思い過ごしか?違うのか?どっちだ?
…只今授業中…。何だけど集中出来ない俺。
何故かって?
…考えてもみてくれ。何時俺の前の席のアラン・ドロンドから悪魔の羽が生えてくるか、後ろのクーのところから蛇の体が伸びてくるか、左の席のチョチョリーナさんから角が生えるか、右の席のアレクセイ君から矢印尻尾が生えてくるのか、マンセー先生が親父みたいに小人になるか…。
そう、あのクッキーと呼ばれる“物体X”をみんなで食べていると、マンセー先生が朝のショートホームルームにやって来たんだ。
普通の先生なら「ショートホームルームの時間にお菓子を食べるとは何事か!!」と怒るところ、そこは生徒に理解のあるマンセー先生。
「リーナさんの手作りか?
ご相伴にあずかろうかな♪」
…ってな感じで生徒の輪に加わって“物体X”を摘んでいた。
…いや、マンセー先生は何時もこんなに生徒に迎合した態度はとらないんだよ?マンセー先生のことだから転校してきたばかりの生徒と在校生の溝が埋まればと考えてのことなんだろうが…。
そしてと言うか、やはりと言うか、マンセー先生にもその触手ウネウネの“物体X”がクッキーに見えるんですね…。
そんな事を考えながらで授業を真面目に受ける事が出来るか?出来ないだろ?
…右、…異常無し。…左、異常無し。…前、異常無し。…後ろ、…は見えない。
今のところ、誰にも異常は無い。だが!油断は!出来ないのだ!!
俺はグッと拳を握るのだった!
シュ……、ゴヂッ
「痛っ!!」
俺の額を何かが打ち抜いてノートの上に落ちた。
いつつっ、いて~…、いったい何なんだ?
「お~い、葛葉~。聞いてんのか~、あ~ん?」
このネチっこい喋り方をするのは英語の黒川だ。彼の得意技は英文法やヒヤリングや発音じゃなく、所謂“チョーク投げ”だ。
その証拠に俺のノートの上に転がるのが黄色いチョーク。
…ここは素直に謝っとくか、悪いのは余所見をしていた俺だもんな…。
立ち上がって頭を軽く下げる。
「すいません、以後注意します」
黒川は右手首のスナップを確認するようにコキコキと左右に揺らしながらにっこりと微笑んだ。
「お~、良~い心掛けだ~。
じゃあ、“春は曙”の~“曙”とは何だ~?説明しろ~」
「はい!
“曙”とは、…第六十四代横綱です!!」
とたんに教室は失笑が漏れ出す。
あれ?ウケると思ったのにな?
「…か~っ、もういいわ…。座れ~、葛葉」
黒川は掌で顔をペットリと覆うと俺に着席を命じた。
すぐに俺の背中をシャーペンでつつくクーさん。
「…たくちゃん…♪…たくちゃん…♪
…さむ~い…♪…くくくっ…♪」
うっせー、クー!寒いとか言いながら笑うな!
さて、お気づきの方もおられると思うが、何故英語の授業で枕草子の“春は曙”が出てくるのか?と…。
前にも言ったと思うが、小閑町の第一公用語は日本語と英語だ。
そんな中で英語の授業をやるとなると、普通の高校のカリキュラムの方針からは大きく逸脱しなければ成り立たない事になっている。
なので英語の授業で日本の古典文学や歌舞伎や狂言や俳句・短歌、中国の漢詩や京劇、ブロードウェーミュージカルやオペラ、世界各国の神話(ギリシャ神話からラーマヤーナ、ネイティブアメリカンの神話まで、まさに何でもあり)なんかを積極的に取り入れ授業を行うのだ。
現国や世界史や日本史なんかの授業もそんな感じな為、たまに自分が今何の授業を受けているのか解らなくなる、なんてこともしばしば起こる。
…おっと、それより監視をしないと…。
俺は再び周囲の監視活動を始めた。
…その後、俺は黒川から再び“チョーク弾”の洗礼を受けることになるのだった…。