍋から鉢に盛りつけながら俺を無視していた。

 鈴から俺がこうなった理由を聞いて、「あら…」と少し考え込んで放っておくことに決めたらしい。

 …鈴の奴め、事情を言っちゃった後に正気に戻って言いふらさないと約束させたのに…。

 何故愛おしい兄との約束を破るのですか…。……愛おしくないからですね……。


 父さんは藍の甚平姿で椅子の上に器用に胡座を組み、食卓の対面の俺をチラチラ見ながらチビチビと晩酌をしている。 鈴から事情を聞いて俺の様子が気にはなるらしいが何と言って良いのか解らないらしい。

 父さんと母さんの出会いも父さんの一目惚れだったらしいと過去に聞いた記憶があるので、俺の唯一の理解者かもしれない。

 …母さんに内緒で明日にでも徳利にお酒を少し足しておいてあげよう。

 ……俺の思考を読んだのか、俺を無視することにしていたはずの母さんが俺に怒りの視線を向ける。


 ……母さん、何時から貴女は超能力者になったのですか…?



 そんな葛葉家の平和な団欒(?)風景に訪問者がやって来た。








 ぴんぽーん…


「はーい!鈴、お味噌汁お願いね。私が出るから先に食べてて」


 母さんは各自のご飯を食卓に並べ割烹着を手早く脱ぐと、椅子にそれを引っかけて玄関に小走りで行ってしまった。


「…しょうがないな、それじゃあ先に頂くか…。

いただきます」


 父さんは徳利を二、三回振って最後の滴までお猪口に注ぎ、それをクイッと煽ると両手を自分の目の前で両手を合わした。


 通常、我が家は全員で食卓に座り手を合わせるのが家訓というか掟というか、兎に角決まりになっている。

 父さんの動きに合わせ俺も鈴も手を合わせる。

 俺の目の前で湯気を上げている鈴がよそってくれた味噌汁には、何故か具が入っていないようだ。

 具が少ない味噌汁かと思ったが、父さんや鈴のお椀にはお揚げやジャガイモや葱がたっぷりと見える。


 …中々気の利いた嫌がらせだ…。


 男が食いもんに愚痴々々言うなというのが父さんの教えだ。…うん、後でおかわりしよう…。




 そんな俺がご飯を一口食べて味噌汁を一口啜った時だった。

 玄関から俺を呼ぶ母さんの声が聞こえた。


「匠、ちょっと来なさーい!お客さんよー!」



 俺に客?



 俺は父さんと鈴と交互に顔を見合わせた。


「匠、お客さんを待たせちゃいかん。早く行きなさい」


 父さんは塩鯖をムシりながら俺を促した。


「…あぁ、行ってくるよ」


 俺は困惑しながら汁碗を食卓に置き、そのうえに箸を置くと玄関に向かった。

 背中越しに鈴の安堵の溜息が聞こえた。気持ち悪い俺の姿を見ながら飯を食わずに済んだかららしい。…兄の妄想にまで文句をつけないでもらいたいもんだ。…まあ、妄想を全面に押し出している俺の方に問題があるかもしれんが、若気の至りということで許してほしい…。


 ……無理か……。


 俺は報われない俺の人生を憂い(自業自得かもしれないが気にしない)、鈴に聞こえないよう小さく溜息を一つ吐くと頭をがりがりと掻きながら玄関に顔を出した。


「こんば…」


 挨拶の途中で俺は固まってしまった。だって妹に気持ち悪がられた理ゆ…いやいや、俺のハートを射抜いた本人が目の前に居たのだから。

 そう、あの朝の亜麻色の御髪の美人さんだ。

 今は肌寒いのか淡いグリーンのスプリングコートを羽織っている。それがまた、メッチャ綺麗…♪


「今晩は。そして初めまして。今日、隣に引っ越してきたイリーナ・フォルムングと申します。どうぞ宜しくお願いします♪」



 …うわー、滅茶苦茶綺麗だ…。

 …声も綺麗だし、日本語も綺麗だ…。

 …でも近くで見ると、以外と幼く見えるぞ…?

 …高校生位かな…?

 くんくん………。あぁ~、何か素敵な香りが~する~…。




 俺は玄関に繋がるリビングの入り口から顔を覗かせたまま、興奮と多幸と膨らむ妄想のあまり彼岸に旅立とうとしていた。俺の様子が変な事にイリーナ・フォルムングさんは小首を傾げる。

 …は~っ、その仕草もかわええの~…。



 パンッ!!



「ほらっ、ぼ~っとしてないで、匠もちゃんと挨拶なさい!

御免ねフォルムングさん、家の馬鹿息子が礼儀知らずで…」


 柏手(?)一発で夢と妄想のワンダーランドに船出しようとした俺の精神を正気に戻すと、母さんは苦笑しながら玄関に佇む美少女イリーナさんに頭を下げた。


「いえいえ、こんな時間にお邪魔した私が悪いのです、佳織さん。それと、私は家族からリーナと呼ばれているので佳織さんもファミリーネームで呼ばずに気軽にリーナとお呼び下さい」


「あらそう?じゃあリーナちゃん、改めて宜しくお願いします♪

…ほら匠、何時までボヘラ~ッとしてないで挨拶、挨拶!」


 母さんは俺につかつかと歩み寄ると、俺の耳を引っ張り廊下に引きずり出した。




 イテッ、イテテテッッ!!!…ったく。




 いつもならここで愚痴の一つでも言うところだが、惚れた女の子を目の前にしてそんな女々しい事が出来るわけもなく、温和しく挨拶することにした。


「…こ、今晩は。葛葉 匠です。…あの、その、よ、宜しく…」


「…何緊張してんのよ。いっちょまえに色気付いちゃって♪

……鈴に報告ね……♪」


 最後の方に何やら聞き捨てならない事を呟いている母さん。

 …おいおい、息子の家庭でのヒエラルキーを下げて何が楽しいんだ、母よ…。

 ゴシップ誌の記者のようにニヤつく(全国のゴシップ誌の記者の方、ごめんなさい。完全な無根拠発言です)母を無視し、何故俺がこの場に必要なのか訊ねた。

 家族に紹介するなら父さんや鈴も呼ぶはずだからだ。


 …何だろ?


「…あの、イリーナさんが俺に何の用でしょう?」


「匠さん、私もお名前で呼ばせていただけますからリーナで結構ですよ♪」


 …。……リーナと呼んで良いんだって♪良いんだって♪♪


 再び旅立ちそうになる俺を母さんのジト目が妨げる。

 …いかんいかん、このまま我が家のヒエラルキーの低下は避けねばならない…。早く内容を聞いてしまわなければ!

 …でもこの時間が永久に続けばいいのに…。……あと、母さん居なくなればいいのに……。


 そんな俺の願望が表情に出てたのか、母さんが俺を睨む。



 本当に超能力者じゃないのか?



 俺の安全が危ないので話を早く進めよう…。


「…でリーナさん、何でしょう?」


「匠さんは少閑学園の高等部二年生だと佳織さんから伺いました。実は私も明日から少閑学園の高等部に通うので、馴れるまで一緒に登校して頂けないでしょうか?

……私、あの、す、凄い方向音痴なんです……」


 …何この可愛い生物…。頬を赤らめ視線を下に落として手をお腹の前でモジモジ。…何この可愛い生き物…。

 しかし願ってもない!こんな美人と一緒に登校できるなんて最高だ!


「わわ、わ、解りました!あの、喜んでお迎えにあがります!その、その、明日の朝八時に出発で、ごほっ、いいいですか?」


「…舞い上がり過ぎよ、ばか…」


 母さんの嘲りの言葉なんか聞こえない、聞こえないったら聞こえない!


「ハイ、ありがとうございます。それで宜しくお願いしますね♪フフッ♪」


 そんな喜ぶ俺と問題が解決し嬉しそうに笑うリーナさんに、それを見守っていた母さんが茶々を入れる。


「リーナさん、こんなんだけどいいの?」


 俺を指さしリーナさんに詰め寄る母さん。



 …失礼な、実の息子を信頼して下さい、お母様。ほら、この澄んだ瞳を見て下さい。…白目の所は興奮で充血してますが…。


「実はご近所のどなたかに頼もうと思ったのですが、少閑学園高等部に行かれているのが葛葉さんの所の匠さんだけだったので…」


 …消去法ですか、リーナさん…。


「…そう、それならしょうがないわね。匠、一緒に行ってあげなさい。変な所に連れ込んで変な事しちゃ駄目よ」




 …母さん、貴女の瞳には可愛い我が子はどのように映っているのですか…?




 何だか言いたい事が満載(主に母さんに)だが、まあいいや。下手に反論して少閑学園小学部に通う鈴に案内の任務を横取りされたらたまらない。

 小学部は高等部から一区画離れているが、五分も早く家を出れば鈴でも案内は可能だ。ここは黙っているに限る。沈黙は“金”だ。


「…では夜分に失礼しました。匠さん、明日は宜しくお願いしますね♪」


「はい、お迎えにあがります!」


「そんな!こちらがお願いしたのですから、朝はこちらがお伺いしますわ」


「いえいえ!これでも紳士ですからお任せください!」


「あら、そうですか?フフッ、それではお言葉に甘えて…。匠さんて親切なんですね♪では失礼します」


 ぎこちないお辞儀を一つすると、リーナさんは帰って行った。


「…匠、リーナちゃんのお家の間取りを調べたり、盗聴器をしかけたり、部屋から盗 撮したら駄目よ…。信じてるからね?」




 …いやいや、信じている息子に言う台詞じゃないよね?ないよね?




 不満顔の俺の肩を母さんがポンッと叩く。


「さっ、ご飯食べちゃいましょ♪

…本当にイヤらしい事しちゃ駄目よ、匠」


 母さんはサッサとリビングに歩いていった。


 …何だかな…


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