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鉄(くろがね)の聖十字騎士、来たる?!

 …疲れた~。


 居間のソファーで寝そべる俺の横を洗濯物を抱えた母さんが這いずって(下半身が蛇だから這いずると言うのが正しいと思うのだが…)行った。


「匠、ゴロゴロしてないで制服を着替えて来なさい。

父さんがもうすぐ帰ってくるわよ。

…それと暇なら空豆剥くの手伝ってくれない?」


 顔を押しつけていたソファーから顔を上げて、頭をガリガリ掻いた。



 二本角の周りが痒いんだよな~。伸びてるかな~?



「…鈴は~?」


「鈴は春の絵画展に出品するのの仕上げをするから、今日は手伝えないって言われてるから手伝ってよー!」


 ぷくっと頬を膨らませる母さん。


 …年を考えなさいよ…。


「…匠、今余計なことを考えなかった…?」


「いいえいいえ!

べ、別に!

き、着替えてきまーす!」




 今日は本当に疲れたから、夕飯まであんな風にごろごろしてたかったのに…。


 結局、今日の観察(?)では“物体Xクッキー”を食べた我がクラスメイト達に変化はなかった。

 俺の授業時間を使った観察は無駄になったわけだ…。

 それで放課後、リーナさんはクラスの女子数名と“女子会”をするために駅前に行ってしまいました。

 今頃、ファストフード店か喫茶店で、ガールズトーク満喫中なんだろうな…。

 一緒に帰れなかったのは残念だが、「匠さん、あの、また明日迎えに来て下さいね♪」と頬を紅くしていたリーナさんが見れただけでオッケー♪ということで。

 リーナさんをお茶に誘った女子達からは「ひゅ~ひゅ~♪熱いね♪熱いね♪」と囃し立てられましたが…。


 …もしみんなに変化が起こるなら、俺みたいに夜に“変わる”んだろうと予想される。

 もしそうなら俺にはもうどうしようもない…。

 俺の悪魔の翼が鈴のみたいに飛ぶ事に使えたなら、夜中の空から町の監視なんてことが出来るんだが…。

 畜生…、なんでこんな異常事態を認識しているのが、こんな無能な俺なんだろう…。…はぁっ…。


 …さて、無能な俺は取り敢えず母さんの言いつけ通り、空豆を剥きますか…。

 手早く部屋着に着替えると階下に降りるべく、俺の部屋の ドアを開けた。


ガチャ… ガチャ…

 音につられて音の方に向くと、鈴が水バケツをもって俺と同じタイミングで廊下に出てきた。

 …丁度水の交換に部屋から出てきたらしい。



 鈴は勉強が好きだ。運動が好きだ。料理が好きだ。洗濯が好きだ。縫い物が好きだ。

 そして、何よりも絵が好きだ。

 物心ついた小さな頃から絵を描いて描いて描いて描きまくった。

 学校内の図画の時間に限らず、家で水彩画、鉛筆画、クレヨン画、パステル画、油絵、絵画と付く物に何にでも手を出す。

 描き溜めた作品を一度、市の絵画展に出品したところ、半数が入選し県の絵画展へ推挙され、その殆どがまたもや入選した。

 今では彼女の描く絵は県展などでは入賞常連になり、少ないながらもファンがいるほどの人気となった。

 ところが本人は何処吹く風、「描きたい物を描きたい時に描きたいだけ描く」というスタンスをそのままに、創作意欲が湧いた時にのみ筆を執り、書き上げた作品を見てくれた人が自分の気持ちに共感してくれている様を展覧会場で見るのを楽しみにしており、賞だの、市美や県美の委員会の役員審査だの、画家として生計を立てることだの、彼女曰く些末事(些末ではないよね?)は眼中に無いんだそうだ。

 今回も描きたいセンサーに反応する物があったらしく、春の絵画展に向けて創作活動に励んでいたようだ。


「……帰ってたんだ……。

おかえり」


 …前半の呟いた言葉は聞こえてますよー…。

 麗しのおにいたまが帰ってきたら「お兄ちゃん、おかえりなさい♪」とか「おかえり。…別にアンタが帰ってきたのが嬉しいとか思ってないからね!勘違いしないでよ!」とか言うだろ!?




 …麗しくないからですね…。




「ただいま…」


 自分の部屋の扉を開けたまま、何とか返答を喉から絞り出した。




「…」




「…」




「…」




「…」




 …何、この間!?

 何で俺等、黙ったまま見つめ合ってんの?


「…鈴、何か用か?」


「…」


 気まずさに耐えきれず発した問いにも答えない我が麗しの妹。


「…おい」


「…」


「おい」


「…」


「おいってば!」


 あまりにも無言なので、少々きつい目な言葉遣いになってしまった…。でも、見つめるだけで無視ってイラッとするよね?

 途端に鈴はガバッと俯いた。



 ヤバッ!泣かしたか?!



 おいおいおい!?キツい言いようをした俺が言うのは何だけど、鈴がこれぐらいで泣くか?

 普段の鈴は俺の尻を蹴り上げて「昼ご飯」と真顔で言ってのけるほど(一昨日の事ね)の剛の心の持ち主で、俺が泣かされることはあろうとも鈴を泣かせたことは一度もない。

 ……なんか自分で言ってて悲しくなってきた……。

 そ、そんな事より宥めなければ…!!


「…ご、ごめん。言い過ぎたよ」


 慌てて妹に駆け寄る。…が駆け寄ったものの、どうしたらよいのやらオロオロ…。アラン・ドロンド先生ならこんな女子の取り扱いに手慣れてらっしゃるんでしょうが、経験の乏しい俺はどうしたらいいやら…。

 あたふたしていると、突然水を掛けられた。



 ……いや、比喩表現じゃなくマジで……。



 簡単に説明すると鈴が水バケツを俺に向かってフルスイング。真夏の打ち水か?!くらいの勢いで。

 …麗しくない兄だからって、この仕打ちはあんまりだろう…。


「りりりりり鈴…、おおおおおまえ…!」




 …俺思うんだけどさ、普通さ、いきなり水ブッカケられたらさ、どもるよね?

 ドラマや映画なんかでさ、水ブッカケられるシーンとかあるよね?

 その後さ、格好良い台詞とか渋い台詞とかユーモアに溢れた台詞とかさ、言うよね?

 あれさ、絶対嘘。

 いきなりさ、水ブッカケられたらさ、何も言えないかさ、よくてどもるよね?

 だからさ、こんな状態からでも言葉が出た俺ってましな方だよね?




 …てな益体も無いことを考えていると、何時もの嘲る調子(何時もなんだよ泣)とはまた違う、…うーん、何と言ったらいいのか、まあ、何時もとは違う語調で鈴が喋りかけてきた。


「ふー…。

無言視姦プレイも駄目。

水攻めプレイも駄目。

今朝の近親相姦プレイも駄目。

…ご主人様の性癖の把握には時間がかかりそうですね」


 …プレイって…。

 ……ん?ご主人様って、今朝の…。


「…もしかして、鈴の中の誰かさん…?」


「ぴんぽんぴんぽん♪

ご主人様の肉○器、限界したサッキュバスでーす♪」


 …何だこの三文エロ厨二病小説の様な展開…。おまけにサラッと飛んでもないこと言ってるし。

「あの、何で俺がご主人様なわけ?」


「昨日の夜中に契約したじゃないですか♪

あぁ♪あの熱いたぎり♪逞しい魔力♪何よりも下半身にビンビン響くその存在感♪

貴男様の様なご主人様の雌○になれて、私幸せです~♪」


 …また何かヤヤコシい単語がバンバン出てきたぞ…。


「今朝には言ってたじゃないか!鈴とは、…その…、肉体…関…係…みたいな物は!」


 俺の猛抗議にも何処吹く風。鈴(?)は何言ってんだこの人?みたいな感じで頬を掻く。


「実の妹に何か欲情しないよ…、みたいなヘタレな事言わないで下さい。…ちゃっかり欲情してたくせに…♪

ご安心を。この体の純潔は守られております。…うーん、何だかご主人様の現界が上手く行ってないくさいですが、もう契約は済んでいるのです。

私はご主人様の愛玩奴隷として任を全うするだけです。

…というわけで、今までで一番反応の良かった近親相○を軸に、ご主人様の性癖確認を行った後に目眩く官能の世界にお導きしますので、お楽しみに♪

では、“彼女”にバトンを戻しますね♪

さようなら~♪」


「お、おい!ちょっと!」


 俺の呼びかけを無視し、再び鈴が俯く。…何なんだよ…。


「…水被って何してんの?退いて。邪魔」


 顔を上げた鈴は何時もの鈴だった。

 俺を話の出来る生ゴミか屑駄目人間のように扱うのが普通の鈴だから、普通に戻ったのは間違いないらしい。(自分で言ってて涙出てきた泣)

 …っていうか、普通自分の持ってた水バケツで人が濡れてるんだから、ゴメンとか大丈夫とか言うんじゃないの?


 何て思いながら鈴が投げてよこした雑巾で床を拭き終わり顔を上げると、水を汲み終わった鈴が自分の部屋の扉を閉めるところでした。



 おいっ、雑巾投げつけただけで、手伝うとかずぶ濡れの兄にタオルをくれるとか、何かすることあんだろが!!……っと叫びたかったんだが、葛葉家ヒエラルキー最下位の俺にはそんな事は許されないのだった。(泣)



 ぶえっっくしっ…!!



 体拭いて着替えたら空豆剥くか…。






 悲しみの床掃除から約一時間後、居間のテーブルの上で未だに空豆剥いてます。(泣)

 …いやね、もうね、どんだけあるんだって感じ…。

 はーい、左向いて………さや付き空豆の小山。

 はーい、右向いて………タライに剥いた空豆の山。そして古新聞の上に空豆のさやの山。



 …あと三十分で終わる……かな?


「匠~、手が止まってるわよ」


 背後からカウンターキッチン越しに母の励まし(?)の声 。


「…お母様、この空豆は全て我が家で消費するのでしょうか…?」


 これ全部食べるとしたら、軽く見積もっても二週間は我が家の食卓は空豆に占拠されるだろうな…。


「馬鹿、そんなに空豆ばかり食べれますかっての。

ご近所さんにお裾分けするに決まってるでしょ」


 人参を千切りにしながら俺の問いに答える母。


 …ですよねー。……って言うかさ、俺がここで空豆剥くの意味無くない!?そのままさや付き空豆であげればいいよね?いいよね?!


 …って言いたいけど、そんな事言える立場じゃないのは解ってるんです…。

 ヒエラルキー最下位ばんざーい!(泣)


 …さて嘆いてないで、空豆剥きますか。




ぴんぽーん




 おや、来客。


ぱき、ころころ


ぱき、ころころころ


ぱきん、ころころ


「匠~」


ぴんぽーん


「何、母さん」


ぱきん、ころころころ


ぽりん、ころころころころ


ぴんぽーんぴんぽーん


「たーくーみー」


「だから何、母さん?」


ぱきん、ころころころころん


 おっ♪ミニ空豆♪可愛い♪


ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん…


 …んだよ、忙しなくチャイムを鳴らすなよ!


「たーーくーーみーーー!」


 …あれ?いつもお優しいお母様のお声が、地獄の底から俺を呼ぶ閻魔様のような恐ろしげな声音に…。

 …ギギリギリ、っと後ろを向くと、いつの間にやら空豆とタマネギと人参とほうれん草のかき揚げを揚げるながら俺を睨む母の姿が…。

 …は、ははっ♪お母様の口からちろちろと先の割れた舌が見える…。…こえー…!

 揚げ物をしてるから来客に対応しろと仰りたかったのですね…。


「す、すぐ出まーす!」


 俺は摘んでいたミニ空豆を放り出して玄関に走り出した。

 ヒエラルキー最下位はつらいよ…。




 玄関に行ってもまだチャイムの連射は続いていた。


ぴんぽんぴんぽんぴぽぴぼぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ…


 だー、喧しい!!


「はいはいはいはーい!!」


 叫びながらスリッパをひっかけ玄関を開けると、英語での呟きが聞こえてきた。


『おー、秒間十六連打ならず!!

日本のインターフォンのボタンは擦り連打にはむきませんね、ガッデイム!!』


 …人の家のチャイムで微妙なチャレンジを試みないで下さい…。


「…どなたですかー?」


 薄く開けた玄関をガバッと開くと…。


『おー、こんにちーは。

私は聖カトリック教会本部より、この小閑町教会に赴任してまいりました司祭でーす。

名前はヨアン・ジャクソンと申しまーす。

以後、宜しくでーす。

突然お邪魔してすみませーん。実は今週末に私の赴任した小閑町教会でミサが行われまーす。

此方のお宅が“我らが御父”を信仰されていなーいのはわかっていまーすが、ゴスペルやお菓子や飲み物や有志の方のバザー何かの催し物も併催しまーす。

なので、信仰が仏教でもイスラム教でもヒンドゥー教でも拝火教でもブードゥー教でもいらしてくださーいというお知らせでーす。

はい、これパンフレットでーす。端っこの番号はお楽しみ抽選券になりまーすので、お越しになる際は必ずお持ちくださーい。

…あぁ、もし貴男が悪魔なーら、角と羽と尻尾は隠してくださーいね♪

……はっはっはっはっ、ジョーク、ジョーク、ほんのカトリック・ジョークでーす、はっはっはっはっ。

それでは、さよなーら。

貴男に、主の恵の有らんこーとを、アメン♪』


ガシャ…ガシャ…ガシャ…ガシャ…ガシャ…ガシャ…ガシャ…ガシャ……


 呆気にとられた俺を余所にヨアン司祭は全身を引きずるように帰って行った。

 …何故引きずってたかって…?








 そりゃ、頭の上から足の先まで中世欧州の騎士が装着するようなフルプレートメイルを着て長いポールの先に赤字に銀の十字の大きな旗を持ってれば、歩くときには体を引きずるようにあるかなきゃいけないよな…。




 …何だありゃ?




チリチリチリチリチリ…


「ただいま、匠。

おまえ玄関で何ボーッとしてんだ?」


「…おかえり父さん。

いや、今ちょっと有り得ない物を見て…」


 今の目の前の光景も有る意味有り得ないんだけどね…。


「むっ、そうか…。

まあ、そんな事より用が無いなら家に入れ」


「は~い」


 父さんの帰宅の足は柴犬のペスじゃなく、お向かいのペルシャのチーコちゃんでした。


「にゃ~ん♪」

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