始めて会ったその日から…
…キーッ…バタン…、ピィッ、ピッィ、ピィッ、ピィッッ…
「オーライッ!!オーライッ!!オーライッ…!!」
…日曜の俺の朝の貴重な微睡みを満喫しようとした俺の目論見は、微妙に音階のズレる車のバックの警告音と威勢の良いおっちゃんの掛け声で見事に打ち砕かれた…。
「…なんだよ…!日曜の朝なんだから静かにしろよな…」
がりがりと頭を掻きながらベットの上で体を起こす。
…あーっ、気怠い…。あの起きるか起きないかのギリギリの意識のところで、もっともっと漂っていたかったのに…。誰だよ、こんな早くから!
…早くから!とは怒ってみたものの、本当早くはないんだ…。時計の針は10時を回っている。
この時間にこんな生活音で起こされたからといって文句なんか言っていく所はないし、言ったところで質の悪いクレーマーと思われるだけだ。
だが俺は行動を起こすことにした。所謂ところの八つ当たりって奴だ。
だが怒鳴り込んだり殴り込んだり、暴力に訴えることはしない。
俺は武道なんか習っていないし体力に自信はない。なにより平和を好む、若干ひ弱寄りな高校二年生だ。…後、肝っ玉も若干小さめだ…。
じゃあどうするか?
…窓から俺を起こした現況を睨むんだ…。あははっ、まあ俺に出来ることはそんなもんだ♪
…情けね~…。だが、俺はやると言ったらやる!
カーテンを乱暴に引き空ける。
幸いにも(?)音の元凶である車も兄ちゃん(おっちゃんじゃなかったんだ…)も、俺の部屋から見える位置に居た。
どうやら隣のやたらと庭の大きな新築住宅に引っ越しらしい。
因みにだが、俺の部屋は二階の南東向きに位置している。
父さん曰く、人間はお天道様の光を浴びて起きるのが一番とのこと。だから妹の鈴の部屋も俺の隣の南東向きだし、父さん達の寝室も一階の南東にある。
何を言いたいのかと言うと、道路に面する玄関側(これも因みにだが、鈴の部屋は裏庭側だ)の俺の部屋からは、お隣さんの玄関やら庭がそっくり見えるという事を言いたかったんだ。
カーテンを開けてCMでよく見る引っ越し会社のロゴが入った大型トラックと揃いの作業着で荷物を降ろして搬入している兄ちゃん達(マッチョで茶髪ばっかり)を睨みつけようとした俺は見てしまったんだ。…美しい物を…。
その女の子はお隣に引っ越してきた子なのだろう。
その子を視界にとらえた瞬間、俺の視界にはその一人の女の子しか居なくなった。
…いや、正確には睨みつけようとしたトラックと引越屋の兄ちゃん達やお隣の家やその後ろに広がる少閑町の新興住宅街が広がってるんだが、俺の視界にその女の子が入った途端にその女の子から目が離せなくなった。
最初は薄暗い部屋の中から晴れた五月の太陽の下に出たもんだから、その子の影しか見えなかった。だけど、それでも綺麗な女の子だと解って目が離せなかった。
シルエットだけみると、その子は麦藁帽子とスカートを着ているのが解った。一枚のモノクロの絵画みたいにだった。
段々と目が慣れてくるとそのモノクロの絵画に徐々に色が付き出した。まず目に付いたのは亜麻色の髪の毛だった。それは五月の風にそれはふわふわと揺れていた。
最初は羽根だと思った。…人に羽根なんか付いているわけないんだが…。でも羽根と言われても俺は本気で信じていたかもしれない。
着ている白いワンピースは聖書をテーマにしたアニメなんかに出てくる天使の着ている法衣のように見えた。
いや、それはもう天使といっても過言ではない装いだった。
勿論、装いや艶やかな髪の毛だけじゃなく、ぬけるような白い肌、形の良いツンと形良くとがった鼻、大きなハッキリとした垂れ目気味の目に南の海の色のような瞳、桜色花びらのような可憐な唇と容姿も天使の様に可憐でアニメのヒロインのように美しかった。
背は160前後だろうか、ほっそりとした体に何故かボンッ!と存在感を示す胸。
その子は車から出て肌寒かったのか、足下に置いていた大きめのトートバックから紺色のカーディガンを出して羽織った。
その動作の一連でもそのたわわな胸が揺れる。…いや、揺れていらっしゃいます。
白い目で見んなって!…ほら、だって俺って“男の子”だもん…。
俺は寝起きのボケーッとした気分も、微睡みを邪魔された怒りも、八つ当たりに睨みつけようとした事も、全て南億光年もの向こうにすっ飛ばしていた。
俺は何時の間にやら、窓を全開に開けて窓枠を掴んで上半身を乗り出し穴が空くほどその美女を見つめていた。
その時、気紛れな五月の一陣の風が吹き抜け、麦藁帽子を吹き飛ばし家とお隣さんの境目まで転がってきた。
慌てて麦わら帽子を追いかけてくる女の子。
勿論、俺の視線はその女の子の走って揺れるおっ…ゴホン…姿を追っていた。
女の子は帽子に追いつくと、ホッと一息吐きパタパタと叩いてまた頭に被る。
不意に、そう不意にだ。女の子は上を、俺の方を見た。勿論、目が合う。
ちょっとエメラルドグリーンの瞳が驚きに見開かれ…。
笑ったんだ。
そして辿々しくぺこりと頭を下げると、くるりと反転し小走りにお隣の家に入っていった。
小走りの途中で足下に置いていた鞄をするりと掴んで行った時に、バランスを崩して転び掛けたのはご愛敬だ。運動神経は良くないらしい。
俺はそんな様子を、唯々見ていることしか出来なかった。
だって俺の心には一輪の大輪の華が咲いていたからだ。
その華の名は“恋”だ。 一目惚れだった。
俺は昼飯を呼びに来て無視されて腹を立てた鈴に回し蹴りをくらうまでそのままだった。